最高の贈り物
どうやらこの天使は食い意地を司る神に仕えているんだろう。それ程までの食べっぷりだった。
きっと遠慮という言葉を母親の胎内に忘れてきたんだな。
都合五回御代わりをしたところで漸く長い朝食が終了した。
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「それじゃ、改めて自己紹介しようか。俺はトキ。ここ櫻麻邸の主だ」
食後にお茶を淹れて落ち着いたところで話を始めた。
「私はアイシス・ソレイユ。一応、ソレイユ帝国の皇女よ。それより不知夜国の人で私に雇われてくれる人に心当たりは無い? 母上の実家の深更家の人達は無理そうだから……」
「人を雇って剣魔の儀に出るつもりなんだろ? それならば不知夜の民は誰も雇えないぞ。不知夜国では協定があるんだよ」
「協定?」
「そう協定だ。不知夜国は六大家ってのがあるんだ。全ての家がどこかしらの六大家に繋がっている。不知夜国はこの六大家の合議制で政治を運営している。でも六つの家だから三対三に意見が分かれる時があるだろ。そんな時の為に筆頭家を定めているんだよ」
「何の話をしているの? 別に不知夜国の政治体制には興味が無いんだけど」
ちょっと苛ついた口調のアイシス。
成る程、アイシスは少し短気なところがある性格か。
「まぁ待て、もう少しで理解できるから。この筆頭家の決め方なんだが、ソレイユ帝国の剣魔の儀を利用しているんだよ。昔は剣魔の儀が開催されると必ず良質な剣士を求めて不知夜国にたくさんの皇太子希望者が来たんだ。そうすると不知夜国としては同じ家に連ねる者達が争うのが不都合になったんだな。それで一つの系列の家で助力できる皇太子希望者は一人に限定したのさ。そして助力した皇太子希望者が実際の皇太子になった家が不知夜国の六大家の筆頭家になる事にしたのさ。次期皇帝と剣魔の儀を共にした家だと都合が良いだろ。ちなみに今の筆頭家は有明家だ」
不安そうな顔になるアイシス。
「じゃ、深更家は既に助力する皇太子希望者がいるって事?」
「深更家だけじゃないさ。有明家、宵闇家、暁家、東雲家、曙家。六大家全ての家が既に決まっているよ。こちらも六大家の筆頭家になる機会だからな。誰に賭けるのが良いのか調査は欠かさない。皇子が産まれた時からずっと情報を収集しているさ」
項垂れたアイシスに俺は言葉を重ねる。
「そしてアイシスの現在の状況を説明するよ。各家が助力する皇太子希望者を他の家が害する事を禁じている。これは剣魔の儀で各家の優劣の雌雄を決するのが立て前だからだ。ただし不知夜国のどの家も推していない皇太子希望者を事前に排除するのは推奨されている。これは当然な事だ。不知夜国の推す皇太子希望者が皇太子になるのが目的だからな」
この世の終わりのような顔を見せるアイシス。玄関先で汚れ切ったの髪の間から見た眼。アイシスは一年前の俺と同じ闇い眼をしている。
俺は声をかけずにアイシスの心の整理が付くのを待った。
少し経つとフラフラと立ち上がるアイシス。
「トキ。お風呂と朝食ありがとう。おかげで元気が出たわ。それじゃまた」
「おい! 何処に行く気だ! 俺の話を理解しただろ! 今、外に出るのは自殺行為だ! 命を間違いなく落とすぞ!」
「そんな事はわかっている。剣魔の儀に参加登録してから何度も殺されかかっているからね。この国の人達は全員既に他の皇太子希望者の陣営なんでしょ。まさか全国民が敵とはね……。本国のソレイユ帝国より酷い状況だわ。それでも出発しないと皇太子の道が閉ざされるから」
「そんなにしてまで皇帝になりたいのか? ソレイユ帝国の皇女なら他国の王族と結婚して優雅な生活を送る事だってできるだろ?」
「ハハハ! トキは面白い事を言うわね。誰がいつ皇帝になりたいって言った? 私は皇太子になりたいだけよ。端からソレイユ帝国の皇帝なんか興味無いわ」
皇帝になる気が無いのに皇太子になりたい? コイツは何を言っているんだ?
「理解してない顔ね。お風呂と食事のお礼に説明してあげるわ。私の母はソレイユ家ではないの。現皇帝の正室でもなく、側室でも無い。法律的には妾ね。ただの性処理道具よ」
「そうなのか? でもアイシスはソレイユを名乗っているじゃないか」
「ソレイユ帝国は拡大主義を取っているわ。多数の占領した国を懐柔していかないといけない。皇帝の血を継いでいる子供は政略結婚に利用できるでしょ。それで子供はソレイユ家になるのよ。ただの政治の道具だわ」
性処理道具に政治の道具……。
若い女の子が口にする言葉では決してないな。
「正室や側室と妾の皇子と皇女には明確な身分の違いがあるのよ。六歳になると母親と引き離されソレイユ家の一員として育てられるんだけど、最悪な環境よ。私は魔術が得意なの。魔術なら誰にも負けないわ。でも尊厳を保とうとしても日々虐げられていると心が曇ってくるわ。それでもここまて折れないで歯を食いしばってきた。腐っている正室や側室の皇子や皇女。コイツらの道具に成り下がるのは死んでも嫌。必ず剣魔の儀で奴等を倒して生殺与奪の権利を握ってやるわ」
闇い目の奥に強烈な意志の力を感じる……。
一年前の俺と同じ眼をしていると思っていたが違かった。
俺は絶望して立ち止まってしまった。今の今まで時間だけが気持ちの整理を助けてくれると思っていた。一年間喪に服してそれなりに整理はできた。
しかしアイシスは違う。絶望を感じながらも前に進もうと生命をかけて足掻いている。
俺ができなかった復讐をこのアイシスはやろうとしている。
人によってはその姿は無様に見えるかもしれない。だけど俺にはこの上なく輝いて見える。
その姿に気高さすら感じた。
ハハハ! この子は本当に天使だ! 神が俺に使わせてくれた天使だよ。最高の贈り物だ!
復讐する相手が死んで、最愛の母が死んだ。途方に暮れた俺に神が使命を与えてくれた。いや使命じゃない。このアイシスの行く末を俺が見たい。これは俺の意志だ。
「何笑っているのよ……。失礼ね。別におかしな事は言ってないわよ。本気なんだから。それにトキだって敵の勢力なんでしょ。ここに居ても危ないじゃない」
「あぁ、笑っていたか。それはすまない。久しぶりに心が軽くなってね。あと、先程の俺の説明に不備があった。それもついでに謝るよ。不知夜国の全ての家が六大家に連なっているって言ったけど、それはあくまで今現在の話だ」
怪訝そうな顔をするアイシス。
待ってなアイシス。君にも最高の贈り物を与えるよ。
「正式に今日から俺が櫻麻家を再興させる。そして櫻麻家は何処の六大家にも属していない。あ、そういえばアイシスに雇われる人に心当たりがあったよ」
早い展開に眼が泳ぐアイシス。
俺は満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「君の目の前の男がそうだ」
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