暁茂三
少し重い空気の中、櫻麻邸まで二人で歩いて帰る。
櫻麻邸の門の前に小太りの中年男性が一人立っていた。
「どうもトキさん。連絡も無く訪問してしまい申し訳ございません。この後お時間はよろしでしょうか?」
人の良さそうな笑顔を浮かべる男性は暁家当主の暁茂三さんだ。
「どうやらお待たせしてしまったようですね。当家は使用人がおりませんので、失礼を致しました。どうぞ上がってください」
俺が促すと茂三さんはアイシスを一瞥してから俺の後をついてきた。
櫻麻邸に入ってからはあちこちに視線を移している。
「成る程、当たり前ですが【陥穽の夜】の戦闘跡は綺麗さっぱり無くなっておりますな。随分と改装されたものだ。以前の櫻麻邸は純不知夜建築の屋敷でしたが、今はその良さを残しつつソレイユ建築の要素も入れておりますな」
「暁邸の豪邸に比べれば、粗末な屋敷です。なかなか手が回りませんで使用していない部屋などは痛みが進んでいます」
「なにを仰るか!? 櫻麻邸には有名な天然温泉があるじゃないですか。あの立派な露天風呂は不知夜国の国宝に匹敵しますぞ」
俺は苦笑を浮かべて客間に茂三さんを通す。
アイシスが気を利かせてくれてお茶を淹れにいってくれた。
お茶が来るまで茂三さんは庭を眺めていた。
アイシスが礼儀正しくお茶をテーブルに置き、退室する。
「改めて見るとアイシスさんは相当な美人さんですな。さすが不知夜の宝石と言われた深更弓月さんの娘だけはあります。それにソレイユ帝国の血が入ったせいか、不知夜国の女性とは顔付きが違いますね。トキさんも良いお嫁さんを見つけたものだ。それで婚礼はいつになさるのですか?」
俺は茂三さんの言葉に危うく飲みかけたお茶を噴き出すところだった。
「婚礼なんて考えておりませんよ。吃驚させないでください」
「それはトキさん、駄目ですぞ。きちんと責任を持たないと。先日、有明邸で見た二人と明らかに雰囲気が変わっておりますな。確実にトキさんとアイシスさんは男女の仲になっておられる。無責任に女性を抱くのは感心しませんな」
「無責任ってそんな……」
「トキさんは婚姻を考えていないのにアイシスさんを抱いたのでしょう? これを無責任と言わずになんと言います。アイシスさんは仮にもソレイユ帝国の第八皇女ですぞ。状況次第ではソレイユ帝国との外交問題に発展する可能性もあります」
おいおい、外交問題って飛躍し過ぎだろ……。
「それは考え過ぎじゃないですか?」
「そんな事はありません。アイシスさんはソレイユ帝国皇帝の血を継いでおります。たとえ妾の娘であろうと利用価値があります。ソレイユ帝国が征服した国の王族に嫁がせれば、その後の統治が格段にやりやすくなりますから。そのアイシスさんをトキさんは傷ものにしたのです。自覚した方が良いかと」
「それって問題になりそうですか?」
「大問題です。対処方法としては、発覚する前に自らソレイユ帝国の帝室に正式に婚姻を申し込むのです。皇女を傷ものにしたのに、婚姻もしないとなるとソレイユ帝国の面子が保てません。あくまでも二人は愛し合って契りを結んだ。こちらにソレイユ帝国の皇女を蔑ろにするつもりは無い。順番が反対になったが婚姻を結びたい。これしか無いですな。それでもギリギリです」
「あの契りを結んだことが発覚しなければよく無いですか? 剣魔の儀が控えてまして、そんな事をしている余裕がありませんよ」
「自覚が無いようですな。先程の短い時間でも、二人の醸し出す雰囲気は深い男女の仲を感じさせます。隠すのはどう考えても無理ですな」
「わかりました。アイシスと話し合って今後を考えていきます」
「それとトキさんの家柄も問題です。再興したばかりの櫻麻家は不知夜国の六大家でありません。歴史がある櫻麻家ですが、如何せん権力がありません。対外的に恥ずかしく無いようにしないと……」
そりゃ無理だ……。家柄は変えられない。父親の家の有明家に入れてもらったら、その時点でアイシスが危険になるよ……。
俺は諦めて天を仰いだ。何故か天井のシミが気になった。
「そうですね。トキさんの実力次第ですが、体裁を整える方法があります。剣士番付ですよ」
「剣士番付?」
「不知夜国の剣士番付は六大家の権力とは別のもう一つの権力です。政治的な力は薄いですが、対外的には立派な肩書きになります。最高なのは剣聖ですが剣王でも問題はありますまい。最低でも剣鬼ですかな」
「成る程、それでは茂三さんは剣士登録をしたばかりの俺に剣士番付拾位以内の剣士に血闘を挑めという事ですか?」
「もしトキさんが剣鬼にでもなれれば、ソレイユ帝国の帝室も不知夜国の事を考えて無体な事はそうそうできない。これはあくまでも助言だ。命令と取られると私が困るな」
狸過ぎるぞ、この親父……。
「わかりました。先程言ったとおり、アイシスと話し合って決めようと思います。ただ、私からはアイシスと男女の契りを結んだとは認めてませんからね。それだけは覚えておいてください」
俺の返答に鼻白む茂三さん。
厳三さんの忠告が無かったら危なかったかもな。
「それより今日のご用件を伺って宜しいでしょうか?」
「おぉ! それそれ! 忘れておりました。昨日、深更家の火月殿からお話を伺いましてね。目録も見せてもらいました。垂涎の的しか無いじゃないですか! こんな僥倖を逃したら御先祖様に顔向けができません。早速商談に入りましょう!」
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