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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀


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金策と海水浴の誘い

 東雲邸にアイシスを預けて、俺は深更邸に向かった。

 道中、アイシスに言われたように周囲の目線を確認して歩いてみる。


 今まで気が付かなかったが確かに俺を見る女性の視線からは明らかに好意を感じる……。いつの間にこうなった?


 10歳までは周囲の視線が嫌いだった。怨嗟(えんさ)と侮蔑と憐れみの視線……。

 そんな視線を幼い心が正面から受け止められるはずがない。いつしか俺は自己防衛で視線を無視するようになっていた。

 10歳から16歳までは俺は有明泰山を殺す事しか考えてなかった。周囲の視線など全く気にする事なく鍛錬だけをしていた。


 第二次成長期で経て、俺も男の子から男性に変わっていたのだろう。

 きっとその時に女性の視線も変わっていたのだろうな。

 そっか、俺って美形だったんだ……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「本日は恐縮ですが、お願いがあって参りました。お恥ずかしい事に少々現金が入り用になりまて。こちらにお譲りできる櫻麻家の資産の目録を持参してきました。宜しければご検討していただけないでしょうか?」


 単刀直入の俺の言葉に軽く眉を上げる深更火月さん。


「やっぱりアイシスを逃亡させる事にしたのか……。それが賢明な判断だよ。命あっての物種だからね。しかし昨日、厳三さんがトキくんに喧嘩を売られたから剣魔の儀でボコボコにしてやると言って興奮していたんだが……。それで昨日の六大家の幹部会は紛糾したんだよ。厳三さんの突拍子の無い提案にね。結論もまだ出ていないし。でも姪のアイシスを逃亡させたらトキくんは剣魔の儀に参加できないよね?」


 幹部会で楽しそうに興奮している厳三さんが頭に浮かんでしまうよ。


「いや、剣魔の儀には参加しますよ。厳三さんとも約束しましたからね。現金が入り用になったのは別件でして。完全に個人的な理由です」


「そっか。櫻麻家の資産はトキくんの物だ。どのように使おうがこちらは関知しないしできない。ただ個人的には櫻麻家の身上(しんしょう)をつぶすのは避けてほしいかな」


 確かに放蕩当主に思われるよな。


「ご忠告ありがとうございます。しかし決めた事なんです。どうかご検討のほどよろしくお願いいたします。できれば暁家にもお口添えをお願いできますか」


「おいおい、いったいいくら必要なんだ。本当に大丈夫か? 何か面倒事に巻き込まれたのか? もしそうなら助力するぞ」


 やっぱり火月さんは優しい人だよな。この人を義父にする未来もあったんだなぁ……。


「ご心配には及びません。ただ個人的な理由で現金が入り用になっただけですから。御心遣い誠にありがとうございます」


「それなら良いがな。暁家への口添えもしてあげよう。今日の午後も六大家の幹部会があるから、話を通しておくよ。それよりこの目録に載っている品を本当に手放して良いのか? 貴重な品が目白押しじゃないか」


「自分には必要がありませんから。お譲りする品が決まりましたらご連絡お願いいたします」


 これで金策の目処がついたな。


 俺は安堵の気持ちを感じながら深更邸を辞去した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 宵闇邸でアイシスと合流して帰宅の途につく。

 青空を見てたら急に良い考えが頭に浮かんだ。


「なぁアイシス。夏になったら二人で海水浴に行かないか?」


「海水浴って、あの海で遊ぶやつだよね!」


「あぁ、ここから東に半日ほど行けば海だからね。そこに櫻麻家の別宅があるんだ。小さいけど櫻麻家の専用の砂浜もあるよ。鍛錬もできるし、時期的に考えれば剣魔の儀に向けての最終合宿にもなるかな」


「行く! 行く! 絶対行く!」


 飛び跳ねて喜ぶアイシス。

 こりゃ可愛い……。眼福、眼福。


「それなら人を雇って別宅を掃除しておいてもらうか。数年は使ってないからね」


「私、海を見た事が無いのよ! ねぇ、海の水って本当にしょっぱいの? それに波って凄い?」


 ソレイユ帝国の帝都は内陸に位置しているから、アイシスが海を見た事がないのも当たり前か。


「しょっぱいを通り越して塩っ辛いよ。それと波が高い日はアイシスの背丈を優に超える大きさになるね」


 眼がキラキラしているアイシス。

 これは誘って本当に良かったな。


 青い空、照り付ける太陽、潮の香りと波の音。

 そしてソレイユ帝国の水着を着てはしゃぐアイシス。

 うん。これは間違い無く楽しめるな。


 俺は数ヶ月後の海水浴を想像して心が浮き立った。

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