【第十四話:折られた誇り】
暗闇の中、俺は静かに微笑んだ。
すべては計画通りに進んでいる。
支部長グルド・ファーレン 元Sランク冒険者であり、隣町のギルドを統べる男。
正義感が強く、町を守るために俺を討伐しようとした愚かな男だ。
だが、どれほど強かろうと、どれほど誇り高かろうと、人間には必ず弱点がある。
その男にとっての最大の弱点は家族だった。
俺はその弱点を徹底的に突き、彼を追い詰め、逆らう気力すら奪ってやる。
第一段階:依頼人の正体
「……なるほどな」
俺はギルドに出された討伐依頼の詳細を確認し、思わず嘲笑した。
「てっきり、貴族かギルドの上層部が裏で手を回したのかと思っていたが……まさか、こんなガキ共とはな」
依頼人の名前は伏せられていたが、情報屋を使って調べた結果
孤児院の子供たちが依頼主だった。
「ハハハ……面白ぇ……」
俺は書類を手に取り、指で軽く弾いた。
たった数枚の紙切れに、俺を討伐するための願いが込められていた。
「こいつら、俺に殺されたくてわざわざ依頼を出したのか?」
冗談ではない。
確かに、俺は町を支配するためにいくつかの策を講じた。
孤児院の資金源を断ち、食糧供給を制限し、じわじわと追い詰めていた。
だが、まさかガキどもがギルドに正式な依頼を出すとは思わなかった。
これが単なる無謀な試みなのか、それとも誰かが裏で操っているのか……。
(……いや、違うな)
俺はすぐに気付いた。
こんな計画、ガキ共だけでできるはずがない。
つまり、誰かが背後で手を引いている。
「……クラリスか」
あの女、まだ諦めていなかったというわけか。
第二段階:クラリスとの対峙
「……この手紙、お前が書かせたんだろう?」
俺は薄暗い牢獄の中、鎖で繋がれたクラリスの前に立った。
彼女はじっと俺を睨みつけ、何も言わなかった。
「返事はいい。孤児院の子供たちがギルドに俺の討伐を依頼するなんて、ありえねぇ。お前がそそのかしたんだろ?」
クラリスは口を開かなかったが、その目には確かな怒りが宿っていた。
「フン、随分と良いご身分だな。お前が言葉を発さなくても、全部分かるんだよ」
俺はゆっくりと彼女の顎を掴み、無理やりこちらを向かせた。
「無駄なことをするな。俺を討伐しようとするなんて、愚かすぎる」
「……あの子たちは、あなたみたいな人間に屈するべきじゃない」
ついにクラリスが口を開いた。
「あなたは町を支配し、恐怖で人々を縛っている。でも、誰もあなたを心から認めたりしない。私が……あの子たちが、必ずあなたを止める」
「ハハハハ!」
俺は思わず声を上げて笑った。
「そうかそうか……随分と勇ましいことを言うじゃねえか。でもな──」
俺はクラリスの耳元に顔を近づけ、囁いた。
「お前が何をしようが、全部無駄だ」
クラリスの顔が一瞬だけ強張る。
「お前の大切な町は、もう俺の手のひらの上なんだよ」
第三段階:娘の喪失
暗く湿った地下室の片隅。
クラウディア・ファーレンは、震えながら膝を抱えていた。
「かわいそうにな、お嬢さん」
俺はゆっくりと彼女の前にしゃがみ込み、その頬を優しく撫でた。
彼女は俺の手を嫌悪するように避け、睨みつけてくる。
「いい目をしている……だが、その目もすぐに絶望に染まることになる」
俺はクラウディアの顔の前に、一通の手紙を見せた。
そこには、父親である支部長への最後通告が記されている。
「娘を返してほしければ、一人で指定の場所へ来い」
俺はニヤリと笑った。
これで、支部長は確実に罠にかかる。
最終段階:誇りの崩壊
翌日、ギルド支部に戻ったグルドは、俺の指示通りに動き始めた。
「……最近、魔王軍の動向が不穏だ。敵対するのではなく、共存の道を探るべきだ」
「えっ……!? 支部長、何をおっしゃっているのですか!?」
ギルドの幹部たちは驚き、戸惑いの表情を浮かべる。
だが、グルドは低く静かな声で続けた。
「これ以上の戦いは町の危険を招く。魔王軍と交渉を行うべきだ……」
俺はその様子を、ギルドの隠し部屋でじっと見守っていた。
(そうだ……それでいい……)
彼はもう、俺の手のひらの上だ。
娘を人質に取り、妻の秘密を握り、精神を呪詛で蝕んだ結果──かつての誇り高き戦士は、ただの操り人形になった。
「さて、次はどう料理してやるか……」
俺はワインを一口飲みながら、支配の味を噛み締めた。