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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀


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色香

 木が生い茂る小高い山。頂上に向けて百段を超える石造りの階段があり、その先は剣神大社の参道に繋がっている。


「へぇー! ここが剣神大社かぁ……。神気が溢れているように感じるわ」


 まるで観光客のような弾んだ声を上げるアイシス。その横で俺は石段を一段上がるごとに心が(ざわ)ついていく。

 自分では気持ちの整理ができていると思っていたが、それは間違いだったようだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「それではこちらに必要事項を記入の上提出してください」


 社務所で無愛想な巫女から書類をもらう。平静を装いながら記入をしようとするが、最初に名前を書こうとすると手に汗が滲んだ。


 子供の時に憧れた剣聖、剣王、剣鬼。そして伝説の剣神。早く剣士登録をしたくて10歳になるのを心待ちにしていた。

 俺は母上の望み通り10歳になったら櫻麻トキで剣士登録するつもりでいた。

 それが櫻麻家を再興する母上が考えた強硬手段だった。


 不知夜国の政治の中枢である六大家の幹部会では櫻麻家の再興を頑として認めない。父である有明泰山に約束と違うと詰問してものらりくらりと誤魔化(ごまか)される。

 (ごう)を煮やした母上は六大家に匹敵する権力を利用する事を思いついた。それが剣神大社だ。


 不知夜国の剣士番付を統括しているのが剣神大社である。血筋や家柄の入り込む隙の無い絶対的な実力制度、それが剣士番付だ。

 剣神大社に登録するだけで不知夜国の剣士になれ、剣士番付に名を連ねる。不知夜国に置いて剣士番付は神聖な物であり、不正防止のため決して政治的な介入を許さない。


 剣神大社に登録された名前が【櫻麻トキ】だった場合、六大家は認めないだろう。剣神大社に登録の抹消を要求するに違いない。

 しかし一度剣神大社に登録された名前は神聖なもの。この名で剣神を目指すと剣神大社に申請して登録された物である。

 剣神大社は六大家の要求は撥ねつけるだろう。


 たとえ剣神大社に櫻麻トキと登録されたとしても、それが櫻麻家再興となるわけではない。それでも母上の櫻麻家再興を絶対に諦めないという意志を明確に示す事になる。


 当時、母上以外の人は俺に有明家に入るように言ってきた。俺は大人の顔色を窺いながら曖昧に返答を繰り返す。

 しかし周囲の空気は俺が10歳になった時には剣士登録をする為に有明家に入るのが確定事項のようになっていた。

 冷静に考えれば妾の子でも六大家筆頭当主の家に入るのと、廃家していて敵の多い櫻麻家を再興するのでは、どちらが得かは子供でもわかる。

 しかし俺は母上の希望を叶えてあげたかった。


 【血雪の夜】は不知夜国の民の心に暗い影を落としている。【血雪の夜】の主役である櫻麻家。

 その結果、母上は有明泰山の妾になり俺は妾の子。周囲からは白い眼で見られるか、又は同情されるかのどちらかだ。

 いつしか母上と俺は普通の母子とは違い、(いびつ)な固い愛情で結ばれ、そして共依存関係に成り果てていた。

 しかしその関係は10歳になる三か月前に壊れてしまった。


 母上は週に一回、有明家に御勤め(・・・)に行っていた。今考えると明確だが、ただの有明泰山の性処理だ。


 いつも御勤めの日は俺は朝早くから深更(みさら)家に預けられていた。

 母上が支度で忙しくて俺を構ってられないと未雪の父親に話していたのを覚えている。幼心(おさなごごろ)にも御勤めの日は母上が俺を遠ざけたいと思っていると感じていた。


 その日俺は魔が差したのだろう。月読さんに習ったばかりの東雲家流潜入術を使ってしまった。そう、使ってしまったのだ……。


 自分の家である櫻麻邸に侵入し、屋根裏に上がる。そして母上が支度をする部屋をそっと覗いた。


 そこには俺が知っている母上はいなかった……。

 鼻歌を歌いながら化粧をする女性(・・)(べに)を引き化粧が終了した女性(・・)は角度を何度も変えて鏡に顔を映している。その後、女性(・・)は着物を数枚出してきて選ぶ事に夢中になっていた。終始、楽しそうに鼻歌を口遊(くちずさ)みながら……。

 俺は猛烈な吐き気を覚え、屋根裏から逃げ去った。


 俺は深更(みさら)邸に帰り、体調が悪いと言って布団の中に逃げ込んだ。

 先程見た女性(・・)が最愛の母上と認める事を脳が拒否していた。今ならわかるが、あれは強い雄(・・・)に抱かれる事に対する()の喜び。生物の根源の情感、本能だ。

 当時の俺はの発する色香に戸惑い、その色香の発生元が母上だった事に驚愕してしまった。

 母上はいつも有明泰山の事を口汚く(ののし)っていた。しかしその泰山に抱かれにいくのに女性の喜びを溢れさせていた母上。俺は母上に裏切られたと思い心が苦しくなった。

 そして泰山に俺は()として負けていると本能的に悟る。


 この日より俺の目標が変わった。母上を喜ばす事が最も重要な事だったが、あまり興味が無くなった。

 母上に対する不信感が芽生えてしまったからだ。しかし母上への強い愛情も消えない。

 自分では消化できない感情を持て余したまま、俺は母上との距離を少し取るようになる。母上は少し戸惑っていたが、俺が少し早い思春期に入ったと思ったようだ。


 しかし母上は俺が10歳になった時に櫻麻家再興に賛成も反対もしない事で半狂乱になった。

 不知夜国では10歳になれば普通は剣神大社に剣士登録をする。

 母上は俺に櫻麻トキで登録するよう迫った。もし俺が父親の家である有明家に入り、有明トキで登録すれば櫻麻家の再興は不可能になる。


 愛情、憎悪、哀情、憐憫、優越感……。俺はまだ様々な感情を全く消化できないでいた。

 櫻麻トキの名前で登録するのは母上を無条件で喜ばせるのが許せなかった。

 しかし有明家に入り、櫻麻家の再興を断つのも母上を思えばできない。


 10歳になり早く剣士登録がしたかった。

 しかし俺が選んだのは10歳を過ぎても剣士登録をしない事だった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「トキ、大丈夫? とても怖い顔してるわ。それに顔から血の気が無くなっている」


 俺はアイシスの声に我に返った。

 いつの間にか手のひらだけでなく、背中までびっしょりになる程汗をかいている。


 アイシスに目を向けると心配そうな顔をしている。

 透き通るような白い肌。そしてサラサラしている金髪。この特徴によってアイシスは本当に輝いて見えた。

 華奢な身体をしているが女性らしい柔らかな曲線も確かに見て取れる。


 アイシスからは清涼を感じさせる女性の色香を感じ、そして思い出の中の母上の色香は鍋底で煮詰まり過ぎた色香に感じた。


 アイシスの愛らしい眼が不安気な眼で俺を見つめている。


 綺麗だな……。それにこの子の笑顔を見たい。


 その気持ちは俺の心の奥に素直に落ち着いた。それに少しだけ驚きながらも苦笑してしまう。


 これは仕切り直しだな。

 過去の(わだかま)りからしっかりと決別する必要がある。


「ごめん、大丈夫だ。悪いけど今日はもう帰ろうか。剣士登録は日を改めてするよ」


 アイシスは怪訝そうな顔をしながらも俺の言葉に頷いた。

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