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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀


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心境の変化

「今のが鍛錬方法なの? 何かの精神修行の間違いじゃない? もっとちゃんとしたのは無いの?」


「胡散臭い神秘主義者の鍛錬に感じたかな? アイシスは生粋の理論派だね。魔術に理論は大切だが、感覚も大切だ。理論と感覚の両輪なんだよ。理論の上に感覚があり、感覚の上に理論がある」


「禅問答には興味がないの。もっと役に立つ事を教えてよ」


「俺より若いのに頭が硬くないか? もう少し柔軟にならないと」


「何よ、私はトキと同い年よ。今年で17歳。言ってなかった?」


 なに!? そんな馬鹿な……。


 俺はつい視線を落としてアイシスの慎ましい胸に視線を向けてしまった。

 慌てて胸の前に腕を組むアイシス。


 さすがに俺の目線は気付かれたよな。これは俺の失策だ。挽回できるか?


「それは悪かった。他意はない。気にしないでくれるとありがたい」


 不信感を隠さない眼で俺を見ているアイシス。こういう時は勢いだな。


「どうやらアイシスには目指す物を見せたほうが良いみたいだな。一度だけ見せてやるからしっかりと目に焼き付けろよ」


 俺は少し離れた場所の大岩を目標に定めた。


静謐(せいひつ)なる氷、】

 起動の句を切っ掛けにして丹田の奥から大量の魔力が立ち上がり高速回転を始める。


悠久(ゆうきゅう)の身を矢にして貫け、】

 悠久の氷の世界、時間さえ凍らせる世界……。主文の句を(うた)う……。


【アイシクルアロー!】

 凍てつく世界を具現化する氷の矢! 高らかに魔術名を(うた)う!


 完璧な詠唱(・・)で具現化された30本の氷の矢が高速で大岩に向かう。


 ドカッ! ドドド! ドカ! ドドドド!


 次々と氷の矢が大岩を貫き、土煙りが舞う。大音響が辺りに轟く。

 暫くして土煙りが消え、粉々になった岩が転がっていた。


 先程の魔術の鍛錬の影響もあるかな。今日は調子が良い。


 アイシスが呆然としていた。半開きの口も可愛いもんだ。


「どうだ? 俺とアイシスのアイシクルアローの違いがわかったか?」


「な、なんなのこれは……。こんなアイシクルアローは見た事がないわ……」


 そりゃそうだ。俺の魔術の才は月読さんのお墨付きだもの。


「今のアイシクルアローが不知夜国の剣士に勝てる魔法だ。それではどうする? 俺の鍛錬の説明を受けるか? それとも止めておくか? 今日一日良く考えてくれ。俺はそろそろ剣術の鍛錬を始めるから」


 俺は呆然としているアイシスをほっといて木刀を取りに行った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 木刀を頭上に振り上げる構えを取る。左手を額から拳一つほど開けた場所に置き、左足を前に出す。

 火の構えと呼ばれる上段の構えだ。


 その後一つ一つ動きを確認していく。ゆっくりとだが着実に。

 早朝と呼べなくなった時間に鍛錬を打ち切った。


 こりゃ駄目だ……。一年間、剣と離れていた事を痛感する。

 自分の感覚とほんの少しだが切っ先にズレが生じていた。


「凄いわね。物凄い集中力。怖いくらい」


 俺は汗を拭いながらアイシスに笑顔を向ける。


「全然駄目だったよ。やはり鍛錬を一年サボっていたから技術が錆び付いている。まぁ焦らずにやるさ。剣魔の儀までまだ時間はあるしね」


「ねぇ、トキの魔術の実力の一端は見たわ。確かにトキが言っていた言葉に嘘はないみたい。剣術の実力も本当かもしれない。ならトキは私と剣魔の儀を勝ち抜く自信はある?」


「どうだろうなぁ。世界は広い。どんな化け物がいても驚かない。俺の知らない剣術もあるだろう。これだけはやってみないとわからないさ」


「トキの実力なら剣聖に簡単になれるんでしょ? それなのに?」


「真剣勝負は一度だけなんだよ。負けはそのまま死だ。やり直しはできない。初見殺しって聞いたことあるよね。予備知識が無ければ対応が難しい技の事だ。100回模擬戦をして1勝99敗の剣士がいたとする。1勝は初見殺しの技で勝ったものだ。知っていれば簡単に対処できる。ただ、その1勝は一番最初ならこの剣士が生き残る。それが真剣勝負だ」


 汗を拭き終わり、水で喉を潤した。

 アイシスの目が俺の話を促している。


「全てにおいて高い技術を持つ剣士より、何種類かの初見殺しの技を持っている剣士のほうが真剣勝負では危険なのさ。だから剣魔の儀で勝ち抜けるかどうかはわからないな」


 俺はアイシスの横に座り話を続ける。


「だから事前情報は大切なんだ。自分の情報は極力少なくして、相手の情報をどれだけ得るか。アイシスの魔術を躱す時の足捌きですら本当は見せたくないんだ。先程のアイシクルアローの実演だって大盤振る舞いなんだぞ。アイシスだから見せたんだからな」


「それは少し慎重になり過ぎじゃないの? トキのように圧倒的な実力があれば問題ないんじゃない? まるで熊が蟻を怖がっているみたい」


「それは違うな。ある一定の力量を超えると実力差なんて紙一重だ。一瞬の判断の遅れが人生の終焉になるんだ」


「そういうものなの? ならなんで剣聖には簡単になれるの? 話に齟齬が生じているじゃない」


「それは櫻麻剣術に理由があるのさ。櫻麻剣術は対不知夜国の剣士で特化している。俺が不知夜国の剣士に遅れを取るわけがない」


 腑に落ちない顔のアイシス。それにしてもお腹が空いたな。


「それよりアイシス、お腹が空いてないかい? 朝食を作るよ。目玉焼きの黄身は硬め? それとも柔らかめ?」


 目を丸くした後にくすくすと笑うアイシス。


「なんか唐突過ぎるわ。それに何かトキの雰囲気が変わったように感じるの。柔らかくなったし、良い意味でとても軽くなっているわ。どういう心境の変化? それとも今まで猫被っていた?」


 心境の変化ねぇ……。

 過去に向き合って、泰山を殺すって目的が復讐という言葉で飾り付けていたが、ただの嫉妬だったと認識しただけだ。

 今までの人生の目的が全て母上の愛情を独り占めしたいってだけだった。


 だから母上が亡くなって気力が無くなった。そこに現れたのがアイシス。

 今はアイシスの愛情を独り占めしたいのかな? 確かにアイシスの笑顔を見たい。そしてその笑顔が俺に向けられたものなら最高だな。


 たぶん俺はアイシスに勝手に期待しているんだ。俺を受け入れてほしいと……。

 アイシスに甘えたいのだろうな。

 俺の性格、行動、考え、その全てをアイシスに肯定してほしい。性的衝動も含めて……。


 恋は(ひと)()がりとは良く言ったもんだ。

 相手の気持ちを考えないで、自分を受け入れてくれって、相当痛いな……。反省するか。


「心境の変化はあり過ぎたかな。それで少し暴走していたみたいだ。気を付けるよ」


「別に今の雰囲気のトキも嫌じゃないわよ。少し戸惑っただけだから余り気にしないで。あと、目玉焼きの黄身は半熟が基本でしょ。失敗したら許さないからね」


「了解、お姫様。最高の目玉焼きを作らせてもらうよ」


 俺は立ち上がると右手をアイシスに差し出す。少し戸惑ったアイシスだが、俺の右手を拒まなかった。

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