街に走る戦慄
中央広場の掲示板前は、いつになく熱気に包まれていた。
普段から冒険者が行き交うこの街でも、今日の混雑は群を抜いている。
石畳に並ぶ多くのブーツや靴の間を縫うように、小さな子供が親の後ろへ隠れる姿まで見える。
その視線の先――掲示板の上空に、幾重にもホログラムが展開していた。
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【幻獣顕現イベント 正式告知】
「来週より、全職対象の大型挑戦イベント《幻獣顕現》を開始します。
前回狩猟祭の討伐数に応じて配布された《高位召喚印章の欠片》は、
本イベントでのスタート地点を決定する重要なキーアイテムです。
【現在の最多所持者】
・葉山蓮 30個
・リナ 20個
・クロス(ブラッククロウ) 15個
本イベントでは専用フィールドが生成され、参加者は制限時間3日間(ゲーム内72時間)にわたり
フィールド上のモンスターを討伐し、《印章の欠片》を追加で獲得します。
・通常モンスター:討伐数に応じ累積的に欠片を獲得
・レアモンスター・強敵:1~2個を確定ドロップ
・フィールドボス:討伐に成功したチームorソロ全員に5~10個付与
期間終了時に所持数50個以上の者は通常契約試練へ、
100個以上の者は至高契約試練への挑戦資格を得ます。
なお本イベント中は特殊ルールとしてPvP(PK)が許可されます。
どうかご注意の上、ご参加ください。」
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「……PKまで解禁かよ」
思わず小さく息をついた。
肩の上でリィがくるんと尻尾を巻きながら、きょとんとした目で周囲を見渡している。
そっと頭を撫でると「キュッ」と短く鳴き、翼を軽く広げた。
(お前はいつも余裕だな……)
***
掲示板の前では冒険者たちの声が次々に飛び交っていた。
「PK可とかやばすぎwww絶対ギルド同士で潰し合い始まるだろ」
「それ狙ってるとこもあるだろうな。ブラッククロウとかまさにそれじゃん」
「蓮は30個でトップだし狙われるんじゃね?普通に妨害されたらキツくね?」
「でもリナもいるし……どうなんだろ」
「まぁ俺らは50個目指して通常契約で十分だわww至高とか無理w」
スマホを掲げて掲示板を撮る者、SNSで実況する者、その場でギルドチャットに作戦を打ち込む者。
街全体が近づくイベントに浮き足立ち、同時にどこかピリついていた。
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【SNS】
「PK解禁とかギルドゲー始まったww」
「蓮はソロだろ?普通に複数に狙われたらヤバいんじゃね」
「ブラッククロウは多分ガチで潰しに行くよな」
「リナはどうなんだろ、あんまPKするイメージないが」
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そんな喧騒の中。
淡い光が集まり、見慣れた銀髪のNPCがゆっくりと現れた。
黒の執務服に胸元の紋章。前回狩猟祭の報酬を届けに来たイベントナビゲーターだ。
NPCが現れただけで、その場の空気が一気に張り詰める。
俺に向かって歩み寄ると、軽く会釈をした。
「葉山蓮様。そして愛竜リィ様」
「……はい」
リィは誇らしげに胸を張り、俺の頬にそっと頭を擦りつけた。
「本イベント《幻獣顕現》の正式なご説明をいたします。
前回の狩猟祭で配布された印章の欠片は、現在、蓮様が最多所持者でございます。」
NPCが手を軽く掲げると、俺の目の前に透明なホログラムが浮かぶ。
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【現在の所持状況】
「葉山蓮様 30個
リナ様 20個
クロス様 15個
その他、多数の冒険者様が10個未満を所持中。」
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「この数字を持って専用フィールドに入場していただきます。
イベント開始後、通常モンスターは討伐数累積で欠片を得られ、
レアモンスターや強敵は1~2個、さらにフィールドボスを討伐すれば5~10個が分配されます。」
「……PKも解禁なんですよね」
「はい。特殊ルールとしてPvPが許可されます。
貴方を含め、皆様が所持する欠片は討伐・ミッション報酬でのみ増減し、奪い合いそのものはございませんが……
妨害や狩場潰しなど、様々な駆け引きが予想されます。どうかお気をつけて。」
言い終わるとNPCは軽く一礼し、光の粒となって静かに消えていった。
***
その場に残ったのはざわつく人々と――ランキングに名前が並ぶ者たち。
俺が視線をやると、少し離れた場所に黒マントを纏った一団がいた。
(……ブラッククロウ)
狩猟祭3位。ギルド総出で今回のイベントに臨むと言われている。
その中心にいるクロスと目が合った。
向こうもこちらを視認した瞬間、にやりと口角を上げて歩み寄ってくる。
「おいおい、これが噂のサモナー葉山蓮か」
「……あんたがクロス?」
「そうそう。イベントでPK解禁とか、運営も粋な計らいしてくれるじゃねぇか。
おかげでギルドのみんなもやる気マシマシだぜ?」
取り巻きがくつくつと笑う。
「お前さぁ、狩猟祭は派手に勝ったみたいだけど……今回はそうはいかねぇからな。
至高契約? そんなモン、俺たちが総力で取りに行くに決まってんだろ。」
俺は短く息を吐き、肩のリィを撫でた。
「やれるもんなら、やってみろよ」
「ハハッ!言うねぇ。まぁ、お前が泣く姿を想像しながら狩らせてもらうわ」
クロスは仲間と笑い合いながら去っていく。その背中からは決して消えない殺気が滲んでいた。
***
その後、掲示板の脇を歩く細身の女性とすれ違った。
銀灰色の髪を後ろでまとめ、背には長弓。
(……リナか)
ランキング2位、20個所持。討伐数も狩猟祭でずっと俺の背後を追っていた。
彼女はこちらの視線に気づき、わずかに目を細めて立ち止まった。
「……葉山蓮」
「……ああ」
初めて交わす声は、意外にも静かだった。
「噂通り。…いや、それ以上かもね。あなたとリィ。」
リィは小さく「キュッ」と鳴き、堂々と胸を張った。
リナはその様子に薄く笑みを浮かべ、視線を逸らす。
「でも私は……PKに時間を使うつもりはない。狩るだけ狩って、あなたを越える。
それだけだから。」
短い言葉を残し、リナはその場を離れていった。
***
静かになった掲示板前。
街のあちこちではまだ声が響いていた。
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【掲示板ログ】
「PK可www絶対ブラッククロウが暴れるわ」
「でもリナは狩りに専念しそう。あの人真面目だし」
「蓮はソロだろ?本気で大丈夫か?」
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「……平気だよな?」
そっとリィを抱き上げ、頬に頭を寄せる。
「お前となら、負ける気しねぇから」
「キュッ!」
リィは短く鳴いて翼を広げ、小さく舞い上がって頭上でくるりと回った。
(さて……次は俺たちの狩りだ)
肩に戻ってきたリィを撫で、再び掲示板を見上げる。