20話 殺さぬ覚悟〜たとえ全てを救えぬとしても〜
あれから1週間程、修行に次ぐ修行の後に最終試験となった。
具体例な修行内容としては、一つ一つの技の精度の底上げや、実践訓練という、思い返すとかなりハードな1週間だったな……
「これが最後の修行だ。もし生き残れたら、月詠様と我らの関係や、そもそもの事の発端に至るまで、全ての情報をくれてやる。そして、今回は本当に殺すつもりで来い。当然こちらもそのつもりで戦う……」
師匠の雰囲気が一変する。今までのような遊びや様子見一切無しの、ガチの強者の威圧感だ。
しかし、何故師匠はそこまで殺し合いがしたいんだ——?
「待ってくれよ師匠!?全く意味がわからねェ!!!最初から思っていたけど、なんで師匠と殺し合いなんかしなきゃならねーんだ。普通に修行すればいいだろ!!!」
「甘ったれるな!!!御織女之神を救うと言う事は、それ程の覚悟がなければできぬ!!!この件はそう簡単では無い…………そもそも貴様は、私が敵だったとしたらどうするつもりなのだ!!!」
師匠に一喝され、己の無知を思い知らされる。
思えば俺は、ミオリを取り戻す事ばかり考えていて、そもそもの因果の始まりについて考えた事はなかった。
だが、それを知る為には師匠と戦う以外に道は無い。
師匠を殺す覚悟など全然ないが、だからといって殺されるつもりもない。
何もかもわからないまま、迷う暇すらなくただ現実に急かされるまま最後の修行が始まる——。
「多重憑依変生!!!長門、惑楽葉!!!」
——次の瞬間、師匠は既に仕掛けていた。
「狐染拳打!!!」
——速い!?
躱しきれずに、マトモにもらってしまう。それから少し遅れて、全身の内臓が揺さぶられるような霊力波動の衝撃が襲ってくる。
「……ッ!?」
妖眼の力によるこれまでの肉体強化がなければ、確実に死んでいた。 間違いない。師匠は本気で俺を殺しにきている——。
今ので身を以て実感した。
「思いのほか、丈夫だったか……だが、次は殺す」
「待ってくれよ師匠…………うぐ……」
「命乞いか?聞いてやろう。だが、その後で殺す。どの道、殺す覚悟も殺される覚悟もないのならば、死んでも仕方ない」
なんだよ……それ——。
なんかよくわからないけど、どうしようもなく頭にきた。
「さっきから聞いてりゃぁ…………殺す覚悟とか殺される覚悟とか……ふざけるんじゃあねーぞ!!!そんな覚悟ある訳ねぇーだろ!!!」
「エゴだよ、これはエゴだ……!!!だが、エゴでも貫き通せば覚悟になる!!!俺が掲げるのは、殺さぬ覚悟だ!!!呪怨領域、展開!!」
「!?」
今言った内容は全て本心だが、まずは計画通り!!
会話で隙を作り布石を打つ、ここまでは上手くいった。
とりあえず師匠の視界を遮りつつ、長門の探知能力で透過による奇襲を警戒して、盤面を固めていく。
師匠を殺さずに無力化する方法は、単なる思いつきでかなり脳筋な方法だが既に一つある。
ここから先は出たとこ勝負、全力で師匠に挑むだけだ。
「視界を遮ろうと、まだ音で貴様の位置がわかるぞ!!!」
だろうな。
「狐染拳打!!!」
「泰帝壱戟!!!」
師匠の一撃に合わせて、威力を抑えつつクロスカウンター。互いに必殺技を撃ち合う形となる。
肉を斬らせて骨を断つ——、とは上手く言った物で、なんとか師匠の技の威力を減衰させる事はできた。
だが、同じ事はあと2回できればいい方だ。何せ師匠の狐染拳打は内部攻撃。次にクロスカウンター狙ったら経絡ごと内部破壊されて、『お前はもう、死んでいる』って感じでひでぶされてもおかしくないだろう。
「やってくれたな……だが、舐めるなよ!!!」
突如、足元の空気が粘性を増して纏わりつく。まさか……『浸透』の力か!?こんな事までできるのかよ!?
「終わりだ礼明ッ!!!」
「まだだ、まだ終わらんよ!!!呪圧愚!!!」
「無駄だッ!!!」
師匠は、呪圧愚の重圧に逆らう事なく床に沈み込む。おそらくこの後は、死角からの急速浮上の後に——、
「狐染拳打!!!」
——それを待っていた!!!
「泰帝壱戟∶波の型!!!」
拳を大きく振りかぶった師匠に対して、こちらは上体を屈めてやり過ごしながら、無防備な胴体に掌底打ちの要領で一撃を叩き込む——。
「…………ッ!?」
決まった!!
あえて物理攻撃力を犠牲にして、段階的に発散した霊力の波動で全身を打ち据える。とっさの思いつきにしては技として上手く形にできたと思う。
「今のはなかなか効いた……しかし、何故手加減したッ!!!殺す気で来いと言っただろう!!!」
「嫌だね。まだ戦う気なら、動けなくなるまでこの技を叩き込むだけだ!!」
互いに沈黙したまま、睨み合う。1秒1秒が重く、そして長く感じる程の空気感の中——、
「…………フフフ、ハハハハハハ!!!」
——師匠が唐突に笑い始めた。その様子にはもはや先程の威圧感はなく、ただ清々しい気分のようだ。
「貴様は私の予想以上の大馬鹿のようだな。完敗だ。しかし、気に入ったッ!!!約束通り全て話すとしよう!!!」
その後、道場から茶の間に移動して話を聞く事となる。先に茶の間にいた晴華と合流した。
あ、そういえばここに来る前に手土産として九尾饅頭やら鴉クッキーやら貰ったんだった。
「師匠、良かったらこれ。遅れたけど手土産だ」
「鴉クッキーに、九尾饅頭か……ちょうどいい。ところで礼明、九尾饅頭にまつわる所以は知っているか?」
それって確かあれだよな?かつて一匹の妖狐が今の神露町の地で死を迎えたってやつ。確かワトソンが話してた。
「少し長い話となる、心して聞け。その神露町の民話に登場する妖狐こそが我ら月の一族の始祖、黒月様だ。そして、月詠様の目的は簡単に言うと、最愛の妻である黒月様の死をなかった事にする……これに尽きる。御織女之神の権能を使ってな」
「そもそも我ら月の一族は、黒月様と月詠様を始祖として、とある外敵に対抗する為に集った派閥であり戦闘集団だ」
——なんか、ここまでの時点でとんでもなく情報量が多いんですが!?
「一つずつ整理して話そう。まず始めに、我らの始祖、『神殺しの妖狐』黒月様は高天原の神々と対等に契約を結び、人に仇なす邪神や悪神を狩る事を役割としていた」
「そして我ら月の一族の外敵とは、黒月様が唯一仕留め損なった最凶の悪神『夜十』だ。夜十は不死であるがゆえに、黒月様であっても封印する以外の手段がなかった」
「ここから先は、貴様ら陰陽師の歴史とも話が繋がってくるが、あいにく我らは人間の歴史には疎い。なので私が語るのは妖怪と月の一族から見た歴史だ」
そう前置きして、師匠は再び話し始める。
「だいたい平安時代頃の話か……言わずと知れた陰陽師の歴史における黎明期だな。当時の陰陽寮は、それぞれ異なる思想を持つ『安倍派』、『道満派』、『藤原派』の3派閥が治めていたらしいが、そこから独立した一部の陰陽師が、過激な思想に狂った。なんでも、『人の業に汚された世を、妖の力で浄化する』というイカれた主張だ」
「そうして、そやつらはついに一線を越える。夜十の封印を解き、その力を利用せんとしたのだ……そんな目論見が上手くいく筈もないと言うのにな」
「夜十が復活した後は、まさしくこの世の地獄だった。太陽は闇に呑まれ、紅い朧月だけが地を照らし、その光を浴びた妖怪は、弱き者から狂い果てて人間を貪り食らう。我らは陰陽寮と協力し、多大な犠牲を払いながらも夜十を再封印した。今度はより厳重に、夜十の霊力を5分割して、日本各地に封印場所を分散させてな」
「しかし、夜十の霊力は封印の地の霊脈と深く結び付き、人や妖怪に影響を齎す特異点となった。夜十との戦いの後に、次は特異点の影響を受けた妖魔による百鬼夜行……この連戦により負った手傷が原因で黒月様は最期を迎えられてしまわれた。それが全ての始まりだ」
「確かに御織女之神は百鬼夜行を収束に導いた。だがその一方で、黒月様を救うには力が足りなかった。私としても、月詠様の願いは痛い程に理解できる。故に我ら月の一族には月詠様の邪魔をする事などできない。それどころか、積極的に月詠様に手を貸す者すら存在するくらいだ」
「なるほど、話はだいたいわかった」
要するに、ミオリが幽閉されていたのは月詠の独断。故に天照はその事を知らなかった。
それでも、ミオリは記録上何らかの経緯で高天原にいた事になってるから、逃げ出したミオリを連れ戻す為に天照が陰陽寮に神託を下した……と——。
背景が全てわかればなんて事ない。月詠が主犯って訳だ。
しかし、まだ一番重要な部分を聞いてない。
「で?師匠はどうなんだ?月詠の手先なのか、それとも第三者なのか?」
「私は……月詠様を止めたいとは、内心思っている。だが、もし本当に黒月様が戻ってくるのだとしたら、私は……いや、認めよう。私にはこの件に手を出す勇気はない。ただの無力な傍観者だ」
——そう言った師匠は肩を震わせていた。
ここまでの情報を全て整理し、理解した俺の答えは——、
「少なくとも、師匠が敵じゃあないのはわかった。俺は月詠を止めて、ミオリを取り戻す。だが、何も月詠だって死ぬ事はないだろ。安心してくれよ師匠。とりあえず月詠ぶっ飛ばして、他の月の一族達とミオリに詫びさせるから」
事ここに至るまでの全ての経緯を知ってもなお、俺のやるべき事は何一つ変わらない。
月詠が最愛の妻を失ったというのは悲しい事ではあるが、それはそれとしてやってる事は間違いなのでぶっ飛ばしてでも止める。それこそが俺の答えだ。
用語解説
安倍派
平安時代の陰陽寮を治めていた3派閥の一角。
『人間と妖怪が助け合い、共存できる道を模索する』という理想を掲げて活動していた。
藤原派
平安時代の陰陽寮を治めていた3派閥の一角。
こちらは完全に人間側の都合優先で『全ての妖を滅ぼす』事を目的としている。
道満派
平安時代の陰陽寮を治めていた3派閥の一角。
『妖怪の強大な力を活かし、人間社会の発展に利用する』という思想のもとに活動。
平安時代の陰陽寮はこれら3派閥がバランスを取りつつ活動していた。
なお、陰陽界百夜においては最終的に道満派が主流となった。
泰帝壱戟∶波の型
霊力の圧縮の後、本来ならば一気に発散するところをあえて段階的に霊力を発散する事によって物理攻撃力を犠牲にして全身に霊力波動の衝撃を叩き込む非殺傷技。
この技を極めれば、『一時的に敵の経絡を麻痺させる』という芸当もできるかもしれない。




