4話 陰陽寮からの来訪者
いつもと変わらぬ平和な朝。しかし、そんな平和をぶち壊すような来訪者が現れた。
亰都に存在する陰陽師の総本山『陰陽寮』からの使者である安倍晴華、つまり俺の妹だ。
遡る事3時間前、昨日のすき焼きの残りで牛丼作って食べてた頃の事。
妹の晴華から着信アリ。前に言ってた(1話参照)、陰陽師としての才能に恵まれている、安倍家の落ちこぼれじゃない方。
「もしもし?」
「お久しぶりですお兄様。そこに御織女之神はいますね?」
「ッ!?」
さっそくバレやがったか……!?
「先日、御織女之神を追跡していたチームがこの辺りで消息を絶ったと思えば、やっぱり図星ですか」
俺には全然心当たりないんだけど、もしかして長門の奴か?あいつならやりかねない。
「こちらからの要求は一つ、御織女之神の身柄を陰陽寮に引き渡してください。彼女は高天原からの神託で指定された保護対象です」
「嫌だと言ったら?」
「こちらにも交渉の用意はありますが、交渉決裂の場合は…………最悪、お兄様は反逆者扱いとなり陰陽寮との全面戦争となるでしょう」
「……………………」
事態は想像以上に深刻で、俺達の前に待ち構えていた現実はどこまでも残酷で理不尽だった。
「本日、私が交渉の為にそちらに伺います。私は、お兄様を敵に回したくはないのです。それだけはわかってください」
電話が切れた後には、重苦しい沈黙だけが残った。
「長門………………お前、ミオリを追跡してたチームの奴ら、どうしたんだ?殺したのか?」
「とんでもない、私は平和主義者ですから。奴らが勝手に仲間割れして死んだだけですよ?私はただ、ほんの少し背中を押して、事が済んだ後の片付けをしただけです✨」
長門は笑顔でそう言った。俺がミオリを匿うと言ったから、長門はその為に躊躇なく敵を排除した。
そうだよな、元から長門はそういう奴だ。善だとか悪だとか、人間の物差しで測れる存在ではない。
責任は全て俺にある。俺は、間違っていたのだろうか。
そりゃあ、陰陽寮に逆らう以上はこうなるのも自然な流れだ。俺が甘すぎると言う事くらい、言われるまでもなく理解している。
だけども、ただ上からの指示に従っただけの、陰陽寮からの追手を、長門は容赦なく死に追いやった。
その事実だけが俺の心に重くのしかかる。
「ハハハ……………………、悪い、少し一人にしてくれ」
もはや何が正しくて何が間違っているのかもわからなくなってきた。ミオリを守るという誓いさえ、もはや意味を見いだせない。
「旦那様?」
「悪い。今はお前と話せるような気分じゃないわ…………」
「……………………」
俺の態度に傷付いたのか、長門は項垂れたまま襖を閉じて、部屋を後にした。俺の隣では、惑楽葉とミオリが呑気に寝ている。
ごめんな、長門。俺はお前の事を理解したつもりで全然理解できていなかった。
結局お前はどこまでいっても、他者を呪うだけの存在だという事に気付かなかった。
▷▷▷
長門side
私はアパートを飛び出して、あてもなく歩いていた。
旦那様に拒絶された……………………
拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた拒まれた——。
一体どこで間違えたのだろうか?ミオリを追跡していた陰陽師を排除した事?だけどあれは仕方なかった!!!生きていれば必ず禍根を残すから、あの場で排除するしかなかった!!!
旦那様がミオリを匿うと決めたから私はそれに従った。だって私にはそれしかできないから、呪う事しかできないから、殺す事しかできないから。
私はただ旦那様の力になりたかった。存在するだけで呪いを、厄を、瘴気をばら撒く私を受け入れてくださった、そばに置いてくださった旦那様に恩を返したかった。ただそれだけで良かったのにどうして——。
わかっていた。
結局私は人間とは相容れない存在なのだと。こんな気持ちを抱いた事そのものが間違いだったと。
悲しみと寂しさの入り混じった感情がとめどなく溢れてきて、同時に内包した呪詛の制御ができなくなる。
あぁ、このまま妖魔として討伐されるのも悪くない。
森羅万象一切合切を呪い尽くして、旦那様の心に一生残る傷となって死ぬのも素敵かもしれない………………
長門side 終
▷▷▷
「話はまとまりましたか?お兄様」
予定通り、晴華がこのアパートまで訪ねてきた。
「俺にはもう、何が正しいのかわからねーよ……ミオリを連れていくのなら勝手にしろ」
「なるほど……ご協力、感謝します。ところで、長門さんがいませんね?」
その時、窓の外で唐突に空が黒く染まった。




