21話 天生の会
俺の決意を聞いて、師匠はしばし考え込む素振りを見せた。その後、
「そうか。ならば私以外に力になってくれそうな者を紹介しよう。どう転ぶかはわからぬが、貴様とは案外気が合うかもしれん」
師匠は俺を連れて、里の一角にある、一番大きな屋敷へと向かった。
聞けばこの屋敷には、陰陽寮と共に亰都を統治する『天生の会』という妖怪側の最大勢力——、の指導者が住んでいるらしい。
『天生の会』の理念としては、『妖怪と人間の共存』、
その上で妖魔を陰陽寮との共通の敵としているらしい。
そして勘違いしてはいけないのが、天生の会の理念はあくまでも人間ではなく妖怪の側に寄り添った物である事。
故に、天生の会は陰陽寮にとって味方ではない。だが単純に敵でもない。
現在の陰陽界百夜における平和は、陰陽寮と天生の会による拮抗状態によって保たれているといっても過言ではない——。
——そんな組織の代表に、今から直接会いに行く訳だが実際色々と大丈夫なのだろうか?
破門食らったとはいえども俺は元陰陽寮の所属で、——いや、今はお尋ね者だけど——、お尋ね者である俺に肩入れした事により天生の会と陰陽寮の関係が悪化して冷戦状態になったり、はたまた両方から敵認定される可能性もある訳で…………
鬼が出るか蛇が出るか。——まぁ、ここ妖怪の隠れ里だから本当に大蛇とか鬼が出てきてもおかしくはないが——、俺は待ち伏せを警戒しながら(師匠からの指導の賜物)屋敷の門をくぐる。
よし、ひとまず不意討ちは無しか。
「月白、今日は客人を連れてきた。茶でも飲みながら話でもしよう」
師匠は勝手知ったる様子で呼びかけながら、流れるように屋敷へと上がり込む。
「全く……上がるなら上がるで、居るか確かめてからでも良いのでは?」
ややあって、屋敷の方から声が返ってきた。
そこにいたのは、名前通り月のように白く、穏やかで優しい雰囲気を持ちながらも同時に圧倒的な存在感を放つ妖狐だった。
なんというか、例えるなら妖怪の総大将というかそんな感じのオーラだ。
「結果的に居たのだから別に良いだろう。それより私の弟子を紹介しよう」
師匠は完全に自分のペースで話を進めていく。それに対して月白さんはやや諦めながらも、俺達を屋敷へと迎え入れた。
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ひとまず、ここに至るまでの事情や経緯を説明。
「なるほど、こちらで入手した情報とも矛盾していませんね。やはり、月詠様の次の狙いは、日本に5カ所ある特異点のいずれかでしょう」
「なんだと!?」
師匠が明らかに動揺している。 確か、特異点って師匠の話に出てきたあれだよな?
『夜十』という悪神を封印する為に、その霊力を5分割して各地に封印したっていうやつ……
「とはいえ、それぞれの特異点の霊的性質を考えると、一番狙われる可能性が高いのは鹿山町の特異点でしょう。あの特異点の性質は固有結界——、つまり、御織女之神の権能によって因果を紡ぎ直すのならば、特異点そのものを巨大な固有結界として時空や因果に干渉する基点とする——、といった利用方法が考えられます」
「確かに、その方法であれば黒月様を甦らせる事は可能か……いや、しかし……!!!」
「問題は、その為に利用しようとしているのが夜十の霊力だという事。最悪、夜十が復活する事も考えられます」
なんか師匠と月白さんが2人だけで話を進めているが、想像以上にとんでもない状況になってた。
「礼明殿、我々天生の会は既に、貴方に協力するつもりでいます。その上で3つ、貴方に尋ねたい」
月白さんはそう言って、一度こちらへと向き直った。
ここから先の問いは、おそらく俺自身を見極める為の物だろう。下手な誤魔化しは通用しないと考えて良い。慎重に答えなければ……
「まず1つ、貴方は戦いによる犠牲についてどう捉えていますか?否定か肯定か、理由も込みでお答えください」
戦いによる犠牲か……最初から重いテーマだな。しかし、俺の答えは既に決まっている。
「犠牲は少なければ少ない程良いし、なんなら犠牲が出ないのが一番良い。即ち、否定……です」
「その理由は?」
月白さんが真剣な表情で尋ねてくる。正直、プレッシャーだけで深海に沈められたジュースの空き缶のように押し潰されそうだ。
それでも、俺の答えは変わらない。
「確かに、戦いによる犠牲は避けられないのかもしれません。中には、『戦いで犠牲が出るのは当然だ』なんて宣う奴もいる。だが……!!!それならば戦って死ぬ覚悟がある奴だけで勝手にやればいい!!!俺は、戦いによる犠牲を肯定しながら、無関係な相手を巻き込み犠牲を強いる奴らを許せない!!!だから、今、月詠のやってる事は見過ごせない」
途中、色々とゴチャゴチャした怒りなどが混ざって考えが纏まらなくなったけれど、これが偽らざる本心だ。
「なるほど、では2つ目、貴方は月詠様と戦い、どうするつもりですか?」
再び、深海のようなプレッシャーに圧倒される。しかし、これについても既に答えは出ている。
「ただ、ぶん殴ってでも目を覚まさせるだけでそれ以上何もしません。どんな理由があろうと、ミオリに苦痛を強いて、それだけでなく特異点にまで手を出して世界を危機に陥れる事が許される訳がない。だから、一度ぶっ飛ばしてでも止めるだけです」
「なるほど、単純ですね。しかしそれ故に好ましい……」
月白さんは、どこか安心した様子でそう呟く。先程までのプレッシャーは既に消え去り、今は穏やかで優しげな雰囲気だ。
「さて、これが最後の問いです。貴方は、我々に何を望みますか?具体的にどのような支援を望みますか?」
なんか、最後だけえらく直球じゃあないか?まぁ、協力してくれるのは間違いないんだろうけど。
そうだな……ここは少しばかりぶっ飛んだアイデアを——、
「どうせなら、陰陽寮も神々も妖怪も巻き込んだ、歴史に残るくらい盛大な茶番劇をやりましょうよ。第二次百鬼夜行を!!!」
用語解説
天生の会
陰陽寮と並び立ち、亰都を共同統治する妖怪側の組織。
その理念は、『人間と妖怪の共存』。しかし、あくまでも妖怪側に寄り添った思想の為、純粋に人間の味方とは言い切れない。
なお、天生同盟は天生の会の下部組織。
特異点
かつて、悪神『夜十』を封印した際に5分割した霊力が、その土地の霊脈に結び付き発生した霊脈異常地帯。
日本全国に5カ所存在しており、それぞれ異なる霊的特性を持つ。
現在判明している範囲では、亰都特異点が『亜空間の形成』、鹿山町が『固有結界』である。
なお特異点のある地域では、その特異点の霊的特性の影響を受けた怪異が誕生しやすい。
※補足
亰都特異点では、特異点の霊脈そのものを継続的に利用して亜空間に『妖怪の隠れ里』を作る事に成功している。これは、特異点を安全に利用する事ができた数少ない事例である。
第二次百鬼夜行
礼明の提案した、『盛大な茶番劇』。
その真意とは……??




