自覚する恋心
俺はアイシスを落ち着かせてから、自分の幼少期から母親が殉死するまでの話を淡々と話す。
アイシスは静かに俺の話を聞いてくれた。
言葉にすると自分の思いとのズレが生じるのは致し方ない。それでも俺は懸命に話した。
未雪から母上の殉死を聞いたところの説明では、感情が激しく揺さぶれる。
喉が渇いたため水差しからグラスに水を注ぎ、水を一気に喉に流し込む。
「私も結構酷い人生を送っていると自覚しているけど、トキも大概ね。それがちょうど一年前の話なのね」
「そうだな。母上の一年の喪が明けたのが昨日だからね。最初の半年は記憶があやふやなんだ。ただ料理をしてご飯を食べて、排泄をし、風呂に入る。何も考えずに機械的に生きていた。それでも人間って凄いよね。いや時間が凄いのかな。粉々になった心が少しずつ直っていくんだ。完全には治らないけどね」
そういえばあやふやな記憶に厳つい顔の初老の男性の顔がいつもあるなぁ。
「それにしても喪中の最中でも宵闇家の当主である源三さんが一週間に一度は訪ねてくるのが参ったかな。祖父の友人だし、無碍にもできないしね。毎回、櫻麻家再興を熱く語っていたよ。その時に母上と曙家当主の曙銀次が約定を交わしたのを聞いたんだ。俺が櫻麻家の再興を望むのなら、協力するって。ただ俺はアイシスに会うまではこのまま櫻麻家を再興せずに有明家に入ろうかと漠然と考えていたんだ。櫻麻家を再興すれば心穏やかじゃ無くなる人も多いしね。ただ母上の喪が明けるまでは櫻麻家の再興の可能性だけは残してあげようと考えたんだ。それが最後の親孝行と思ってね」
母上が黄泉の国に到着するまでは櫻麻家を断絶を決定するのはなぁ。もう親孝行もできないんだな……。
「俺は10歳までは母上の望みを叶えることが重要だった。櫻麻家の再興を目標にしてたよ。10才から16歳までは実の父親である有明泰山を殺す事しか考えていなかった。一年前に有明泰山が毒殺され目標が唐突に無くなったんだ。その一週間後に母上が泰山の黄泉の国への旅路に同行させられた。母上が亡くなって俺は完全に天涯孤独になったよ。10歳までの目標だった櫻麻家の再興、10歳以降の泰山を殺す目標。どちらも母上の気を引きたいだけだったと思った。喪が明けて母上も黄泉の国に入っただろう。そろそろ母上の呪縛の鎖を断ち切ろうと思ってね」
客観的に見て、これからが俺の人生の再出発だよな。
「また泰山の死に方がとても無情に感じてね。長年の修練の果てに得た技術も、毒殺なんかであっさり水泡に帰すんだ。今は修練に無力感を覚えてしまった」
でも目標もやりたい事もなかったからな。【血雪の夜】の後に櫻麻家の資産の半分を没収されたけど、それでもまだまだ余裕があるしな。
「こんな状況で出会ったのが君だ、アイシス。先程、母上が死んでから半年ほど記憶が曖昧って話たよね。だけど、一つだけ強力に覚えている事があるんだ。一年前に鏡に映った自分の眼がとても闇い眼をしていた。絶望の淵にいる者の眼と直感的にわかったよ」
第一印象は薄汚れた少女。まるで腹の空かせた野犬みたいだった。
風呂上がりに見たアイシスは天使だったけどな。
「昨日の朝、初めてアイシスを見た時に一年前の俺と同じ闇い眼をしていた。この子はどんな絶望を感じているのだろうと思ったよ。その後、不知夜国の民でアイシスに雇われる人はいないし、不知火国の全員から命を狙われている状況と話した時に闇い眼をしてたよ」
この時、俺は隠れてアイシスを国境まで連れて行こうと思っていた。
それくらいやってあげればアイシスが野垂れ死んでも夢見が悪くならないと考えたからだ。
「俺は絶望の淵に立ってから、ただ時間が過ぎるのを待ったんだ。しかしアイシスは違った。闇い目の奥に強烈な意志の力を感じたよ。俺は絶望して立ち止まってしまった。時間だけが気持ちの整理を助けてくれると思っていた。一年間喪に服してそれなりに整理はできたけどね。しかしアイシスは絶望を感じながらも前に進もうと生命をかけて足掻いている。その姿に心が湧き立ってね」
俺は居住まいを正し、アイシスに宣言する。
「アイシス、今からの言葉を胸に刻んでほしい」
アイシスの長い睫毛が小刻みに揺れている。
たぶんアイシスの人生では何度も期待をして裏切られてきたのだろうな。
アイシスから不安の感情を感じ取り、先程と同じような庇護欲が掻き立てられた。
昨日は風呂上がりのアイシスからは天使を感じ、折れない心に気高さを感じた。
そしてアイシスの行く末をこの眼で見たいと思った。
今日は清涼を感じさせる女性の色香を受け、アイシスの笑顔を見たいと思った。
そして今は守ってあげたいと思っている。
これはもう自覚しないと駄目だ。俺は完全にアイシスに魅了されている。恋をしているよ。
俺は大きく息を吸って宣言する。
「今はアイシスの行く末を隣りで見たいんだ。それが俺の望みだよ」
アイシスの愛らしい眼から一筋の涙が溢れた。
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