イベント当日 ─ 開幕前の街
街の中央広場は、いつもよりさらに人であふれ返っていた。
普段なら笑顔で客引きしている露店の店主たちも、この日ばかりは声を荒げている。
「回復ポーション残り30本だぞーっ!!
もう次はいつ入るか分かんねぇぞー!」
「緊急帰還石もラストだ!!PKされた後はこれで街まで一気に飛べ!!」
その声に冒険者たちが我先にと手を伸ばす。
普段なら買い渋るような高額ポーションも、今日だけは飛ぶように売れていた。
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その端では、小さなギルドの一団が円陣を組んでいた。
「……俺らみたいな雑魚パーティが行っても、狩場すぐ潰されるかもな」
「でも……やらなきゃ意味ねぇ。
幻獣素材なんてこの先いつ取れるか分かんねぇんだぞ」
「PKされたらどうすんだよ」
「笑って帰るしかねぇよ。死んでもまた走る……それしかねぇだろ」
四人は薄く笑い合った。
震える声を必死に隠しながら、肩を叩き合って士気を上げていた。
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SNSはそれ以上に加熱していた。
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【SNS】
「始まるな……マジでこのイベントで装備整うかどうか一生決まる」
「ブラッククロウ見かけたら絶対逃げるwww」
「俺はフィルだけは絶対近寄りたくねぇ……」
「リナも蓮もヤバいからな。狩場かぶったら諦めて逃げる」
「みんな、生きて戻ろうぜ」
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街の石畳を踏みしめる音が、どこか鋭かった。
そのひとつひとつに、これから戦場へ向かう緊張がこもっていた。
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【リナ ─ 静かな準備】
街の西門近く、小さな公園にある石造りのベンチ。
そこにリナは座り、弓を膝に置いていた。
細長い指先で弦を優しく撫で、滑りを確かめる。
微かに音が鳴る。
それは彼女だけに分かる、小さな違和感や調子を教えてくれる大事な音。
「……いい子」
小さく呟き、矢筒を確認した。
既に何度も同じ動作を繰り返している。
それでも最後の最後まで気が抜けない。
(今回は負けない。誰にも)
目を閉じると、あの森での練習の音が蘇る。
弦の張る音、矢が放たれる音、標的を裂く音。
次は――それを、誰にも超えさせない。
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【クロス ─ 黒い決起】
街外れ、ブラッククロウのギルド本部。
クロスは中央ホールの壇上に立っていた。
そこに並ぶのは100を超えるギルドメンバー。
全員が黒のギルドマントを羽織り、目をぎらつかせている。
「いいか――今日でお前らの未来が変わる」
クロスの声が響く。
「幻獣素材は単なる素材じゃねぇ。
あれで武器を鍛えれば、一気に次のレベルへ飛べる。
負け犬にされるのが嫌なら、今日死ぬ気で狩れ!!」
「「ウオオオ!!!」」
地響きのような声がホールを揺らす。
その中でクロスは静かに目を細めた。
(リナ、蓮……邪魔をするなら全部潰す。
最後に笑うのは俺たちだ)
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【蓮 ─ 小さな誓い】
街の武器屋の裏手で、蓮は自分の剣の柄を握りしめていた。
その肩にはリィがいる。
小さな竜は少し緊張しているのか、いつもより尻尾を強く巻きつけていた。
蓮はそっと撫でる。
「大丈夫だ。お前がいる。
でも……今回は俺自身ももっと前に出る。
一緒に勝とうな」
リィは「キュッ」と短く鳴き、嬉しそうに頬を擦り寄せた。
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太陽が少しずつ傾き始める。
街のざわめきはこれから始まる殺戮と欲望を、
恐れと同時に確かに期待しているようでもあった。