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櫻麻トキ  作者: 葉暮銀


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東雲雪月

「もう機嫌直せよ。明日からは頑張るからさ」


「別にトキには怒ってないわよ……。トキに少しでも期待した自分に怒っているの。結局、頼れるのは自分だけね。遠い不知夜国まで来て、少し気が弱くなっていたわ。それでもトキは弱くても、せめて努力はしてくれると思ったのに……。弱い人は性格からして弱くなるようになっているのね」


 まさか二度寝で、ここまで言われるとは……。アイシスを守る為に昨晩魔力をごっそりと使った。その魔力を回復するために睡眠が必要だったのに。説明をしようかと思ったが歯を食い縛って言葉を飲み込む。不知夜男児は言葉でなく行動で示す。アイシスには明日からの俺を見てもらおう。


 俺が言葉を何も返さない事で微妙な空気になっている。居た堪れない気持ちになったのかアイシスが話を変えた。


「それよりどこに向かっているの? 昨日言っていた剣神大社?」


「剣神大社は後から行くよ。今は東雲(しののめ)家に向かっている。挨拶しないといけない人がいてね。それにアイシスを紹介しないと」


「私を紹介? 意味が良くわからないんだけど」


「何を言っているんだよ。アイシスはフレイヤ・ニュクスの弟子だ。それならばフレイヤの師匠に挨拶するのは当たり前だろ」


 アイシスは一瞬、言葉の意味が理解できなかったようだ。ゆっくりと俺の言葉を咀嚼している。


「えっと、フレイヤ師匠の師匠が不知夜国にいるってこと?」


「そうさ、知らなかったのか?」


 目を見開いて俺の肩を掴み、激しく揺らすアイシス。


「どうして、どうしてこんな魔術後進国の不知夜国なんかにフレイヤ師匠の師匠がいるのよ! あり得ないでしょ!」


「勘違いしているから言うけど、別に不知夜国は魔術後進国ではないよ。ただ、剣術に特化しているだけさ。それに魔術も盛んだよ。不知夜国は戦闘民族だからね」


「そうなの? それならなんで魔術で有名じゃないの?」


「歴史があってね。それについては今度説明するよ。ほら、東雲邸が見えてきた」


 低いが険しい山を後景に林の中の一角にある東雲邸が見えてきた。

 10歳までは良く通っていたなぁ。もう七年ぶりになるか。師匠は元気かな? まぁ相変わらず変わらないだろうな。


 門柱にある呼び鈴を鳴らすと女性の家人が出てきた。何も聞かれずそのまま当主の元に案内さらる。

 さすが東雲家。俺が今日来訪する事を読んで(・・・)いたか。


 品のある応接室に通されると既に東雲家の当主である東雲雪月(ゆきつき)が待っていた。


此度(こたび)は櫻麻家の再興、誠に心よりお慶び申し上げます」


 無表情とは言わないが、あまり表情を動かさずにお祝いの言葉を発する雪月。それでも心から喜んでいるのが長い付き合いでわかる。


「お祝いの御言葉ありがとうございます。ただ、今後櫻麻家を続けていくのかは決めておりません。ここにいるアイシス・ソレイユがソレイユ帝国の剣魔の儀に安全に参加するためだけに櫻麻家を再興させましたから。剣魔の儀が終わればどうなるのか。剣魔の儀で負ければ勝者に何を要求されるかわかりませんしね。それに運悪く俺が死んでしまえばそれだけで櫻麻家は断絶です」


 ふふふっと笑い声を上げる雪月。着物姿と相まって上品な笑いだ。


「さすがにそれは読まなくても(・・・・・・)あり得ない未来ね。それに思ってもいない事を口に出すものではないわ。言葉には(たましい)が宿るの。言霊(ことだま)を甘く見ない事。これは先輩当主としての忠告よ」


 星見(ほしみ)の家である東雲家の当主の忠告だ。有り難く頂戴しよう。


「貴重な金言(きんげん)、ありがとうございます。肝に銘じます」


 俺の言葉ににこやかな顔をする雪月さん。こんなに表情を出すのを始めてみた。


「あんなヤンチャ坊主だったトキくんが、こんなに畏まるなんて吃驚(びっくり)したわ。あぁ、トキくんなんてもう呼べないわね。これからはトキさんと呼ばないとね。そういえば櫻麻家の再興の御祝品(おいわいひん)があるの」


 そう言いながら雪月さんは桐の箱を取り出した。

 何も言わなくても中身がわかってしまう。桐の箱の中で刀が俺を呼んでいる。


「こちらは御祝品として櫻麻家にお返しします」


「しかしこれは母から東雲家に譲り渡したものです。そして雪月さんは母との約束を守ってくださいました。ありがたい申し出ですが、これを受け取るわけにはいきません」


「この櫻麻家の家宝である【雪花】を受け取ったのは静さんを安心させるためよ。あの時の静さんの精神状況では、こちらが見返りをいただいた方が安心するでしょう。元々時期を見てお返しする予定でしたから」


 あぁ、優しい人だなぁ。確かにあの時の母上の精神状況だと雪月さんが櫻麻家の家宝を受け取ってくれたほうが母上も安心しただろうな。


「それにね。この子がうるさいのよ。四六時中、リンリン鳴っているわ。刀が櫻麻家の血を求めているのだから諦めて持ち帰ってくれると助かるわ。このままだと夜も眠れないのよ」


 静まり返った部屋に微かにリンリンと聴こえてくる。

 確かにこんな状態ならしょうがないわな。


「それでは雪月さんの優しさに甘えさせていただきます。それと月読さんは元気ですか?」


「祖母は相変わらずよ。一週間ほど前からトキさんが来るってソワソワしていたわ。早く会ってあげてね」


 既に俺が来る事を読んでいた(・・・・・)か。こりゃ早く顔出さないと師匠が拗ねるな。

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