東雲月読
東雲邸の裏手に周り、林の奥に入る。崖の手前にひっそりと屋敷が見えてくる。
屋敷の前には神木である大木が聳え立っていた。
「隙ありじゃ!」
声が聞こえると同時に、脳天に軽い衝撃を感じた。
「随分と鈍っているんじゃないか? 鍛錬を疎かにしているじゃろ」
大木の枝の上から仕掛けてきたか。全く気配が無かったわ。
月読さんは俺の背後から腕を回して首にぶら下がっている。
足元には紙を丸めて作った折れ曲がった棒が転がっていた。
月読さんは七年前と変わらないなぁ。
当時の情景を思い出し気持ちが温かくなる。
俺は背後にいる月読さんを捕まえ、そのまま肩車に移行した。
「お久しぶりです、月読さん。確かに鍛錬は一年間サボっておりました。明日から精進しますよ」
「今日、トキが来るのは七年前からわかっていた。それでも待ちくたびれたぞ! 寂しかったのじゃ」
月読さんは顎で俺の脳天をグリグリしている。ちょっと痛いが七年間不義理をしたのだから受け入れるか。これくらいなら禿げないよな。
「あ、あの……」
怒涛の展開に唖然としているアイシス。紹介しないとな。
「アイシス、俺の上にいるこの女性は東雲月読さん。孤高の魔導士、フレイヤ・ニュクスの師匠だよ」
「え、そんなはず……。なんで幼児が師匠の師匠?」
あ、まずい……。言い忘れていた……。その三文字は月読さんには禁句だ……。
「なんじゃ、コイツは……。トキよ、燃やして良いのか」
「い、痛いです! 髪を引っ張らないでください! 禿げたらどうするんですか!」
「トキはそんな事を気にしているのか? 今度トキが禿げるかどうか読んでみるか」
それは興味はあるが、少し怖い。知らなくて良い未来もあるよな。
「そんな事に不知夜国の宝である星読みを使わないでください。雪月さんに怒られますよ。月読さん、こちらの女性はフレイヤの弟子のアイシス・ソレイユ。ソレイユ帝国の皇女でもあります」
「フレイヤの弟子? あの阿保のフレイヤが弟子なんて取れるわけがないわ。トキは七年会わないうちに面白くない冗談を言うようになったのぉ」
月読さんの言葉に反応するアイシス。
「阿保? 阿保と言ったの? フレイヤ師匠を……。子供でも許さないわ! 取り消しなさい!」
「阿保を阿保と言ってなにが悪い。事実は残酷だが受け入れる度量が無いと成長はできんぞ。阿保の弟子は大馬鹿じゃの。阿保は可愛げがあるから救いがあるが、大馬鹿ではどうにもならんわ」
プルプル震えているアイシス。
これはヤバい。逃げたいが既に月読さんは足をつかって俺の首で固定していた。おまけにこれはアイシスをわざと煽っていやがる。
「阿保には大馬鹿な弟子がお似合いじゃ! どうせ不出来な魔術しか使えんのだろ? そんな奴が威勢の良い言葉を吐いても欠片も怖さを感じぬわ」
あ、限界だわ……。
【静謐なる氷、悠久の身を矢にして貫け、アイシクルアロー!】
アイシスの歌うような高速詠唱。10本の氷の矢が正確に月読さんに向かってくる。
まったく人使いの荒い師匠だよ。自分で煽っておきながら弟子に尻拭いさせるなんてな。
俺は高速で飛来する氷の矢を丁寧に躱していく。
「えっ! すり抜けた!」
アイシスは不知夜国の剣士の歩法を初めてみたのだろう。この程度の事は不知夜国の剣士にとって児戯に等しい。鍛錬を一年していなかった俺でも造作もないことだ。
「なるほどのぉ。歌う事はできるか。しかしまだまだじゃな」
呆然としているアイシス。絶対の自信を持って魔術を放ったのだろう。それをあっさり躱されたとなったらこうなるよな……。だから煽てていくつもりだったのになぁ。これでは方針の転換が必要になったじゃないか。
「月読さん、なんて事をしてくれたんです。責任を取ってくれるんでしょうね」
「責任? なんの責任じゃ? 責任は稚拙な魔術を放つ大馬鹿にあるだろ? 自己責任じゃ」
確信犯だよな……。天狗の鼻を折るのが三度の飯より好きな師匠だもんな。初対面であり、尚且つフレイヤの弟子のアイシスにはそんな事をしないと思っていたが、俺の常識で月読さんを考えたのが間違いだったわ。
「そんな大馬鹿は放っておいて、久しぶりに遊ぶぞ!」
俺の頭の上から元気に言い放つ月読さん。傍らには意気消沈しているアイシス。
明るい春光の中、冷たい風が吹いていた。
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