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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀
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故郷は地獄

 俺は有明海斗に頷きを返した。


「それならば問う。櫻麻(さくらあさ)家の再興の意味をトキはわかっているだろう。櫻麻(さくらあさ)家は不知夜(いざよい)国に取って腫れ物だ。18年前の出来事である【血雪の夜】は未だに多くの人の心に影を落としている。18年経ってもだ。その亡霊を再興させる意味はあるのか?」


 傍若無人(ぼうじやくぶじん)な行為を行なっていた不知夜(いざよい)家を誅殺(ちゅうさつ)したとされている(・・・・・)のが【血雪の夜】。

 しかし俺の真実は違う。母上を手篭めにする為だけに櫻麻(さくらあさ)家を根絶やしにした先代の有明家当主の父。


「【血雪の夜】ですか。しかし人によっては【陥穽(かんせい)の夜】と言われる方もおられます。それについてここで議論するつもりは毛頭ございません。確かに櫻麻(さくらあさ)家を再興した場合は心穏やかで無くなる人もいるでしょう」


 海斗は身を乗り出して熱く語り始める。


「ならば再興せずとも良いだろう。トキの母である静殿と曙家当主である銀次殿が非公式で約定を交わした事は内密に聞いておる」


 ()公式ときたか……。六大家の一角である曙家が六大家の名を使って空証文(そらしょうもん)を掴ませたとなれば醜聞(しゅうぶん)が過ぎるからな。

 海斗は有明家当主になってまだ一年。そのまま六大家筆頭当主になってしまった。些細な事でも舵取りを間違えると他家に侮られるに違いない。

 ここは海斗に花を持たせるか。


 俺は何の異議も発せず沈黙を貫いた。

 海斗が周りの分家当主にも聞こえるように、少し演技がかった口調で話を続ける。


「約定の内容も聞いておる。静殿が我()が父である有明泰山(たいざん)黄泉(よみ)の旅路に付き添えば、櫻麻(さくらあさ)家の再興を許すというものだ。再興の時期は黄泉の国に到着する一年後。そして重要な事はあくまでもトキが望む(・・・・・)のならばだ」


 俺は微動だにせず涼しげな表情を取り繕う。

 こちらの反応の希薄さに感情が少しずつ昂ってくる海斗。


「直接には聞いていないが、トキは櫻麻(さくらあさ)家の再興に前向きでなかったと周囲から聞いていたぞ。櫻麻(さくらあさ)家を再興するとなると、無用な軋轢が生じる。それはトキにとって不幸せな事ではないか? 私は静殿の喪が明けたらトキは有明家に入るものと確信していた。どうだ? 考え直さないか? トキには有明(ありあけ)家を支えて欲しい。父も亡くなり、障壁は無くなっている。周囲とは(わだかま)りがあるかもしれないが、それも時が解決してくれるだろ。血を分けた兄弟じゃないか」


 最後は随分と演技がかった熱弁ぶりだった。


 海斗は当主より舞台俳優でもやった方が良いな。売れっ子の役者になれると俺が保証してやるわ。


 俺は内心思った事は(おくび)にも見せずに静かに返答する。


「ありがたい申し出ではありますが、それはお断り致します。私は家に囚われたくないのです。母の櫻麻(さくらあさ)家再興の妄執を(はた)から見ていましたから」


「それならば何故櫻麻(さくらあさ)家の再興をするんだ? 亡くなった静殿の願いを叶えるためじゃないのか?」


「違いますね。今日の朝までそんな事は露程(つゆほど)も考えていませんでした。しかし事情が変わってしまいましてね」


「事情?」


 俺は振り返り斜め後ろに座っているアイシスに視線を移す。

 俺を見つめ返すアイシス。アイシスの眼からは相変わらず強烈な意志の力を感じた。


 さぁ、我が主アイシス。共に茨の道を歩もうか。


櫻麻(さくらあさ)家はアイシス・ソレイユと共に今年の秋にソレイユ帝国で執り行われる剣魔の儀に参加する事をここに宣言致します」


「本気で言っているのか? それは六大家を介さないでトキはこの国の次期筆頭当主に名乗りを上げるということか? 結局トキは不知夜(いざよい)国の政治的権力が目的って事か」


 急に残念そうな顔をする海斗。

 まぁ普通はそう思うよな。


「そのような事に興味はございません。しかしどのように取られても構いません。これ以外にここにいるアイシス・ソレイユの命を守る方法がありませんから」


 眼を丸くする海斗。そして俺の斜め後ろに座っているアイシスに一度眼を移し、また俺を見た。

 自分の理解を越えた人間を観察したのだろう。


「トキはその娘の命のためだけに櫻麻(さくらあさ)家を再興するっていうのか? そこのアイシスの情報は確認した。ソレイユ帝国ジャベル皇帝の正室の子ではない。ましてや側室の子でもないんだぞ。妾の子だ。名ばかりの皇女だぞ。その妾の子がソレイユ帝国の過酷な剣魔の儀を制覇できるはずがない。たとえ今、その命を繋ぎ止めても剣魔の儀に参加するならば、アイシスは死より辛い地獄を見る事になるんだぞ? 一思(ひとおも)いに今殺してやるのがアイシスに対する最大の慈悲ではないのか」


 俺はゆっくりと首を振る。

 初めて見たアイシスの薄汚れた姿を思い出しながら口を開く。


「アイシスはとうに覚悟を決めていますよ。それじゃなきゃ女性一人でソレイユ帝国からこの不知夜(いざよい)国になんて来れませんからね。私はその覚悟の行く末を見たいだけです」


「そのアイシスと共に地獄を見る事になってもか?」


「一人ぐらいアイシスの地獄行きに付き合ってあげても良いのかと。死神にとって地獄は故郷ですから」


 俺の言葉を受けて海斗の顔が破顔する。


「ハハハ! よし、わかった! 今日、これより櫻麻(さくらあさ)家は再興だ! そして櫻麻(さくらあさ)家がソレイユ帝国皇太子候補としてアイシス・ソレイユを推すことを承認する!」


 まずはやり切った……。これでアイシスの命運が取り敢えず繋がったな。

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