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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀
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櫻麻家の過去

「櫻麻家の話が途中だったわよね。続きを教えてよ」


 帰宅後、夕食を取り、風呂に入って落ち着いたところでアイシスが話しかけてきた。

 少しだけ億劫に感じたが、アイシスと会話を交わすことが親交を深めるから大切だよな。


「えっと、どこまで話したかな?」


「18年前に【血雪の夜】と言われる事件があったって事。櫻麻家が外患誘致罪で断罪されたけど、本当は狂った男性が一人の女性を手に入れる為だけに起こした虐殺ってことまで」


「そっか……。【血雪の夜】を理解するためには俺の曾祖父(そうそふ)の話もしないとな」


曾祖父(そうそふ)ってお爺さんのお父さんよね? そんな前からの話なの?」


「そこが櫻麻家にとっての受難の始まりなんだ。今の状況を理解する上で重要だな。まぁ俺が生まれる前の話だから気楽に聞いてくれると良いよ。俺も他人事のように感じている話だからさ」


 亡くなった母上の顔が頭に浮かんできた。この話をするなら当たり前か。


「櫻麻家は代々不知夜国において非違(ひい)行為を取り締まる家だったんだ」


「ひいこうい?」


「簡単に言うと違法な事をした人を取り締まる事だね。状況次第では櫻麻家には問答無用で罪人を斬り捨てる事も許されていた。その為、櫻麻家に求められていた資質は公明正大、清廉潔白、無私無欲だ」


「何か息が詰まりそうになる資質を求められるのね。私なら逃げ出しそう」


「でも一番大事なのは圧倒的な戦闘力さ。戦闘民族である不知夜(いざよい)の民を取り締まるわけだからな。正義を通すには力が絶対的に必要だ」


 幼き時に聞いた母上の声を思い出す。何度も何度も聞いた話だ。


「でも祖父の父親である櫻麻剛毅(ごうき)はとんでもない人だったようでね……。不正不公(ふせいふこう)佞悪醜穢(ねいあくしゅうわい)私利私欲(しりしよく)()で行く人だったみたいだ。そして残念な事に圧倒的な剣術を誇っていた」


 俺の話を真剣に聞いているアイシスに幼き自分を重ね合わせる。


「櫻麻家は六大家の一角だったため、その当時の不知夜国の中枢は腐っていたんだよ。賄賂が蔓延り、不正が蔓延り、やがて国力が衰退していった。正義感が人一倍強い祖父の丈儀は父親である剛毅を苦々しく思っていたのは想像に難くない」


 憤慨し始めるアイシス。感情移入が少し過ぎるような……。


「この時期、隣国のソレイユ帝国に新しい皇帝が即位してね。ソレイユ帝国の国民に力がある事を誇示するために拡大路線が活発になったんだ。この時の新しい皇帝はアイシスの祖父だろ」


「たぶんそうね。それより続きを早く話してよ」


 俺はアイシスに促されるように話を続ける。


「国力が落ちていく状態の不知夜国はソレイユ帝国にとっては征服してくださいって言っているもんだ。不知夜国はソレイユ帝国の圧迫を受けるようになっていった。そしてついにはソレイユ帝国が国境近くで軍事演習を開始した。完全な示威行為だ」


 興味津々で聞いてくれるアイシスの影響なのか俺の話も感情がこもってくる。


「不知夜国は存亡の機に直面する。徹底抗戦、条件付き降伏。喧々諤々(けんけんがくがく)、上を下への大騒ぎさ。この状況で剛毅と先代の曙家当主はソレイユ帝国に不知夜国を売ろうと画策した。自分達だけソレイユ帝国でそれなりの地位を約束させてね。曙家は代々外交を担っている家なんだ」


 これからこの話は最高潮に達する。俺も幼少時に興奮したなぁ。


「丈儀は剛毅から不穏な空気を感じていたのだろう。この時丈儀は剛毅の行動を監視するようになっていた。そして丈儀は剛毅と先代の曙家の当主がソレイユ帝国の諜報機関の工作員と密会する情報を掴んだ。ついに丈儀は行動を起こす。軍を統括する宵闇家を説得し、軍を動かす事に成功する。そして友人である宵闇厳三(げんぞう)と共に密会場所に赴き、有無を言わさず剛毅と曙家の当主、ソレイユ帝国の工作員を叩き切った」


 悪を断罪する話はやはり気持ちが良いよな。アイシスの顔が紅潮しているわ。


「そのまま不知夜国の軍を率いて国境に行き、厳三と二人でソレイユ帝国の軍営に乗り込んだ。丈儀はソレイユ帝国の東域征討将軍に贈り物と言って樽から出した諜報機関の者の首を取り出す。血が滴る首、そして敵に囲まれていても平然としている丈儀。その豪胆さに唖然としながらも興味を覚えるソレイユ帝国の将軍。人には理由など無しに好感を持ってしまう人がいる。それがソレイユ帝国の将軍に取って丈儀であったのだろう。この指揮官は場違いにも丈儀と厳三を会食に誘った。そして会食が終わる頃には丈儀とソレイユ帝国の将軍はまるで竹馬(ちくば)の友のように親密になっていた」


 最後は母上のように余韻を感じさせるように穏やかに話す。


「この東域征討将軍の名前はライル・ソレイユ、当時のソレイユ帝国皇帝の弟に当たる。ライルは兄が剣魔の儀で皇太子になるように協力した人物であった。そのため皇帝はこの弟の恩義に応えるために、無条件に一つだけ要望に応えると宣言していた。ライルは生涯の親友になれると確信した丈儀と争う事はしたくない。何の躊躇いもなくライルはこの権利を行使する。そしてライルの要望を受けてソレイユ帝国の方針が変わった。『ソレイユ帝国は櫻麻丈儀がいる不知夜国を侵略しない』と」


「へぇー、そんな事があったんだ。ソレイユ帝国ではあまり知られていない話ね」


「まぁソレイユ帝国の上層部だけが知っている方針転換だからかな」


「でもそれならトキのお爺ちゃんの丈儀さんは不知夜国の英雄になったんじゃないの?」


「そうだな。ソレイユ帝国の侵略を跳ね除け、不正の大本であった剛毅と曙家の先代当主を排除したからな。先代の剛毅を誅殺し、櫻麻家の当主になった櫻麻丈儀。そして軍を統括する宵闇家の次期当主である宵闇厳三。どちらも若き英雄だ。不知夜国の民はこれで暗黒時代を抜け、光り輝く栄光を迎える事ができると思っただろうな」


 時計を見るとだいぶ遅い時間になっていた。別に焦る必要はない。

 アイシスの顔からは疲れが滲み出ている。今日はお開きだな。


「今晩はこれまでにしようか。続きはまた明日な」


 少し不満気な顔をしたアイシスだが、疲れている事を自覚しているのだろう。俺の提案に従って部屋に戻っていった。

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