【第六話(前編):権力の壁】
俺の支配は、順調に広がっていた。賭博場を完全に掌握し、役人どもを弱みで押さえつけ、騎士団の副隊長すら手駒にした。だが、この町にはまだ俺より上の存在がいる。
町長、ヴィクトール・レインハルト。
この男が、町のすべての権限を握っている。賄賂をばらまき、役人どもを操る俺の手法は、この町長に対しても通じるのか。俺は慎重に準備を進めながら、ヴィクトールを攻略する手立てを考えた。
まず、情報を集めることから始めた。
町長の私生活、隠し財産、賄賂の記録、そして人間関係。徹底的に洗い出すため、部下たちに情報収集を命じた。賄賂や脅しで役人どもを揺さぶり、秘密を聞き出す。
だが、驚いたことに──ヴィクトールは、ほとんど弱みを持っていなかった。
「まったく……汚職の証拠も、横領の痕跡も、スキャンダルもないとはな」
不自然すぎるほどにクリーンな経歴だった。部下の報告によれば、彼は真面目な政治家であり、無駄な贅沢もせず、賄賂を受け取ることもないという。
「……だが、人間に完璧なやつなんて存在しない。何かしらの綻びがあるはずだ」
俺は別の角度から攻めることにした。
町長の周辺を探ると、ヴィクトールには娘がいることがわかった。名前はクラリス・レインハルト。おそらく、彼の最も大切な存在だ。
「弱点がないなら、作るまでよ」
俺はクラリスに接触するため、彼女がよく訪れるという孤児院に目をつけた。
彼女は町の慈善活動に熱心で、定期的に孤児院へ足を運び、子供たちの世話をしていた。俺はそこに部下を送り込み、さりげなく情報を集めさせた。
クラリスは聡明で、父親譲りの正義感を持つ女性だった。簡単に騙せるタイプではないが、だからこそ利用価値がある。
「彼女を使って、町長を揺さぶる」
そう決めた俺は、クラリスを標的にした計画を立てる。
孤児院に俺の影響力を浸透させるのは簡単だった。寄付を名目に金をばらまき、孤児院の運営に俺の資金が不可欠な状況を作り出す。そして、院長に圧力をかけ、俺の指示に従わせた。
「クラリス嬢が来たとき、さりげなく彼女を俺に引き合わせろ」
計画通り、数日後、俺は孤児院でクラリスと接触することに成功した。
「あなたは……?」
「俺は鬼頭悪行。この孤児院に寄付をしている者だ」
クラリスは少し警戒していたが、孤児院に尽力する俺の演技に、警戒心を緩め始めた。
「あなたのような方が、この町にいるなんて知りませんでした。孤児院のために支援してくださっているのですね?」
「貧しい子供たちのためにな……」
表向きは善人の仮面を被りながら、俺は少しずつクラリスの信頼を得ていく。
◆
だが、そんな俺の動きを、町長ヴィクトールは察知していた。
ある日、役人を通じて、町長から呼び出しを受けた。
「鬼頭悪行……貴様の動き、すべて監視していた」
町長の執務室に通されると、ヴィクトールは冷静な目で俺を見据えていた。その背後には、鎧をまとった精鋭の騎士たちが控えている。
「貴様の悪行は、すでに把握している。賭博場の支配、役人への脅迫、そして私の娘に近づいたことまで……」
「ほう、それで?」
「この町から出て行け。これ以上、民を苦しめることは許さぬ」
なるほど、正義の政治家を気取っているわけか。
だが、俺はここで引くつもりはない。
「町長殿、俺がこの町を出ると思うか?」
「貴様に選択肢はない。これ以上の悪行を見逃すことはできぬ」
「……なら、どうする? 力ずくで排除するのか?」
町長は沈黙した。彼は俺を排除する手段を持っているが、それを使えば混乱が生じることも理解しているのだ。
「……考える時間をやろう」
「フッ、ありがたいこった」
俺は執務室を後にしたが、これで終わるつもりはなかった。むしろ、ここからが本番だ。
俺はすぐに部下たちを集め、町長を倒すための計画を練り始めた。
「……正面からじゃ勝てねぇな。だが、裏をかけば勝機はある」
町長は俺を警戒している。だが、その警戒が隙を生むこともある。
俺は、次なる一手を考えながら、不敵な笑みを浮かべた。