海千山千
暁茂三さんは俺が売ろうとしている櫻麻家の資産の目録を片手に喋り立てる。
大きな儲けになると見込んで慌てて来たんだろうな。さすが不知夜国一番の金持ち商人だ。
茂三さんは六大家の当主でありながら不知夜国で手広く商売をしている。
暁家は不知夜国では珍しく剣術よりも金を|拠よ》り所にしている。
内政全般を司る家のため、金には細かい。それが商売にも生きているのだろう。
「これはお互いに良い取り引きができましたな」
予定よりも少し高めの金額で売る事ができた。急いで売る必要がある為、俺は総じて市場より金額は低く設定した。
しかし茂三さんは俺が提示した金額が低くなり過ぎていた品については、怒りながら金額を高くして買い取ってくれた。
茂三さんは商取り引きにおいては、とても誠実な人物のようだ。
「支払いはどのように致しますか? 如何様にも対応させていただきますよ」
「7億5,000万バルトは私でなく東雲家に支払っていただくと助かります。支払い方法は東雲家と話し合っていただければ。残りの1億バルトは金貨でお願いいたします」
「東雲家にですか? ふむ、そうなると……」
急に目を閉じてしまった茂三さん。
これって思案中なのか? 大金だから結構な量になるし、俺が一人で東雲邸に運ぶ事のも大変だもんな。防犯的にもあまりやりたくはない。
「あの……、何か問題でも?」
「いやこれはすみません。支払い方法は了解致しました。早速、この後東雲邸にお伺いし、確実にお支払いさせていただきます。いやそれにしても……」
「どうしました? 何か不審な点がありましたら仰ってください。大きな取り引きですから、後から問題になっても困ります」
「いや取り引きに問題はございません。宜しければいくつか質問をしてよろしいか?」
俺が頷くと茂三さんはいつもの柔和な顔を険しい顔に変え、重々しく口を開く。
「トキさんは今秋の剣魔の儀をアイシスと共に勝ち抜けると確信しておりますな?」
「急にどうなさいました。始まる前から負ける事を考えていたら勝てる勝負などないのは自明の理です。当然、勝ち抜きますよ」
「そう言った精神論ではございません。アイシスさんの陣営の戦力をあくまでも客観的に分析し、その結果勝ち抜けると考えておられますな」
「勝敗は女神の天秤次第ですよ。それに私は予想屋ではありませんので、そんな事を聞かれても困ります」
「わかりました。少しこちらも腹を割りましょう。そうしないとトキさんの本心に近づけませんね。まずはこれだけの大金を東雲家にお支払いする理由です。これは月の涙を使った治療以外考えにくい。それも相当な量の月の涙を使う治療です。それでは患者は誰か?」
なるほど、7億5,000万バルトの支払いを東雲家にしてくれって言ったからか……。
手間を省くもんじゃないな。
「トキさんがそれだけの治療費を払う人は誰か。まずはトキさんが自分の治療に使う。これはあり得ますね。私はトキさんの健康状態を把握しておりませんから。しかしもう一人いますね。アイシスさんです。でもアイシスさんが不知夜国に辿り着いたのが五日前です。出会ったばかりの女性にそんな大金を使うのでしょうか? まず考えられません」
まぁそうだろうな。それが普通の感覚だよ。
「しかし引っ掛かります。アイシスさんが来てから大きく事態が動いているんですよ。櫻麻家の再興、先日の独任制への改革、そしてこの多額の取り引き。思考を柔軟にしないと大火傷しそうです」
言葉を切ってテーブルのお茶を飲む茂三さんに普段は見せない老獪な顔が見え隠れする。
これは喰われないようにしないとな。
「私の常識ではあり得ないのですが、もしアイシスさんに月の涙を使うと仮定して推測してみました。出会ったばかりの女性にそんな大金を使うのです。そうするとトキさんはアイシスさんの事を非常に大切にしている事になります。しかしアイシスさんは剣魔の儀に参加を表明している。確実に死出の旅路です。この場合の結論は出奔です。この度、トキさんが櫻麻家の資産を現金化した事を考えても可能性が高そうです」
火月さんにも思われたもんな。別にそれでも良いけど、アイシスの心の鎖を断ち切ってあげたいよな。
「しかしそれだと合点がいきません。なぜ宵闇厳三殿に喧嘩を売る必要があったのか? 不知夜国の政治体制を独任制にする提案を厳三殿を通してした意味は? これはトキさんが剣魔の儀に参加しないと意味がなさない。出奔するなら余計な波風を立てる必要がありません」
宵闇家でイカれた書類の束を見て、家の柵、因縁に嫌気が差したんだ。
少し衝動的だったが全てスッキリしたくなった。どうせ剣魔の儀に参加するんだからな。
「トキさんはアイシスさんを非常に大切にしている。むざむざ殺されるような事をするわけがない。しかしトキさんはアイシスさんの陣営で剣魔の儀に参加する。剣魔の儀に参加し、アイシスさんが死なせない方法は一つしかないじゃないですか。剣魔の儀を勝ち抜くしかない。そしてトキさんはそれを確信している。
俺は断定的に言い放つ茂三さんに一応抵抗を試みる。
「もう諦めの境地かもしれませんよ。自棄になっているかもしれません」
「馬鹿にしないでください。自暴自棄になっている人間など眼を見ればすぐにわかります。アイシスさんもトキさんも希望を抱いている眼をしています。未来を見ています。これくらいわからないと商売人として失格ですよ」
これは駄目だ。完全に看過されている。この人は海千山千だわ。
俺は諦めて白旗をあげた。
「じゃそれで良いですよ。俺は剣魔の儀を勝ち抜けると確信している。それが自己過信でない事を祈りたいですね」
「そういう訳にはいかないのです。此度の剣魔の儀は各家の生き残りをかけた戦いになりました。いや引いては不知夜国の行く末を占う戦いです。選択を間違えれば最悪御家断絶に繋がりかねません。宵闇厳三殿のように能天気でいられる訳がない」
酷い言われようだな厳三さん……。
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