街の騒ぎと陰謀の影
街の掲示板は、いつもよりさらに多くの人々でごった返していた。
掲示板そのものはイベントの正式スタート前で新しい告知はなかったが、
代わりに周囲に並ぶ露店のホログラムスクリーンや、冒険者たちが持ち寄ったタブレット端末が次々と再生する動画で賑わっていた。
その動画は、昨日森の奥で密かに撮影されたものだった。
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【動画タイトル】
「リナの新スキルやべぇww森吹っ飛んでるんだがww」
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映像には銀灰色の髪を揺らす女性――リナが映っている。
静かに弓を構えたその瞬間、周囲の空気が微かに振動し、
次の瞬間には無数の光の矢が一斉に放たれた。
森が光に包まれ、木々が削がれ、地面には光の矢が雨のように突き刺さる。
動画を見ていた周囲の冒険者たちが、口々に声を上げた。
「うわ、マジで森一角更地になってんじゃん」
「フェザルカーテンとかいう新スキル……弓の範囲攻撃でここまでのは見たことねぇ」
「これ次のイベント、蓮とリナの一騎打ちじゃね?」
「でもブラッククロウも黙ってないだろ。クロスがギルド全員引き連れてるって話だし。」
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SNSも荒れていた。
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【SNS】
「リナが新スキル習得した森の動画流れてきたwwガチで一帯焦土じゃん」
「蓮はまだのんびり狩りしてるんじゃね?大丈夫かw」
「いやブラッククロウがギルドでPK狙うって噂あるぞ」
「これ絶対波乱になるやつだろ。めちゃくちゃ楽しみ」
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一方、そのころ街の少し外れ――ブラッククロウのギルド拠点。
薄暗い部屋には長テーブルが並び、その奥でクロスが腕を組んでいた。
周囲にはギルドメンバーがずらりと座っている。
「……見ただろ、リナの新スキル」
クロスが静かに言うと、場の空気がピリリと引き締まる。
「派手なだけじゃねぇ。範囲と威力を見ろ。あれやられたら下手なギルドパーティじゃ一瞬で全滅だ。」
「PKアリのイベントじゃ一番厄介なやつっすね」
「しかも蓮の竜はあの破壊力をピンポイントで叩き込むだろ?」
クロスは薄く笑った。
「だから俺たちはそれをさせない。……お前ら、PKを単なる遊びだと思うな。
蓮やリナがフィールドボスを狙うなら、その途中を潰せ。
欠片を稼ぐペースを遅らせるだけで十分だ。」
メンバーがざわざわと笑い出す。
「要は直接狩るより、狩らせねーようにするってことっすねw」
「そうだ。奴らが欠片100個に届かないうちに、こっちが確実に稼ぐ。
……至高契約は、俺たちブラッククロウのものだ。」
その目は黒い光を宿していた。
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さらに別のメンバーがニヤリと口角を上げる。
「それにしても……動画のリナ、よかったっすねぇ。
ピリピリしてて、ちょっとした挑発で一気に引き金引きそうな顔してた」
「だからこそ面白ぇんだろ。なぁ?」
クロスは薄く嗤った。
「火種は多いほどいい。俺らはその炎を楽しませてもらうだけだ。」
中央広場の掲示板には、見慣れた運営の紋章が浮かぶホログラムがあった。
その前に集まる冒険者の数は、昨日までの比ではない。
街の通りまで人の列があふれ、興奮した声が四方から飛び交っていた。
「おいおい見たか?正式に来たぞ、今回のイベント素材!」
「幻獣骨とか幻獣羽がドロップだってな……ヤバすぎるわww」
「俺も絶対狩る!狩場でPKされてもやる価値あるだろこれ」
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ホログラムには運営NPCの端整な顔が映っていた。
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【運営正式発表】
「来週より開催される《幻獣顕現イベント》では、
討伐報酬として個々のプレイヤーに
・幻獣の骨(高耐久の武器素材)
・幻獣の羽(軽量防具や特殊マント)
・魔精石(武具エンチャント用)
など、極めて貴重な強化素材がドロップいたします。
これらは討伐数や印章欠片所持数に応じてドロップテーブルが変動し、
より多く狩るほど高レアリティの素材を入手する確率が上がります。
なお、今回のイベントにギルド単位の報酬はございません。
しかし複数人で協力し討伐効率を上げることで、
メンバーそれぞれが高レベル素材を多く獲得できる可能性が高まります。
幻獣素材は装備の性能を根本から変える希少資源です。
この機会に是非挑戦ください。」
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「……装備の性能を根本から変える、か」
肩の上でリィが首を傾げる。
そっと頭を撫でると「キュッ」と短く鳴き、頬を擦り寄せてくる。
その柔らかな体温に、蓮は少しだけ笑った。
(でも今回は……お前だけに頼るわけにはいかないな)
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掲示板の前では、別の一団が盛り上がっていた。
「やっぱPKだよなあ。素材落とすわけじゃないけど、狩場独占するには潰すしかねぇし」
「ブラッククロウとか絶対やるぞ。クロスが黙ってるわけない」
「蓮とかリナどうするんだろ。あいつら狙われる未来しか見えねぇw」
「まぁ……でも俺らもやるっきゃないだろ?幻獣骨は喉から手が出るわ」
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【SNS】
「幻獣羽で軽装マント作ると回避エフェクト追加されるってマジ?」
「ブラッククロウ、既に狩場宣言してんじゃんwwPKオンライン確定ww」
「リナはまた森で調整してるらしい」
「蓮は?竜と二人でどっか潜ってんのか?」
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その噂に違わず、蓮は遠目にリナの姿を見つけていた。
武具屋の裏手にある練習用の射場で、彼女は黙々と弓を引き、矢を放っている。
鋭い音が繰り返し響き、次の瞬間には複数の標的に矢が同時に突き刺さっていた。
細身の体から放たれる矢は以前より速く、重く、魔力の光を濃く帯びていた。
(……やっぱり強くなってるな)
そう感じるだけで、胸の奥に少し冷たいものが落ちる。
だがすぐにリィが「キュッ」と声を上げ、頬をつつく。
「……あぁ、わかってるよ」
蓮は小さく息をつき、肩の竜を撫でた。
(次はお前に頼りきるだけじゃなく、俺自身も戦う。このイベントは、それを決める時だ)