5話 呪厄の申し子
空の異変に気付いた俺達は慌ててアパートを飛び出す。
空一面が黒く染まり、今この瞬間もその規模を拡大している。それと比例して街の空気はどんどん重苦しく、淀んでいく。
「まさか…………あれが全て瘴気だと言うのですか!?」
晴華は呆然と立ち尽くしながらそう呟いた。
空を覆い尽くす程の瘴気などただ事ではない。原因は………………、一つだけ心当たりがある。
「…………たぶん、長門だ」
あれはおそらく、長門が内包した呪詛の制御を失ったんだ。
全て、俺のせい——。
「やはりか……我が従僕、長門を迎えに行くぞ」
いつの間にか起きてきた惑楽葉が俺の隣でそう言った。
「無理だ……実は、俺の瘴気耐性は既に失われた。今だって瘴気に呑まれそうなんだ。俺が行って、何ができる?」
今言った事は、全て偽りのない真実だ。あの時、長門を拒絶すると同時に俺の中から何かが消えた感覚があった。
そして今では、いつ瘴気に呑まれてもおかしくない有様だ。
「…………このアホーーーーーーーー!!!長門は今、泣いているんだ!!!それに、貴様は良くてもミオリはどうなる!!!この瘴気の中でミオリが無事で済むとでも思っているのか!!!だから貴様はアホなのだァァァァァァァァ!!!!」
惑楽葉はそのような事を一気にまくし立てて、息を切らしている。
確かにそうだ。ミオリだけでなく、このままでは街の人も無事では済まない。
それで、いいのか?
確かに長門は許されない事をした。
しかし、更に罪を重ねる事を見過ごしていいのか?
長門を止められる者がいるとすれば、それは俺だ。
長門の罪が決して許されないとしても、それでも俺が共に背負うから。
だから——、
「ありがとよ、おかげで目が覚めたぜ。憑依変生!!!来い、惑楽葉!!!」
式神と精神を同調させ、一時的に魂レベルで融合する陰陽師の秘儀。長門を救うという目的の上で心を一つにした今の俺達ならば、できるはず…………
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晴華side
「憑依変生!!!!」
お兄様の身体が眩い光に包まれ、やがて光は収束するとそこには——、
「なぁ、これ上手くいったか?」
惑楽葉の外見的特徴を引き継いだお兄様の姿がそこにはあった。
「すごく…………可愛いです…………」
私はすかさず、スマホのカメラで撮影する。速写連写掃写高写乱写…………
「って、撮ってんじゃねーーーーーーー!!!」
うむ、満足した。私は画像を保存してスマホをしまい込んだ。
こんな緊張感のないやり取りしているけど、今の状況はかなり厄介な事になっている。
このまま瘴気が広がり続ければ、陰陽寮の全勢力を以てしても対処不可能になる。
仮に陰陽寮の対処が間に合ったとしても、その場合は長門さんの命はないだろう。そして当然、陰陽寮にも甚大な被害が出る。
今この状況を打開できるのは、お兄様しかいない——。
「頼みましたよ、お兄様」
瘴気の発生源へと迷わず飛び込んでいくお兄様を見送りながら、私はそう呟いた。
晴華side 終
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瘴気の中心地点、そこに長門はいた。
「旦那様、何故ここへ……?旦那様の瘴気耐性は、己の意思で私ごと瘴気を受け入れたがゆえの物。惑楽葉の『呪詛喰らい』があろうと、今の旦那様では死ぬだけですよ?」
上っ面だけの拒絶。だが、それが本心でない事はわかっている。
「長門を迎えに来た」
俺は、俺自身と同化した惑楽葉と共にそう告げる。
「先に拒絶したのはそちらの方では?私は、どこまでいっても厄病神、人を呪うだけの存在……」
「違う!!!!お前が自分を否定しても、俺は否定しない!!!お前の存在が罪だと言うのなら、俺もその罪を背負うから!!!!」
俺の眼が赤く染まり、同時に視界も赤で埋め尽くされる。
妖眼、これがこの力の名。
俺の能力は『許容』。自身の意思で受け入れた物への耐性を得る。
かつてこの力で長門の手を取った。一度は俺自身の弱さから手を離してしまったが、今度はもう離さない!!!!
瘴気を、長門の存在そのものを再び『許容』する。
善だとか悪だとか、今の俺の行動が正しいとか間違いだとかはどうでもいい。言いたい奴には好きに言わせておけばいい。
そんなくだらない事なんかより、俺は目の前の長門の手を取る。俺が望むのはただそれだけのシンプルな答えだ。
だから、こんな安易なバッドエンドフラグなんかへし折って、一緒にその先に進もうぜ、長門!!!!
俺は長門の手を取るのと並行して惑楽葉の『呪詛喰らい』で瘴気を全て取り込み、辺り一帯の浄化を行った。
瘴気の暗雲が、晴れていく。
俺は長門を、いつかと同じように抱き寄せた——。
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上機嫌の長門と共に家路を辿る。
「旦那様、これはもうプロポーズと受け取っていいんですよね?」
言われてみれば………………どこからどう見てもプロポーズだコレ…………
思わず血の気が引いた。
「おめでとう我が従僕!!!結婚しても毎日我の分の食事も頼むぞ」
惑楽葉までこう言ってる。もはや逃げ場はない。
完全に墓穴掘ったなコレは…………
設定及び用語解説
妖眼
神、あるいはそれに準ずる霊格がなければ発現しない『権能』とは異なり、詳しい発現条件は不明だが逆に条件さえ満たしていれば誰にでも発現し得る精神の力。
術者の精神力により威力や質が変化する。
外見的な特徴としては、妖眼を使用する際には眼が赤く染まる現象が確認されている。




