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癒しを求めて、最弱職サモナーへ

 その日、リアルではいつも通り忙殺されていた。

 都心の中小IT企業に勤める俺――葉山蓮はやま れん、二十五歳。

 案件と打ち合わせと資料作成に追われ、まともに食事を摂る時間すら惜しい毎日。

 気付けば夜遅くまで残業して、帰宅してもベッドに倒れ込むだけ。

 そんな生活を送っていると、次第に「癒し」というものに飢えていく。


 俺の数少ない趣味はゲームだ。

 特に、ファンタジー世界をのんびり旅できるRPGが好きだった。

 だから最近発表され、ようやく本日正式サービス開始となったフルダイブ型VRMMORPG――

 《クロニクル・ワールド・オンライン》(通称:CWO)を心待ちにしていた。


 高性能の神経接続デバイス『ニューロ・リンク』を使い、脳に直接データを送って完全没入できるフルダイブシステム。

 ゲームの中では本物のように空気を感じ、草花の香りや水音までリアルに再現される。

 しかもこの《CWO》は、生活系コンテンツがやたら充実していると事前評判が高い。

 釣り、料理、裁縫、木工、農業、鉱石掘り……。

 バトルだけでなく、スローライフを堪能できるという触れ込みに、俺の疲弊した心は完全に持っていかれていた。


「癒し……そう、俺に必要なのは癒しだ……」


 発売日にしっかり有給を取り、昼間からVR機器を装着。

 端末が起動し、ログイン認証が済むと、視界は一気に白く霞んで――


 次の瞬間には、青く澄み切った空が視界いっぱいに広がっていた。

 白い雲がゆったり流れ、頬を撫でる風が心地よい。

 遠くから小鳥のさえずりも聞こえる。

 見下ろせば、しっかりと地面を踏みしめる自分の足。

 草の匂いまで漂ってくるリアルさに、思わず深呼吸した。


「はぁ……これは、やばいな……」


 現実の息苦しいオフィスを忘れさせてくれる完璧な世界。

 これだけで、このゲームを買った価値があった。


 さて、まずはキャラメイクだ。

 自分そっくりでも良かったが、ここはゲーム。

 せっかくだし少し童顔にしてみた。

 髪は明るい栗色で、目は緑。

 身長は現実と同じくらいの175センチにした。


 問題は職業選択である。


 この《CWO》には様々な職業ジョブが存在する。

 戦士、剣士、魔法使い、僧侶……どれもそれなりに火力や耐久があって、王道RPGらしいものばかりだ。

 だが俺は、あらかじめ決めていた。

 最弱職と呼ばれ、事前βテストでは散々な言われようだったあの職を選ぶと。


「よし……俺は《サモナー》だ」


 召喚獣を使役して戦う職業サモナー

 攻撃魔法も補助魔法もほとんど持たず、単独戦闘力が低すぎてβでは「地雷職」とまで揶揄されていた。

 だが逆に言えば、直接戦わずに召喚獣に任せられる。

 序盤は弱いモンスターしか使役できず、戦闘を避けて素材採取や釣りをのんびり楽しむには最適だと思った。


「これで、のんびり暮らすんだ……! 何があっても戦闘ガチ勢にはならん!」


 俺は胸に強く誓った。

 絶対に戦闘狂にはならない。

 マイペースで、森や湖を眺め、料理を作って食べて、気ままに暮らす。

 このゲームは俺の第二の田舎暮らしなのだ。


 ──キャラクター作成が完了し、初期拠点のアステルタウンに降り立つ。


 そこは石畳の通りと可愛らしい木造家屋が並ぶ、いかにもファンタジー世界の城下町。

 道行くプレイヤーたちの会話が聞こえる。


「俺はナイトで盾役頑張るぞ!」

「ヒーラーさんいませんかー? パーティ募集!」

「レア素材を買い取ります!」


 活気に満ちている。

 俺は一人、街外れの道を歩き、マップを開いて探索候補をチェックする。

 どうやら初心者向けのフィールドは街の北にある《ルーシェの森》らしい。


「よし、森でキノコでも摘んでこよう」


 店でカゴと簡単な採取用ナイフを購入し、街を後にした。


***


 ルーシェの森は、街から徒歩で十五分ほど。

 大きな樫や楓の木が生い茂り、陽の光が木漏れ日となって差し込む、まさに癒しの空間だった。

 リアルでは森林浴すらできていなかった俺は、森の香りを胸いっぱいに吸い込み、地面にしゃがんで茸を探す。


「あっ、これ《スカーレットマッシュ》じゃないか。回復薬の材料だな……」


 システムメッセージが表示される。


 >《スカーレットマッシュ》を採取しました。


「よしよし……こういうのがやりたかったんだ」


 そのとき、小さな音が聞こえた。

 葉の間から、ひょっこり顔を出したのは――


 小さな竜だった。


 体長はせいぜい30センチほど。

 鮮やかなエメラルドグリーンの鱗に覆われ、目はくりくりしている。

 尻尾をふりふり揺らしながら、興味深そうにこちらを見つめていた。


「……フェアリードラゴン?」


 図鑑機能を起動すると、表示された。


 >《フェアリードラゴン(幼体)》

 >非常に希少な魔獣。好奇心旺盛で人懐っこい性格。ごく稀にプレイヤーに興味を持つ。


「ま、まさか……」


 その瞬間、画面に「契約の兆しを感じます」とメッセージが出た。

 目の前のフェアリードラゴンが、ちょいちょいと前足を上げて鳴いた。


「キュー?」


 システムが告げる。


 >《フェアリードラゴン(幼体)》と契約を結びますか?


 心臓が跳ねた。

 βテストで散々動画を漁ったが、こんなの見たことがない。

 通常はスライムやホーンラビットといった雑魚魔物しか序盤は契約できないはずだ。


「け、契約するに決まってるだろ……!」


 俺は震える手で承認ボタンを押した。


 次の瞬間、金色の光が竜を包み込む。

 フェアリードラゴンはうれしそうにくるくる回り、そして俺の肩にちょこんと乗った。


「……かわいい……」


 システム音声が再び流れる。


 >召喚契約完了!

 >《フェアリードラゴン(幼体)》はあなたの召喚獣になりました。


 こうして俺は、最弱サモナーとしてのんびり暮らすつもりが、いきなりとんでもないレア召喚獣を手に入れてしまったのだった。


***


「いい子だなぁ、お前」


 肩に乗ったフェアリードラゴンをそっと撫でる。

 鱗はひんやりしているが、どこか心地良い感触だった。

 竜は目を細め、尻尾を巻いて俺の首にまとわりつく。


 この世界に来てまだ数時間。

 だというのに、仕事のストレスが吹き飛んでしまいそうだった。


 ……しかしこのときの俺はまだ知らない。


 この小さな竜が、後に規格外の成長を遂げ、世界を震撼させることになるなど、夢にも思っていなかった。

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