6話 お別れした事は、出会った事と繋がってる
長門を無事に連れ戻した俺達はアパートに戻り、再び晴華と向かい合っていた。
「それでは、何故陰陽寮が御織女之神を保護しようとしているのか、事情をお話します」
さっきの俺の返答で既に言質を取ったも同然なのに、晴華は相変わらず律儀な奴だ。
とりあえず、お茶菓子と言えるかわからんけどテキトーに戸棚の醤油煎餅(一袋130円程度)を少しばかり凝った見た目の菓子皿(実際は安物の見掛け倒し)に、これまたテキトーに盛り付けて緑茶と一緒に晴華に振る舞う。
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「さて、ここらで本題に入るとしましょう」
晴華は凛とした態度で話を切り出した。
これが漫画なら、『キリッ』みたいな擬音が入るんだろうが——、
「うん、わかったから一旦煎餅食うのやめなさい」
口の横に欠片ついてんぞ。
「御織女之神の本来の権能は『因果を紡ぐ力』、かつての百鬼夜行もこの力で『争いが終わる未来』を現実にしたからこそ無事に収束したのです」
気にせず話を続けるんかい…………スルースキルたけーなオイ。
待て、因果を紡ぐ力だと…………?
今、到底聞き逃せないような情報が突然出てきた。
だからあの時の福引きで、連続して当たりを出せたのか…………!!!
「そして百鬼夜行は、人間と妖魔の二つの勢力による全面戦争と思われがちですが、実際は違います」
「確かに人間と妖魔の武力衝突はありました。ですが、正義の名のもとに罪のない妖怪まで虐殺する者やそれに反発する妖怪、さらには『闇色の邪狼』のような、純粋に人間と敵対する存在まで入り乱れた収拾のつかない争いだったそうです」
「一歩間違えば人間も妖魔も、罪のない妖怪すらも共倒れしかねない戦乱を、当時は一介の土地神でしかなかった御織女之神がその権能で終戦の未来へと導いた。これほどの力が悪用される事があれば、まさしくこの世の終わりです」
「なるほど、陰陽寮側の事情はわかった。なら、次は当事者からも話を聞くべきだろう。ミオリ、そろそろ教えてくれないか?お前のわかる範囲で何があったのか、何故逃げてきたのかを…………」
思えば、一度も触れた事のない話題だ。この答え次第で今後の俺達の方針全てが決まると言っても過言ではない。
「ボクから話せる事は、そう多くはないんだ。気がついた時、ボクは何もない暗闇の中にいた」
「時間の感覚すらなくなるほど、自分自身の認識すらなくなるほどの時間を暗闇の中に閉じ込められていた。そんなある日、暗闇の中に光が差した。出口が見えたんだ」
「暗闇の中から抜け出して初めて、そこが岩戸の中である事を知った。後は無我夢中で逃げただけ。もう……あの暗闇の中には、戻りたくない…………」
ミオリが話し終わり、俺達の間に重苦しい沈黙が流れる。
話している途中から、ミオリは震えていた。
つまりそれって、ミオリは幽閉されていたって事だよな?そんな話が、あっていいのか?
高天原の神々にどのような思惑があったのかは知らんし、わかりたくもないが百鬼夜行を終戦に導いた立役者に、こんな残酷な仕打ちをするなんて………………
「晴華、やっぱり陰陽寮にミオリは渡せない。それで、お前はどうする?見て見ぬふりをしてやり過ごすのか?俺達は、仮にお前を敵に回す事になってもミオリを守る」
「…………わかりました。お兄様の力になりましょう。ですが、私にも立場があります。ひとまずこちらからは『逃げられた』と報告しておくのでその間にどこへなりとも行方をくらませてください」
晴華………………お前って奴は………………
「恩に着る」
その時、外が騒がしい事に気付いた。
「旦那様!?囲まれています!!!」
いち早く長門が敵の気配に反応した。
「まさか晴華、裏切ったのか!?」
「違います………と言っても、信じてはもらえないのでしょうね。私は最初から監視されていたようです」
だが、長門の呪怨領域であればまだ対応できる——。
「一手、遅かったな」
突如、俺は背後からの一撃を受けて昏倒する。
薄れゆく意識の中で、俺は全てが無駄になった事を悟った。
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ミオリside
「礼明!?礼明…………!!!」
一切気配を悟らせずに現れた敵の不意打ちにより礼明は抵抗すら許されず制圧された。
「そこの式神ども、抵抗するならこの男の命はない」
覆面をした襲撃者は油断なく、刃物を礼明の首に突き付けながらそう言った。
惑楽葉と長門も、礼明を人質に取られては何もできない。
先程の襲撃者に続いて、ぞろぞろと陰陽師達がやってくる。
「一体どういうおつもりですか。道満様…………」
晴華が、陰陽師のリーダー格と思われる男にそう尋ねた。
「情に絆されて裏切るつもりでいた貴様こそ、どういうつもりだ?こやつらは大逆の罪を犯した。よって、極刑に処す。それでこそ安心して御織女之神を保護できるという物だ」
「馬鹿な事を!!!お兄様達がいなければ、先程の瘴気の蔓延を止める事はできなかったくせに!!!」
「それについてはこやつらの自作自演、という可能性もある」
道満という男と晴華が激しく言い争っているが、全く耳に入らない。
どうしよう…………このままでは礼明達が、処刑されてしまう…………!!!
なんとかする方法は………………、そうだ、一つだけあった。
「晴華、もういいよ。ボクは、高天原に行く。陰陽寮の皆さん、ボクを保護してください。そのかわり、礼明達を解放して」
一気に場が静まり返る。これでいい、このまま交渉まで持っていけば、少なくとも礼明達は助かる。
「その要求を受け入れて、我々に何の得があるのですかな?」
道満とやらはあくまでも低姿勢で、だけどもニヤニヤといやらしく笑いながらそう尋ねる。
「正直、何の得もない。だけど、もし礼明達に手を出したらボクはキミ達を、陰陽寮を絶対に許さない。この先、権能を完全に取り戻すような事があれば必ず復讐する。陰陽寮の因果の終着点を、地獄に変えてやる!!!!」
半分はブラフ。もう半分くらいは本気だけどはっきり言って通用するとは思ってない。だけど、それで礼明達を守れるのならばハッタリでもハットリでもかましてやる——。
「…………良いでしょう。こやつらが生きていたところで、陰陽寮相手に全面戦争するだけの度胸も力もないでしょうしな…………」
道満は、ボクの要求を受け入れて兵を引いた。
「我々とて鬼ではない。別れの言葉でも書き留めておいてはいかがかな?」
道満は、そう言って部下に紙とペンを用意させ、ボクに手渡した。
ボクは礼明と出会ってからの短いながらも幸せな日々を反芻しながら、礼明宛てにおそらく最初で最後の手紙を書き留める。
「さよなら、礼明…………長門と惑楽葉も…………」
「………………!!!」
長門は己の無力さを噛み締めるかのように黙り込んでいる。
「このアホーーーーーー!!!!そんな自己犠牲で我が、礼明が喜ぶと思うのか!!!!アホーーーー!!!!アホーーーーーーーーーー!!!」
ごめんね、惑楽葉。今のボクにはこれしかできないや…………
ミオリside 終




