死神の由来
夕食を食べ、入浴後のゆったりとした時間。
あとは寝るだけの至福の時間だ。
ソファで寛いでいると足許にアイシスが座ってきた。
お風呂上がりの濡れた髪。鼻腔には石鹸の香りを感じる。そして女の子座りで上目遣い。視線の角度がちょうど胸の谷間を視認できる。
男に取って、凶悪過ぎる……。
「ねぇ、この間の話の続きを聞かせてよ」
ヤバい、惚けていたわ。
「話の続き?」
「トキのお爺さんの話。前回は曾祖父の櫻麻剛毅と曙家の先代当主を叩き斬ってソレイユ帝国と友好を結んだところまで話を聞いたわ。その続きよ(第9話櫻麻家の過去)」
「あぁ、そうだったね……。救国の英雄となり櫻麻家の当主になった祖父の丈儀。まずは櫻麻家内の大掃除を開始した。剛毅と一緒になって不正で甘い汁を吸っていた奴らを一掃したんだ。身内であるが故にそれは苛酷を極めた。櫻麻家に連なる家の実に半数が取り潰しになったんだ。正に粛清の嵐が吹き荒れた。丈儀は優に千人を超える人を斬り捨てたのさ」
千人という人数に眉を上げるアイシス。確かに千人斬りって尋常じゃないよな。
「櫻麻家の後は他の家に標的が変わった。友人の宵闇厳三と共に不正の証拠を集めたんだ。日中に不正の証拠を集め、それを吟味し、日が暮れると丈儀は一人で悪事に手を染めたと判断した家にフラっと出かけ、血の雨を降らせて帰宅する。釈明も聞かずに斬り捨てる丈儀に不知夜国の民は戦慄した。以前、櫻麻家には状況次第では罪人を問答無用で斬り捨てる事も許されていたって話したよね。でもそれは緊急事態の例外中の例外だ。どこかの家の当主を丈儀の一存だけで斬り捨てるのは大問題だ。通常は裁きの場で相手の釈明を聞く必要がある。そして罪人が当主の場合には六大家の幹部会で処罰を決めるのが規則だ。当然ながら当時の六大家幹部会で丈儀は糾弾され、丈儀の一存だけで斬り捨てる事を止めるように厳命された」
一人の人間の一存で殺されたら堪らない。釈明も聞かないのなら、勘違いがあったら取り返しがつかない。
祖父も無茶やるよな。
「しかし丈儀は聞き入れなかった。今の不知夜国の裁きの場は賄賂が蔓延っているから駄目だと。また丈儀はこのような不正が蔓延る不知夜国にした六大家の幹部会の責任を追求した。そして丈儀は宣言したんだ。不知夜国の不正を一掃する。それは六大家の幹部会も例外ではない。自分は自分の信じる道を邁進する。それを邪魔する者は斬り捨てるとね。言いたいことだけ言って丈儀は勝手に退出するのだけど、丈儀の最後に言い放った言葉が未だに語り草になっている。それは『悪事に手を染めてた奴は恐怖で夜も眠れずにいるだろう。安心するように伝えてやってぬれ。俺が近いうちに永遠に眠らせてやるから』だ」
クスっと笑うアイシス。
「随分、芝居掛かった台詞ね」
「その日の夜、慌てて不知夜国から逃げ出す輩が多数出てね。宵闇厳三が軍を率いて網を張っていたんだ。逃げ出した輩は一網打尽にされた。先程の演技がかった言葉は作戦だったんだね」
アイシスは感心した顔をする。
「それからも丈儀は昼に不正を調べて、夜に罪人を斬り捨てる事を続けた。でも清廉潔白な人なんて極稀だよ。いつ自分のところに丈儀が来るのかと、誰もが恐怖を感じていたんだ。丈儀は斬り捨てに出掛ける時はいつも櫻麻家に伝わる漆黒の羽織を羽織っていてね。そのためその羽織は恐怖の象徴になったんだ。結局、丈儀の粛清は一か月程続いた。その一か月間、不知夜国の空は死体を焼く煙が絶える事はなかったそうだ。そしていつしか丈儀は死神と呼ばれるようになっていた」
先日の有明邸の前で逃げ出した剣士を思い出してしまった。本当に苛烈な人だよ。
「この粛清で確かに不知夜国から不正は一掃された。しかし余りにも大規模な粛清だったために誰もが自分と関係がある人が丈儀に斬り捨てられていた。特に剛毅と共に我が世の春を謳歌した曙家は悲惨さ。曙家に連なる家は相当な数が取り潰しになった。結局、これが【血雪の夜】に繋がっていくんだ」
誰もが血縁者や知り合いを丈儀に断罪されたんだ。断罪された人が悪い事をしたからしょうがないと理解しても、感情では丈儀に怒りを向けるだろう。
「その後も丈儀は櫻麻家の当主として不正を取り締まっていった。それはそれで良い事なのだけど、丈儀は厳格過ぎた。不知夜国の民は不正が蔓延る状態が改善されて初めは喜んだ。しかし、次第に息が詰まってきてしまう。小さな不正も許さない丈儀に緊張を強いられていたんだ。日常生活で緊張を強いられては堪らない。少しずつ丈儀への不満が不知夜国の民の間で醸成されていく。そしてそれを扇動していたのが曙銀次だ。丈儀は不知夜国の救国の英雄だ。またその時には剣士番付一位の剣聖でもあった。銀次は曙家当主となっていたが、粛清によって曙家は勢力が弱くなっている。銀次は正攻法では丈儀に復讐できないと判断し、決して焦らず、丁寧に不知夜の民が丈儀へ不満を持つように仕向けていく。銀次に取って気が熟したの10年以上経ってからだ」
少し疲れが見えるアイシス。今日はこの辺までかな。
「この続きは明日にしよう。だいぶ疲れた顔をしているよ。俺も疲れたからもう寝ようか」
「まだ大丈夫よ。続きが聞きたいわ」
「まだここまでの旅路の疲れが残っているんじゃないか? 今日はお開きです」
今晩も口を尖らしたアイシスだったが、俺は強制的に終わらせて自室に引き上げた。
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