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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀


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女神の天秤

「坊主、女と(じゃ)れ合っている場合なのか? いつの間に色ボケ坊主になっていたんだ。それともやはり剣魔の儀を勝ち抜くことは諦めたのか?」


「これはこれは剣聖様ではありませんか? これは別に(じゃ)れ合ってなどいないですよ。ただ乳繰(ちちく)り合ってただけです。それより何か御用ですか? ただできれば御用がある時には(いか)つい(じじ)いより見目麗(みめうるわ)しい女性を使いに寄越してください。それが人としての最低限の礼儀ですよ」


 俺を(あお)る軽口を発した厳三に、俺は下品極まり無い言葉を涼しい顔をして返した。

 俺の言葉に片眉を上げる厳三。そしてニヤリと笑い、言葉を発す。


「成る程のぉ。これは用心が肝要か。ここ数年の鬼気迫った感じが抜け落ちているわ。トキがどの程度の剣士になっているか知らんが、その伸び伸びとした精神状況なら切っ先も伸びるだろうよ。何があったかわからないが一皮剥けたか」


「何があったと言うより、ナニ(・・)をしたんですよ」


 そう言って俺は斜め後ろにいるアイシスに目線を送った。俺の視線を受けて顔を紅くするアイシス。

 そして俺の言葉に破顔する厳三。


「そうか! そうか! 女を知ったか! それは強くなって当たり前だ。確かその女子(おなご)が不知夜国に着いたのがほんの数日前だったな。もう手を出したのか。そんなところも丈儀にそっくりだ」


 そんなに俺は祖父の丈儀とそっくりなのかな?


「男女の(むつ)みに時間は関係ありません。人生で出会うして出会った人は直ぐにわかりますから」


「六歳から八歳くらいの頃のトキに戻った感じだな。聡明で悪戯(いたずら)好きの悪童だった。口も達者で周りの大人を良く怒らせていたな。神童と呼ばれたトキの剣術がどのようになっているか楽しみだ。ただの早熟で無いことを祈っておるわ」


「偉大な剣士のほとんどは幼少期から圧倒的な強さを見せています。早熟と本物の差はその後の成長力にあると思います」


「ふむ、そんなもんかの。それではトキの成長力はどうなんだ? 壁にでもぶつかったか?」


 雑談の中にもこちらの実力を把握しようとしているか……。

 (けむ)に巻くのが無難かな。


「壁ですか? そんなもの存在するのですか? あぁ失念しておりました。確かに10才から大きな壁を感じておりましたよ」


「それでその壁は乗り越えたのか?」


「乗り越える前に毒殺されましたから。もう一生乗り越える事ができませんね」


「有明泰山の事か……。確かに彼奴(あやつ)は剣術だけは凄かったな。トキの壁になったとしてもしょうがあるまい」


 こちらも探りを入れるか。厳三さんの本気の剣術はあまり見た事がないからな。


「失礼ですが、もし剣聖様が泰山と血闘した場合、勝算はありましたか?」

 

「どうだろうな……。泰山に勝てる想像ができない。しかし負ける想像もできんわ。そんなものだろ」


 こちらも煙に巻かれたわ。まぁ口だけの探り合いだからしょうがないか。


「そうかもしれませんね。話がずれてしまいましたね。本題の御用向きを伺ってよろしいでしょうか?」


「おぉ、忘れておったわ。先日トキから喧嘩を売られた時の内容を六大家の幹部会に提案してな。先程、それが通ったんだ。それを早く伝えようと思ってな」


 国の中枢である政治の決定機構を変える提案だからもう少し時間がかかると思っていたのだが、さすが戦闘民族の不知夜国だ。

 剣術で決着をつけようと言われたら受けざる得ないよな。


 六大家の合議制から一人の統治者を決定して独任制に移行。

 そしてその統治者を選ぶ方法として、今秋に執り行われるソレイユ帝国の剣魔の儀を利用する。

 ソレイユ帝国との友好が大切だから次期皇帝と友誼を持てた人が都合が良いしな。


「それは朗報です。それにしても随分と早い決定ですね。もう少しかかるかと思ってました。反対は出なかったのですか?」


「提案した我が家の宵闇家は賛成。深更家と東雲家も賛成した。有明家と曙家が慎重派。暁家は大反対だったな」


 賛成が3、慎重派が2、反対が1か。

 あれ? これって慎重派と反対を合わせると拮抗するよ。筆頭当主は有明家だから、多数決取れば提案が否決されるな。


「どうして提案が承認されたんですか? 否決されそうですけど」


「それが今朝になって急に曙家と暁家が賛成に回ってな。海斗殿も他の五家が賛成するならって事で全家一致で承認されたんだ。腰抜けだと思っていた曙家と暁家だが、不知夜国の剣士としての矜持が残っていたのかもな」


 厳三さんもやはり狸爺(たぬきじじ)いだわ。思ってもいない事を()かしやがる。

 でも温情はありがたい。


「まぁそういう事にしておきますか。忠告ありがとうございます。それでは失礼いたします」


「そうだ、せっかくだから聞かせてくれ。もしお主が泰山と血闘したら勝算はあったのか?」


 そうだな、少しは惑わせる事を言っておくか。


「実は母上の喪中に服している間に鍛錬を怠っておりましてね。現在、剣術の錆を取り除いているところなんですよ。今の状態で血闘すれば負ける可能性がありますね」


「負ける可能性? それなら勝つ可能性もあるって事か? トキよ、これまた随分と大きく出たな」


「血闘は女神の天秤次第と申しますから」


「それなら剣術の錆を取ったとしても女神の天秤次第って事か」


「錆が取れれば、女神は俺に惚れますよ。それでは改めて失礼いたします」


 俺の言葉に困惑する宵闇厳三を残してその場を後にした。

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