8話 闇色の邪狼
闇色の邪狼side
我が誕生した時、最初に抱いた感情は『怒り』だった。
人間どもは身勝手に自然を破壊し続け、己の蛮行を省みる事すらしない。
口先では命を大事と言いながら、平気で命を弄ぶ野蛮なる破壊者——。
上っ面だけの偽善の裏で悪を為す醜い外道…………
ふざけるな。ならばその業、その偽善、我が精算してくれるわ…………!!!
我が人類に対しての絶対悪として君臨し、鏖殺してやろうぞ!!!
たとえ我自身が数多の罪を重ねる事となろうとも、これ以上人類の蛮行を許す訳にはいかぬ。
故に滅ぼすのだ。破壊の中から新たに生まれる物もあろう。
闇色の邪狼side 終
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要石に近付く程に、闇色の邪狼の残留思念が強くなっている。
つい先程も、闇色の邪狼の物と思われるビジョンを垣間見た。
「もうすぐです、お兄様」
晴華に導かれるまま、山の中を進んでいく。
既に猶予はない。一刻も早く要石まで辿り着かなければ——。
「そう簡単に、行かせると思うか?」
「服部迅蔵…………!!!」
野郎、もう追いついて来やがったか…………
「お兄様、ここは私にお任せを。フフ……アニメや漫画でありがちなシチュエーション、一度こういうのをやってみたかったのです」
全く、この妹は…………だが、恩に着る。
「死ぬなよ…………」
俺は晴華に背を向けて、要石のある方角へと走った。
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晴華side
「別れの挨拶は、しなくて良かったのか?」
目の前の覆面男がそう尋ねてくる。相手は陰陽寮の特務部隊員。隠密、対人、対陰陽師に特化した精鋭だ。正直、勝ち目は無いかもしれない。
しかし——、
「いつ、私が負けると決まったのですか?多重憑依変生!!!野火、煙煙羅!!!」
炎と煙、この二つの力でこいつを倒す!!!
辺り一帯に煙を散布する。視界が遮られたこの状況、隠密部隊員である向こうが有利のように見えるが煙の中での動きは全て揺らぎとして私に伝わる。
そして——、
「……………!?」
肉体そのものを煙化する事ができる今の私に、そんな奇襲など通じない!!!!
背後から斬りかかってきた覆面男を、そのまま身体を煙化する事でやり過ごして——、煙化した身体で捕らえて——、そこからスクリューパイルドライバー!!!!!
砕けろ潰れろ骨まで砕けろブルァァァァァァァァァァァ!!!
全身の骨を粉砕するつもりで一気に地面に投げ落とす。
「燐火煙礫!!!」
続けざまに、落下地点に分裂する火煙球を無数に投げ込んだ。
「さて、このようなシチュエーションで『やったか!?』と言った場合はたいてい仕留めきれてないんでしたっけ?」
煙の中から、無傷の覆面男が出てくる。同時に、男の懐から砕けた護符のような物が地面に落ちた。
かつての修行時代に、ダメージを他の物体や護符に肩代わりする術式があると聞いた事がある。それが『幻妖』で独自に改良されていたとしたら……あの覆面男の無敵っぷりにも頷ける。
だが、必ず突破口はあるはずだ。さぁ、第2ラウンドですね——。
晴華side 終
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要石に辿り着いた俺は惑楽葉を背中から降ろした。
ふと、目を覚ました惑楽葉が要石まで這いずりながら近寄り、光となって消える。
『人類……滅ぶべし』
その瞬間、要石が砕け散り瘴気が溢れ出した。
しだいに瘴気の暗雲は晴れて、その中から現れた巨大な狼へと集まっていく。
「こいつが…………闇色の邪狼」
質量が発生する程の高濃度の瘴気を全身に纏い、近くにいるだけで押し潰されそうな程のプレッシャー、 そして何よりも、惑楽葉の時とは比べ物にならない程の霊格。
闇色の邪狼がこちらを一瞥する。
『失せろ、人間。絶対悪たる我に殺されたくなければな……』
「…………演技が下手だな。惑楽葉」
俺にはわかる。あれはただの演技だ。確かに闇色の邪狼は、惑楽葉とは別の存在かもしれない。
だが、晴華が言っていたように何かしらのフィードバックはあるはずなのだ。
実際、今の闇色の邪狼には人類を滅ぼす事に対する迷いを感じる。
もしも、俺が要石の近くで視たビジョンが正しければ、闇色の邪狼という存在の本質は『大自然の怒り』のような物だ。
人類を裁く為に自らが人類に対しての『絶対悪』となる——、凄まじい信念だ。
だが、本質的な部分では惑楽葉と同じであるはずなのだ。俺はその可能性に賭ける。
「だいたいお前、絶対悪なんてガラじゃねーよ。そもそも偽悪ですらない。茶番は終わりにして、一緒にミオリを迎えに行くぞ」
『貴様!!!!我の悲願を、我が切望する物全てを、茶番と申すか!!!!』
怒りによって、闇色の邪狼の周囲の重圧がさらに強まった気がする。
下手したら次の瞬間にも殺されそうだ。
だが、俺は引かない。
「OK、わかった。だが、人類殲滅は少し待ってほしい。仮にもお前の分霊と共に過ごした俺の顔に免じて、今しばらくチャンスをくれ!!!もっと直球に言うと、俺について来い!!!!」
俺は闇色の邪狼をしっかりと見据え、その眼前に立ち塞がる。
『馬鹿な事を…………どけ、我が従僕。貴様を殺したくはない』
「どかしてみろよ」
純粋な意地の張り合い、俺は梃子でも動かない。何一つ譲るつもりはない。
「……フハハハハ!!!!このような状況でも臆さぬその胆力……やはり、それでこそ我が従僕!!!!このような茶番など無意味であったか!!!人類殲滅はまたの機会にして、これからは貴様の行く末を見届けようぞ!!!!」
破顔一笑。唐突に惑楽葉が笑い出す。
やっぱり、惑楽葉は惑楽葉だ。先程までの重圧は嘘のように消えて、いつもの惑楽葉の雰囲気に戻る。
惑楽葉 が 仲間に なった!!!
俺は闇色の邪狼の背に乗り、再び戦場に舞い戻る——。
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晴華side
「微塵に砕けろォォォォォォォォォラァァァァァ!!!!」
ボディに一撃からの——、顔面に右ストレート!!そのまま目に親指を突っ込んで——、殴り抜ける!!!!
いくら攻撃しても無傷の敵、対してこちらもダメージを受けていない。
確かに手応えは——、あった。だが、敵が隠し持った護符にダメージを全て肩代わりされている。
地面には、既に砕けた護符の残骸ばかりが積み重なっていく。
というか途中からは、普段なら人間相手には絶対やらないような喧嘩殺法織り交ぜたけど、それでもノーダメージって…………(;∀;)
この戦いは、先に折れた方が負ける。
おそらく向こうにも限界はあるのだから、こちらが先に諦める訳にはいかない。
「もう諦めろ、貴様では俺に傷一つ付ける事はできん」
「大口叩いてる割には、そちらも私にダメージを与えられていませんよね?そんなハッタリ程度で怯むとでも?」
「それに、私の役目は最初から時間稼ぎ。既に目的は達成されました」
私が要石のある方角を指差すと、爆発と共に要石が砕け散るような音が聞こえた。
「まさか、闇色の邪狼の封印を解くとは…………貴様らは人類を滅ぼすつもりなのか!?」
覆面で表情はわからないが、こいつが明らかに狼狽えているのがわかる。
「そんな訳ないじゃないですか。うちのお兄様は、闇色の邪狼の分霊と一緒に暮らしてた大物ですよ?そんな安易なバッドエンド、蹴っ飛ばして先に進むだけの話です!!!」
勢い任せに啖呵を切ってやる。その直後、黒い炎のように変化した瘴気を纏う大狼が現れて、覆面男を蹴り飛ばした。
覆面男の懐から、砕かれた護符の残骸がいくつも飛び散る。
覆面男は受け身を取りながら大狼めがけてクナイを投げるも、空間が歪んだかのように軌道が反れた。
その後、大狼は覆面男の反撃をものともせず前脚で地面に叩き伏せる。
「フハハハハ!!!完全復活、パーフェクト惑楽葉様だ!!!」
大狼が、いつもの惑楽葉の声でそう言った。
どうやら、全て上手くいって惑楽葉を救う事ができたらしい。
うちのお兄様は本当に、どこまでも規格外だ。
「晴華、一緒にミオリを助けに行こう」
「わかりました」
私はお兄様の手を取る——。
晴華side 終




