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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀


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睨むアイシス

 俺は慌てて服を脱ぎ出したアイシスを止める。


「ちょ、ちょっと待って! 魔力測定器で魔術の測定してからじゃないの!」


「先日、使える魔術の測定は全て終わっているわ。数日では殆ど変化しないでしょう。それよりちゃんと教えてよ。鍛錬は正しい方法でやらないと無駄になりやすいでしょ」


 あれよあれよという間に、一糸纏わぬ姿になったアイシス……。

 サラサラの金髪が風に舞う。透き通るような白い肌が朝の日差しを反射させて輝いている。

 柔らかさを感じさせる身体の曲線は神の造形を思わせる。


 あぁ……。本当に天使だな。神々しさすら感じるわ。アイシスは美を体現しているよ……。


「ちょっと、そんなに見られると恥ずかしいでしょ。いくら昨晩、全部見られたと言っても恥ずかしいものは恥ずかしいんだから……」


 アイシスは急に胸と股間を手で隠してしまった。そのあまりにも人間臭い動作に神々しさは消え、俺の欲情を刺激する。


「えっと、俺は後ろを向くね。そして俺のやるように真似してみてくれ。説明をしながらやるから」


 俺は下半身に膨らみが発生する前に後ろを向いた。視覚から入ってくる破壊力のある刺激を見ないようにし、万が一膨らみが発生してもアイシスから見えないようにする。正に一石二鳥の策だ。咄嗟の判断にしては上出来だ。


「えっと、まずは坐禅を組んでくれ。そして眼を閉じて視覚を遮断する。その次はゆっくりと息を吐き、その後息を吸う。草の匂いや土の匂い等を感じてほしい。耳を澄ませて風の音や鳥の声を聞いてほしい。最終的には【自分が世界であり、世界が自分】の境地に至ると最高なんだ。これは感覚だから説明ができないかな。この状態になると閉じていた眼が半眼になってくるんだ。眼が開いているような閉じているような曖昧な感覚になる。その状況で丹田の魔力を周囲に伸ばしていく。魔力を広く、広く。薄く、薄く。これで終了だ」


 俺が振り返ると坐禅をしていたが、何故か俺を睨んでいた。


「なんだ。駄目だよ、アイシス。まずは眼を閉じないと」


 あれ? アイシスの眼に涙が溜まっている?


「別にちょっと悲しかっただけよ。そして不安にもなったの」


「俺が何かしたか? もしそうなら教えてくれないか?」


 アイシスが口を(つぐ)んでしまった。少し言いづらい内容なのかな?


 俺はアイシスが喋るまで根気良く待つ事にした。少し待つと渋々アイシスが口を開いた。


「……。だってトキが後ろを向くから……。裸の私から眼を逸らすなんて悲しいじゃない……。まるでお前は魅力が無いって言われたみたいで」


 まさか紳士になったのが逆効果とは……。

 昨晩あんなに精を放ったんだ。それが半日も経たずに俺が性的にアイシスを求めてしまうとアイシスに愛想(あいそ)を尽かされると思った。間違い無くアイシスの身体だけが目当ての男と思われると判断して控えたのに……。

 正解だと思った行動がまさかの不正解。


 春の空と女心は変わりやすいというが、難しいな。でもこれもお互いの信頼を重ねていけば問題なくなるよな。


「反対だよ、アイシス。魅力があり過ぎてこれ以上見ていたら鍛錬にならないと思ったから後ろを向いたんだ。それに性的な興奮ばかりしていたらアイシスの身体だけが目当てと思われると思ってね。断腸の思いで後ろを向いた俺を褒めて欲しいな」


 そう言って恥ずかしいが膨らんでいる下半身をアイシスに見せた。


「アハッ、私の裸で反応してくれたんだ……。ねぇトキ、後ろを向かれると嫌われたような感じがして悲しくなるの。恥ずかしいけど私から眼を逸らさないで欲しい……」


 そりゃ願っても無い提案だけど、そんな環境で鍛錬になるかな?

 俺は一抹の不安を感じながらも頷いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アイシスと向かい合わせになりながら二人で魔術探知の鍛錬をおこなった。

 しかし俺は全く瞑想ができなかったが……。


 その後、アイシスは魔術の自己鍛錬、俺は剣術の鍛錬に移った。


 何故か好調の魔術とは違って、剣術の錆び付き具合いが酷い。自分の感覚と切っ先のズレを丁寧に一つ一つ修正していく。本調子になるのはまだまだ時間がかかりそうだ。


 鍛錬を終わらせるとアイシスが寄ってきて頭を下げられた。


「さっきはごめんなさい。トキに背中を向けられた時に幼い時の嫌な記憶が蘇ってしまって……」


「嫌な記憶?」


「私は六歳になるまでお母さんと一緒に住んでいたんだけど、私のお母さんもトキのお母様と同じようにソレイユ帝国の皇帝の妾なのよ。それでやっぱり週に一回の夜伽の日があるの。夜伽の日は当たり前だけどお母さんに置いていかれるの。私は行かないでって(すが)るんだけど、お母さんはちょっと困った顔をしながら背中を向けて出て行ってしまう。その後、私はお母さんを引き留めるために色々と気を引く事を始めた。でもやっぱり出て行ってしまう。泣き(じゃく)る私がいつも見ていたのが出掛けていくお母さんの背中……。その背中とトキの背中が重なっちゃった」


 やっぱり(いびつ)な父親と母親の関係は歪な環境を作る。そしてその環境で育つ子供は不必要な心の傷を負う。

 幼い時に負った心の傷はきっと生涯付き纏うのだろうな。


「別に謝る必要は無いよ。それに朝日に輝くアイシスの裸を思う存分鑑賞できるんだから断る理由が見当たらないさ。でも努力はするけど我慢ができなくなったらアイシスには身体で責任は取ってもらうから覚悟しとけな」


 俺は(わざ)と明るく、そして下卑(げひ)た雰囲気を醸し出して返答した。


 少し沈んだ顔をしていたアイシスだが、俺の言葉に笑い出す。


「何よそれ。全然似合わないわよ。止めた方が良いわね。でもありがとう。心が軽くなったわ」


「それではお腹も空いてきた事だし、朝食でも作りますか。姫の目玉焼きの目玉は固めでしたっけ?」


「そんな物を食卓に出したら料理人を解任するわよ」


「おぉ、怖い。精々解任されないように精進しますね」


 俺とアイシスは自然と手を繋ぎ、母屋に戻った。

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