深更火月
次の目的地は宵闇邸よりも気が重い。それでも筋は通さないといけない。
俺は深更邸の呼び鈴を押した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
客間に通され、俺は深更家当主の深更火月さんに頭を深く下げた。
「先日は櫻麻家の再興にお力添えをいただき、ありがとうございました」
「いや、トキくんに御礼を言われる筋合いではないな。私は静殿との約束を守っただけだ。トキくんが櫻麻家の再興を望んだ時には、静殿と曙銀次殿との約定の証人になってくれってな。私の本心ではトキくんには有明家に入って欲しかった。その後、未雪と結婚して深更家に入って欲しかったよ。トキくんも未雪を気に入ってくれていると思っていた」
火月さんは沈痛の顔をする。
火月さんからは半年前から内密に打診されていたからな……。結局、承諾もお断りもしなかった。
承諾すれば、喪に服している最中の母上への裏切りになる。お断りをしなかったのは、俺自身が未雪と将来結婚するかもと感じていたからだ。
「父親として娘には好きな人と結ばれてほしい。しかし深更家当主としては曰く付きの櫻麻家に嫁がせるわけにはいかない。トキくんが櫻麻家の当主になった為、深更家に婿になるわけにもいかない。儘ならないもんだ」
大きな溜め息を吐く火月さん。
言いにくいが筋は通さないとな。
「改めてですが、以前いただいていたありがたいお話ですが、正式にお断りさせていただきます。ご希望に添えず申し訳ございませんでした」
「いやトキくんには妹の娘であるアイシスの命を救ってもらえたからね。こちらこそありがとう。それより今後どうするつもりだ? さすがに剣魔の儀を勝ち抜く事は無理だろう。何とかして参加を辞退させるか、それとも逃亡するのか? 逃亡するのなら資産を現金化しないと駄目だろう。ある程度は深更家でも助力できるが限度がある。私から暁家に口添えしようか?」
火月さんは基本的に優しい人だよな。剣魔の儀を勝ち抜く事ができないのならば、その選択になるのは自明の理だ。
「とてもありがたい申し出ですが、ご遠慮させていただきます。剣魔の儀は一度参加登録すると辞退ができないはずです。またアイシスは決して逃亡を選びません」
「トキくんは若いのに自殺願望があるのか? いや破滅願望か……。心を寄せている男性が死んだり奴隷になるのを娘に見せたくないんだがな」
「自殺願望と破滅願望も持っていませんよ。やれる事をやるだけです」
火月さんは困惑した顔をする。
「もしかして剣魔の儀を勝ち抜く自信があるのか?」
「万の言葉より一つの実績」
俺は胸を張って返答した。
「不知夜男児は言葉じゃなく実績だけで語るか。不知夜男児の矜持を言われたら何も言えないな。娘の未雪がトキくんの後追い死をしないように注意しておくよ」
火月さんがガラス製の卓上ベルを鳴らす。程なくして使用人が桐の箱を抱えてやってきた。
「さて、櫻麻家再興の祝いにしようと思っていたけど変わってしまったね。死出の旅路の餞別だ。受け取ってくれ」
桐の箱の中からリンリンと俺を呼ぶ。
東雲家から返していただいた【雪花】も寂しがっているよな。
「ありがたく頂戴いたします。この御礼は後ほどしっかりとさせていただきます」
「お礼なら未雪を悲しませるような最期を迎えないようにしてくれ。無理なお願いだとは思うがな」
俺は深く頭を下げ、深更邸を辞去した。
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