父の死、そして母上の死
耳を疑った。あの傲慢で常勝無敗の有明泰山が死んだ!? それも毒殺……。
地面が消失したような感覚。
立っているのに腰から下の感覚がわからない。キーンっと耳鳴りが聞こえる。鼻が詰まった感じになり呼吸が苦しくなった。頭の中では思考が空回りし、視界が右回りに回転する。
そのうち世界から色が消えた。
確かに眼に映る世界には色がある事はわかるのだが、全てが色褪せて感じる。
その後、有明泰山が確かに死んだ事を確認した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
10歳の時に泰山を殺すと誓ってから六年。ただそれだけを目的に生きてきた。
そして頭の中で何度も何度も泰山と戦ってきた。戦えば戦うだけわかってしまう。泰山の剣術の凄さが……。
泰山の剣は豪快にして繊細。いったいどれだけの時間、刀を振ってきたのだろう。
その圧倒的な剣術を持っていた泰山が毒殺される……。あまりの呆気なさに心が付いていかない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目的を無くして気力が湧かなくなっている。それでも思考は止まらない。
数日経つと、冷静になっている自分もいた。
何故、俺は泰山を殺そうとしたのか? この問いの答えは前からわかっていた。ただ、意識しないようにしていただけだった。
なんて事は無い。ただの嫉妬だ。
最愛の母上を泰山に取られて悔しいだけ。母上が俺に向ける愛情に嘘はない。俺は確かに母上に愛されている。ただ母上の愛情は自分にだけ向けて欲しかった。
一般的には母親の愛情を父親と取り合った子供。それが俺だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
泰山が死んで一週間経った深夜に誰かが俺の部屋に入ってきた。
寝ていた俺は寝ぼけたまま母上の顔を確認して、また眠った。
寝入る時には母上が俺の頭を優しく撫でていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の日の朝、呼び鈴の音で目が覚めた。
重い身体をベッドから引き剥がし玄関の扉を開く。
そこには血相を変えた未雪がいた。
「静さんが殉死したって本当なの! どういう事!」
この未雪の言葉によって俺の世界から色が完全に無くなり、半年ほど記憶が定かではない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
過去を記憶を振り返っていると部屋の外から気配を感じた。
俺はベッドから身体を起こし、明かりをつけてドアを開ける。
「どうした? アイシ……」
声が詰まってしまう。そこには泣いているアイシスが立っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
潸々と泣いているアイシスを部屋に入れ、ベッドに座らせ背中を摩って落ち着くのを待った。
暫くしてようやくアイシスが口を開いた。
「ごめんなさい……。わたし何か悪いことしたかな? トキを怒らせてしまったのなら許してほしいの……」
唖然とした。アイシスの言葉の意味にでは無い。アイシスの目が訴えていた。縋っている。必死になって俺に縋っていた……。
あのドン底でも折れない心を持つ気高いアイシスが、俺を必要としてくれている。
その姿に否応なく庇護欲が湧いてきた。
「あぁ、いったいどうした? アイシスは何もしていないし、俺は怒ってもいないよ?」
「でもトキは剣神神社の石段を登っている時からずっと怖い顔をしていた……。結局、剣士登録もしなかったし、ここに帰って来てからも部屋に閉じこもって出てこない。きっと私が何かトキの機嫌を損ねることをしてしまったんだって……」
なるほど。アイシスの視点で考えると、確かに俺は怒っているように感じるか……。
これは悪い事をしたな。
「時間が経つに連れ、私と剣魔の儀に参加するのが嫌になった? 私の為に何か訳ありの櫻麻家の再興もしてくれたし、剣士登録をしようとしたトキはとても辛そうだった。もしそうなら悲しいけど言って……。私の我儘にトキが付き合う必要はないわ」
当たり前だがアイシスはまだ俺を信頼していないか。出会ってまだ二日目だからしょうがない。
これは一つ一つ丁寧に説明し、行動で示すしかない。
「ごめん、確かにアイシスから見たら俺が機嫌を悪くしたと思っても不思議じゃなかった。他意はまったく無いんだ。アイシスに信頼してもらうためには、もっと俺の事を知ってもらう必要があるね」
俺はできる得る限りの笑顔を作り、親指でアイシスの涙を拭った。
続きを読みたい方、面白かった方は下の星評価とブックマークをお願いいたします。星をいただけると励みになります。





