神代の魔道具
確か剣魔の儀が執り行われるのは10月10日【黒の日】とソレイユ帝国法で決まっていたな。
今は三月半ば。まだ半年あるか。ソレイユ帝国帝都だとアイシスが害される危険性がここより高いだろうな。ギリギリまで不知夜国に滞在するほうが良さそうだ。
不知夜国だと表向きはアイシスが害される事はない。しかしどんな集団にも跳ねっ返り者は存在する。全くの無警戒は自殺行為だ。既に櫻麻邸への帰路に起きた襲撃未遂もあったしな。
俺は神棚に無造作に置いてある御神札を一枚手に取って櫻麻邸の外に出る。
結界魔術はあまり勉強してこなかったからなぁ。苦手なんだよ。それでも一晩くらいは持つだろ。あとは師匠にお願いしてみるか。
御神札を正門の脇の門柱に貼り、精神を集中して右手を前方に突き出す。
取り敢えず上手く発動してくれよ。
【金剛の変化、】
起動の句に連動して丹田の奥から魔力がゆっくりと立ち上がり練り上げられていく……。
【我等に害意を持つ者を阻む幕、】
主文の句に入り呪文を詩歌として詠う……。
【正邪の帷!】
そして完成形を頭に明瞭に思い浮かべ魔法名を唱う。
呪文の文言を詩歌のように滔々とうたう。これぞ魔術の詠唱の真髄。
魔術の詠唱の完成に呼応して練り上げられた上質の魔力が右手から放出される。
放出された魔力は上空に薄く広がっていき、月光に照らされキラキラと輝く。そしてゆっくりと櫻麻家邸を包んで見えなくなった。
なんとか上手くいったようだな。
苦手な結界魔術であり七年振りの魔法発動、それに魔術は専門じゃない事を考えると上出来だ。
それにしても無駄にデカい屋敷だよ……。これを全て囲む結界魔術は思ったよりキツかった。御神札が無ければ間違いなく失敗していたな。
ごっそり魔力を使用した俺は気怠さを感じながら屋敷に戻り、そのまま就寝した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
シャー!
静寂を破る音と共に闇を消し去る光りを感じる。
「トキ! 朝だよ! 剣魔の儀に向けて鍛錬するよ!」
思考を開始する前に身体に衝撃を受けた。
「ぐふっ!」
「ほら、いつまで寝ているつもり。先に外に行っているからね」
身体にかかっていた重さが消え、ドアが閉まる音の後に静寂が戻る。
ぼやけた視界に春の朝日が飛び込んできた。
俺は二日連続して敗北感を抱きながらベッドから抜け出す。ただ、昨日とは違って悪い気はしなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
裏庭に出るとアイシスが柔軟体操をしている。
それにしても眠い。昨晩大量に魔力を消費したからだな。
俺が欠伸を一つすると、それを見たアイシスが呆れ顔をした。
「トキ、剣魔の儀で勝つ気はあるの? 言っちゃ悪いけど、トキは戦力として考えていないわ。でも怪我されても悪いし、ヤル気の無い人と一緒にいたら私の意欲も下がるわ。せめて少しだけでも良いから努力してほしいかな」
これはもしかして戦力外通告? まだ何もしていないのに随分と見くびられたもんだな。
自分の実力や技を喧伝するのは自殺行為の何物でもない。それは手札を全て晒してやる花札みたいなもんだ。敵にはこちらの情報を極力与えない。それが生き残るための原理原則だ。
しかしアイシスに見くびられた状態は好都合か。味方のアイシスが俺が弱いと本気で思っているのなら、敵も俺の力量を見誤る可能性が高くなる。
「もちろんだよ。もう少ししたら目が覚めるからさ。それよりアイシスは魔術の鍛錬をするんだろ? ちょっと待ってろ」
俺はそう言って蔵に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これは凄いわね……。初めてみたわ」
「年代物だが、まだまだ使えるぞ」
俺が蔵から出してきたのは神代の魔道具である魔術測定器。
この魔道具を作る技術は現在では失われている。いつの時代に誰が作ったのかもわかっていない。このような魔道具は神代の魔道具と呼ばれ高額にて取り引きされている。
この魔術測定器は的を設置し、30m程離れた場所から詠唱を始めると作動し始める。
そのまま的に魔法を当てると、詠唱速度、魔術精度、魔術威力が数値となって出てくる。
数字で自分の実力が出てしまうため、言い訳が効かない無慈悲の魔道具である。
「なんでこんな貴重なものが剣術の里である不知夜国なんかにあるのよ! 必要無いでしょ!」
「別に不知夜国の人だって魔術は使って良いでしょ。この魔道具は代々櫻麻家に受け継がれてきたものだよ。それより使ってみないの?」
「使うに決まっているでしょ! ちょっと退けてよ!」
俺は素直にアイシスの言葉に従い後ろに下がる。嬉々として魔術の詠唱を始めるアイシス。
上手くいったな。これで俺は御役御免だ。
俺はそっと屋敷に戻り、ベッドに潜り込んだ。
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