クロスの悪意
街の中央から少し離れた、古い石造りの建物。
ここはブラッククロウのギルド拠点だ。
ギルドホールの奥に設置された長いテーブルの上には、ホログラムマップが広がっていた。
そこにはイベントフィールドに配置される予定のモンスター出現ポイントや、フィールドボスの推定移動ルートが赤く示されている。
「――つまり、雑魚を効率よく狩り続けるのは当然だが」
クロスは腕を組み、鋭い瞳でテーブルを睨んだ。
「問題はフィールドボスだ。あいつを獲った奴が、確実に一歩抜ける。
レア素材は大体そこで決まる。」
「……PKっすね?」
仲間の一人が口元を歪めて笑う。
「奪えねぇ報酬でも、狩場を潰せば奴らの稼ぎは止まる」
「おうよ。奪えねぇ代わりに狩場そのものを奪うんだよ」
クロスは薄く嗤った。
「リナも蓮も関係ねぇ。遠慮はいらねぇぞ。
お前ら全員、幻獣素材を自分の鞄に詰め込め。武器も鎧も一気に最前線レベルに引き上げるチャンスだ。」
「「ウオオオ!」」
仲間たちが歓声を上げる。
「ギルドで動く意味は何だ? お前ら一人じゃPKされたら終わりだが、群れで動けば誰にも止められねぇ。
絶対に逃すな――奴らがフィールドボスを狙った瞬間、狩り潰せ。」
その声は低く、しかしどこまでも力強かった。
ホログラムマップの中の赤いラインが、まるで血管のように絡み合い、部屋の壁にまで光を映していた。
⸻
***
同じころ。
蓮は街の西にある武器屋を訪れていた。
厚い木の扉を押し開けると、炉の熱気と鋼の匂いが鼻を突く。
「おう、葉山さんじゃねぇか」
店主の老人が笑いながら顔を上げた。
「今回は……装備を見てもらいたくてな」
「ハハッ、珍しいな。いつもは竜の子にばかり活躍させてるって話じゃねぇか」
店主は軽口を叩きながらも、蓮が差し出した黒鞘の剣を丁寧に受け取った。
そして光に翳し、細かく角度を変えて観察する。
「なるほど……悪くねぇ剣だ。よくこれまで折れずにきたな。
だが、幻獣の骨を芯に通し、羽根を細工した革で握りを巻けば――」
店主はそこで言葉を切り、わずかに笑った。
「全く別物に化けるぞ」
「……別物?」
「あぁ。切れ味も、魔力の伝導率も、耐久力も。
普通の鉄や魔鉱とは比べもんにならん。お前が振った一撃が、リィのブレスと連動して爆発するなんて芸当も現実味を帯びる。」
蓮は少しだけ目を細め、自分の剣を見つめた。
鏡面のように磨かれた刃に、自分の顔と肩に乗る小さな竜が映っている。
「……そうか」
「幻獣素材は、そう簡単に取れるもんじゃねぇ。お前が次のイベントで持ち帰れたらの話だ」
老人はそう言って笑うが、その奥の目は真剣だった。
「お前が持って帰ってきたら、俺が全力で鍛えてやるよ」
蓮は少しだけ口元を緩め、深く頷いた。
⸻
店を出ると、夕方の街が赤く染まり始めていた。
石畳を照らす光が、遠くまで長く伸びる。
肩の上のリィは、少し気温が下がったせいか小さく丸くなっていた。
そっと頭を撫でると「キュッ」と短く鳴き、尻尾をくるんと巻く。
「……今度はお前だけじゃない。俺自身も、もっと前に出る。
お前と一緒に、このイベントを勝ちに行く。」
リィは顔を上げると、楽しそうに小さく翼を広げ、頭を擦り寄せてきた。
その重みと温度に、胸の奥がじんわりと熱を帯びる。
「行こうぜ。まだ準備はある。」
蓮は再び剣の柄に手を置き、街の賑わいの方へ歩き出した。