強さの片鱗
VRMMORPGの世界に来てから、一週間が経った。
ログインするたび、俺は森へ通った。
街の北に広がる《ルーシェの森》。
初級者向けのこの森には、見たこともない草花や、可愛いけれどちょっと危険な小動物の魔物たちが息づいている。
木々の間を抜ける風が、昼と夕方とで温度を変えるのも楽しい。
川沿いで釣り糸を垂れると、現実の世界では絶対に嗅ぐことのできない瑞々しい土の匂いが鼻をくすぐった。
何より――俺にはフェアリードラゴンがいる。
「おいで、リィ」
俺はいつからか、このフェアリードラゴンを「リィ」と呼ぶようになっていた。
あのとき偶然出会い、契約した小さな竜。
初めは俺の肩に乗るのもぎこちなかったのに、今ではすっかり慣れたものだ。
「キュッ!」
リィは俺の呼びかけに嬉しそうに鳴き、小さな翼をぱたつかせて肩に飛び乗る。
その感触は、ちょっと冷たいが柔らかくて心地いい。
ゲームなのに――いや、ゲームだからこそか。
仕事に疲れ果てていた心が、こんなにも癒される存在になるなんて思わなかった。
***
この一週間、俺は戦闘を避けようと決めていたはずだった。
けれど、森での採取や釣りを続けるうちに、どうしても小動物の魔物たちとの遭遇は避けられなかった。
最初はびくびくしながらキノコを摘んでいた俺の前に、《スラッシュリス》というリス型魔物が現れた。
可愛らしい見た目に油断しかけたが、奴らは鋭い爪で飛びかかってくる獰猛なやつだ。
「やば……どうしよう……!」
武器をまともに使ったこともない。
俺は慌ててリィに助けを求めた。
「リィ、お願い!」
そのとき、リィは「任せろ」とでも言うように翼を広げ、小さな体から細い光の帯を吐き出した。
魔力の光がリスを包み込むと、バシュッという音とともにリスは地面に転がり、そのまま灰となって消えた。
討伐に成功した瞬間だった。
小さな体に、こんなにも強い力が宿っているのか――そのとき初めて思い知った。
フェアリードラゴンは通常サモナーの序盤で手に入る召喚獣ではない。
俺が偶然出会い、契約した個体は、もしかするととんでもない可能性を秘めているのかもしれない。
***
それからの俺は、森でリィと二人きりで狩りをするようになった。
無理に戦闘をしたいわけではない。
ただ、森で採取をするなら、自衛は必要だ。
「リィ、あそこにホーンラビットがいる。頼む」
「キュー!」
リィは軽快に飛び立つと、魔法の光を放って角ウサギをあっさり仕留める。
戦闘はあっけなく終わり、俺はリィを撫でて褒めた。
「偉いぞ、リィ。本当に助かる」
「キュッ♪」
嬉しそうに目を細めて頬をすり寄せてくる。
この何気ないひとときがたまらなく愛おしい。
リィとの狩りは順調だった。
倒した魔物からは素材が手に入り、それを街で売れば少しずつお金も貯まった。
そのおかげで、森を歩く装備も少しだけ強化できる。
最初は布の服だったのが、今では簡単な革のジャケットとハーフブーツを身につけている。
重装備は似合わないし、そもそもサモナーは回避と知力特化の職。
これくらいがちょうどいい。
***
ある夜、街の宿に泊まってログアウトする前、俺はステータス画面を改めて開いてみた。
【葉山 蓮】
職業:サモナー(召喚士)
レベル:12
HP:215
MP:390
STR(力):28
VIT(体力):33
DEX(器用):41
INT(知力):72
MND(精神):65
AGI(敏捷):36
所持スキル:
・召喚(Lv3)
・愛撫(Lv2)
・採取(Lv4)
・釣り(Lv2)
ここまでスローライフ寄りの行動ばかりしていたせいで、採取スキルのレベルがやたら高い。
逆に通常の攻撃スキルは一つも取っていない。
だがそれでも――リィがいてくれる。
召喚スキルがレベル3になったことで、リィとのリンクも深まってきた。
召喚時間の延長や命令の自由度が上がり、ますます頼れる存在だ。
【召喚獣:フェアリードラゴン(幼体)】
レベル:9
HP:580
MP:750
STR:55
VIT:47
DEX:83
INT:120
MND:98
AGI:90
スキル:
・フェアリーブレス(Lv3)
・癒しの鱗粉(Lv1)
・小さな魔力障壁(Lv2)
「強すぎだろ……」
画面を見て笑ってしまった。
これなら、森にいる程度の魔物ならどれだけ出てきても怖くない。
だが不思議と、それが嫌ではなかった。
俺自身が直接強くなるよりも、リィが俺を護ってくれる方がずっと嬉しい。
これからもリィと、森でゆっくり素材を集めたり、釣りをしたりしよう。
街で稼いだお金で、美味しいものを買って二人で分け合おう。
そんなささやかな夢が、今の俺にはとても大事だった。
***
次の日も森に出かける。
釣竿を肩にかけ、リィを連れて木漏れ日の道を歩く。
「今日は川沿いで一日釣り三昧だな」
「キュ!」
リィも楽しそうに飛び跳ねている。
こんな平和がずっと続けばいい――そう願っていた。
だがその願いが、近いうちに破られることになるとは、この時の俺はまだ気付いていなかった。