イベント開幕 ─ ゲートの向こうへ
中央広場に設置された巨大なホログラムモニターが、
突如として強い光を放った。
街のあちこちに設置されている同調装置も連動し、
石畳の上にまで光の文様が広がる。
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【システム告知】
《幻獣顕現イベント》フィールド開放まで
300秒
……
299秒
……
各自準備を整え、中央転移ゲート前にお集まりください。
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「……ついに始まるのか」
街にいた誰もが息を飲んだ。
広場には巨大な転移ゲートが設置されている。
青白い光が柱状に立ち上り、すでにそこへ集まるプレイヤーでぎゅうぎゅうだった。
武器を握りしめる者。
仲間と静かにハイタッチする者。
小さなギルドのマスターがメンバーに最後の指示を出す声が、あちこちから聞こえる。
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「なぁ、マジで行くの?」
「行くしかねぇだろ……。PKされてもいい。幻獣素材は次いつ手に入るか分かんねぇ。
ここで勝たなきゃ、一生下位ギルドのままだ」
「……生きて帰れよ。俺らも絶対戻るから」
青年たちが小さく拳を突き合わせ、息を吐いた。
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【SNSは既にカウントダウン】
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【SNS】
「残り3分www心臓バクバクなんだがwww」
「ブラッククロウもう並んでるらしいw無理ゲーw」
「リナ見かけたやついる?さっき西門の方行ったって聞いたけど」
「蓮は?竜と一緒なら索敵できそうだし最初からぶっ飛ばすかもな」
【0秒 ─ フィールド開放】
そして。
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【システム告知】
《幻獣顕現イベント》フィールド開放――
全プレイヤー、転移可能。
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転移ゲートが一気に閃光を放った。
街の空気が、爆発音のように弾けた。
それを合図に、街にいた数千のプレイヤーが一斉にゲートへ飛び込んだ。
黒いマントを翻すブラッククロウの大集団。
ギルド単位で手を繋ぐように突入していく小規模チーム。
ソロの暗殺者がひっそりと紛れ込む。
リナは弓を抱え、誰とも視線を合わせずに静かに一歩を踏み出した。
蓮もまた、リィを肩に乗せたまま剣を握り、微かに笑ってゲートへ歩いていく。
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街は一気に静かになった。
まるで大嵐が通り過ぎた後のように、残されたNPCだけが穏やかに客を待つ声を上げていた。
強い光が視界を覆い尽くした。
次の瞬間、蓮の足は柔らかな草を踏んでいた。
目の前に広がるのは見知らぬ大地。
幾重にも連なる丘と森が広がり、空は青く高い。
けれどその空気はどこか重く、微かに鉄の匂いを含んでいた。
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肩に乗るリィは、小さな体をさらに小さく丸めている。
転移の衝撃が少しきつかったのだろう。
蓮はそっと頭を撫でた。
「大丈夫か」
リィは「キュッ」と鳴き、しっかりとした瞳で前を見つめ返す。
「そっか……よし」
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蓮は腰の剣にそっと手を置いた。
これまでリィに頼りきりだった自分。
でも、武器屋で聞いたあの言葉が今も胸に残っている。
(幻獣素材で剣を打ち直せれば、お前のブレスと俺の剣が本当に一つになる)
まだその未来には遠い。
だからこそ、今日ここで素材を手に入れる。
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少し進むと、小さな丘の陰で何かが動く気配があった。
森から出てきたのは、獣のような幻影体。
全身が薄い靄のような魔素でできており、その中にわずかに赤い光が瞬いていた。
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(最初の一匹か)
蓮は肩のリィを軽く指で押す。
それが合図だった。
リィは小さく翼を広げると、ひゅ、と空へ飛んだ。
そして蓮自身も剣を抜き、軽く構える。
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「行くぞ」
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幻影獣はリィの姿に反応した。
次の瞬間、影のように地面を這い、一直線に蓮へ向かって突っ込んできた。
速い――
だがその速度は、森で鍛えたリィの飛行には届かない。
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空からリィが小さく口を開いた。
そこから淡い光が集まり、一瞬後に細い火線となって獣の脚を貫いた。
幻影獣は短く悲鳴のような声を上げ、勢いがわずかに落ちる。
そこを――
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「はっ!」
蓮は地面を蹴り、剣を一閃させた。
黒い刃が幻影獣の肩口を深く裂く。
魔素の体が一度ふわりと膨れ、その後バラバラと崩れ落ちた。
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肩のリィが再び戻ってくる。
嬉しそうに尻尾を振り、蓮の頬に小さく頭を擦りつけた。
「……ナイス」
蓮は少し息を吐き、肩でリィを受け止める。
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視界の端には、同じように幻影獣を狩っているプレイヤーたちの姿があった。
悲鳴を上げて倒れる者。
集団でPKされる声が遠くに響く。
けれど蓮は一切目を向けなかった。
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「俺たちは俺たちのやり方でいく」
リィが短く「キュッ」と鳴いた。
それは同意であり、決意のようでもあった。
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蓮は剣を軽く回し、肩のリィを見上げる。
「もっと狩るぞ。お前の未来も、俺の未来も、今日ここで変えるんだ」
リィは翼を大きく広げ、力強く鳴き返した。