2話 御織女之神改めミオリ〜モヤシづくしの歓迎会〜
御織女之神を連れてアパートに戻った途端——、
「シャアァァァァァァァァァァァァ!!!」
「アズナブルっ!?」
——キレた長門に包丁投げつけられた。
包丁は俺の頭の僅か1センチくらいの距離を通過して壁に突き刺さる。
そして、また訳のわからぬ悲鳴を上げてしまった。
認めたくない物だな、自分自身の若さ故の過ちという物を——。
って、これだと俺がなんかやらかしたみたいじゃあないか?
状況だけ見ると、突然家に知らない女(神)をお待ち帰りしているのだから誤解されても仕方ないか。
「旦那様、私達の愛の巣に堂々と別の女を連れ込むとはいい度胸ですねぇ?これはもう旦那様の血は何色か確かめるべきですかねぇ…………?」
「誘拐の次は浮気か?我が従僕、着実に悪の道を爆走しているな」
「誘拐…………?」
惑楽葉まで同調してさらに収拾がつかなくなった。
このままでは長門によって悲しみの向こう側に直送されかねない。
問.この状況から予測される未来を解答欄に記述せよ。
答.長門「このゲス外道がァァァァァァ!!!!」→浮気絶許慈悲無→悲しみの向こう側でNice bort.
「待て待て待て待て話を聞け!?あと、お前ら平然と事実を捏造するな!!!」
ひとまず俺は状況の説明を試みた。
カクカクシカジカシカセンベイ、シカノコノコノココシタンタン。
それはそうと奈良の鹿って、鹿せんべい買った瞬間、どこからともなく集まってきていつの間にか包囲されてるよな。
お辞儀しながらジリジリと距離を詰めてくるけど、あのお辞儀は一説によると威嚇行動だとか。(実体験)
(事情説明中)
↓
「なるほど、事情はわかりました。しかしそのように全方位に優しいと、そのうち背中から刺されますよ?」
「うん、主にお前にな」
結論から言うと、御織女之神をうちで匿う事になった。
大変な事に巻き込まれたという思いはあるが、俺は自分の行動を少しも後悔していない。
とりあえず、御織女之神が目を覚ましたらこちらの方針を伝えよう。
疲れたから俺ももう寝るか。
俺は自分の布団に御織女之神を寝かして、一人廊下で寝る事にした。
▷▷▷
長門side
草木も眠る丑三つ時、外には追手の気配。
「やはり、追跡されていましたか……」
まだこのアパートの位置までは特定されていないが、見つかるのもおそらく時間の問題。ならばこちらから打って出るしかない。
旦那様があの神を匿うと言ったのだから、邪魔者は排除するまで。
無闇な殺生は禁止されているが、要は直接殺さなければいいだけでいくらでもやりようはある。
私は、呪物なのだから——。
『七宮』という呪術師の家系に代々受け継がれてきた祭具(というより呪具)、それが私。
長年呪いの儀式に用いられてきた事で、祟り神の瘴気を取り込み続けた事で、近付く者全てを呪うだけの存在。
そんな私でさえ旦那様は受け入れてくださった。
この平穏を奪おうというのならば、容赦はしない。
私は廊下で眠る旦那様に毛布をかけた後、追跡者の気配を探る。
追跡者は5人。そのうち索敵や探知系の術者が2人。
ここ数カ月の間に、ここらの土地に常時微弱な呪詛を染み込ませ続けたのでこの辺り一帯は既に私の領域。探知も索敵も呪殺も全て私の思うがまま。
「ようこそ、七宮式呪怨領域へ」
まずは、敵の目を潰す。
レーダー役の2人に『物事を3つまでしか記憶できない』呪いを付与。
その後、全員に『敵と味方の区別がつかなくなる』呪いを付与。あとは放置するだけで瓦解するだろう。
〜追跡者視点〜
「見つけた。あのアパートだ!!!!」1
御織女之神の気配を感知。どうやらあのボロアパートにいるようだ。
↓
「伏兵だと!?いつの間に!!!!」2
突如伏兵が出現する。こいつら、いったいどこから!?
↓
「囲まれた!?味方はどこだ」3
この混乱の中で味方と分断されてしまったらしい。早く合流しなくては……
↓
「とにかく、撤退だ!!!」
カウント、ゼロ。記憶がリセットされます。
↓
「俺は今、何をしていたんだ…………?」1
何も思い出せない…………
↓
「クソッ、周り中敵だらけかよ!?」2
全く訳がわからないが、逃げるしかない。
↓
「訳がわからないまま、殺されてたまるかよ!!!」3
生き延びるんだ。なんとしても…………
↓
「そもそも、味方はどこだ?」
カウント、ゼロ。記憶がリセットされます。
↓
︙
︙
︙
︙
〜追跡者視点 終〜
後に残ったのは、追跡者達の屍のみ。
何一つ理解できないまま、仲間どうしで殺し合い全滅した神々の走狗ども。
「さて、証拠隠滅の時間です」
追跡者の陰陽師達の屍を影の中に引きずり込み、この世から抹消する。
そうして、ようやく静かな夜が訪れた——。
長門side 終
▷▷▷
朝、目が覚めると案の定というべきか身体の節々が痛い。
「やっぱり廊下で寝るのは無理があったか……」
なんというか、床がキンキンに冷えてやがる…………悪魔的だ…………!!!(当然ネガティブな意味で)
ふと、俺の身体に毛布がかけられている事に気付く。
惑楽葉はそんな気遣いとかできるタイプじゃないし、たぶん長門だな。ありがてえ。
これでヤンデレじゃなければ俺は今頃、間違いなく長門と結婚してるだろうな。正直、俺のような駄目人間にはもったいないくらいだ。
俺は伸びをしながら立ち上がり、毛布を畳んだ後に居間へと向かう。
▷▷▷
居間では、惑楽葉達が談笑していた。てか、何故か御織女之神も混ざってる。打ち解けるの早いな……
御織女之神がこちらに気付いた。
「キミがボクを助けてくれたんだね。ありがとう」
御織女之神は居住まいを正して、感謝の言葉を口にする。
「別にいいさ。俺は安倍礼明。それと、あんたが嫌でなければ俺はあんたをこのまま匿うつもりでいるが、どうする?」
「…………こちらこそ、よろしくお願いします。それと、ボクの事はミオリと呼んでいいよ」
御織女之神は少し考えた後にそう答えた。
「では、朝食ついでに歓迎会だ。絶対悪たる我は、ミオリを歓迎しよう!!!」
惑楽葉はそう言って、長門が作ったばかりの料理をちゃぶ台まで運んでくる。
〜今日のお品書き〜
白飯
モヤシの味噌汁
モヤシの豚平焼き
モヤシの肉野菜炒め
モヤシのナムル
歓迎会という事で長門が急遽品数を増やしてくれたらしいが、やはりモヤシ感謝祭だ。
「なんか、モヤシばかりで悪いな。あんまり金ないんだよ、いつもの事だけど」
「気にしてないよ。誰かと一緒にご飯を食べるのは久しぶりだから、嬉しい…………」
ミオリは少し陰のある表情で微笑む。
事情はよくわからないが、俺は今後ミオリが少しでも幸せに過ごせるようにと思わずにはいられなかった。
その為にも、ミオリは俺が守る。たとえ、高天原の神々に反逆する事になろうとも。
俺では力不足なのは重々承知してるし、なんの計画も策もないけど、和やかな雰囲気の中で俺は自分自身にそう堅く誓った。
設定及び用語解説
七宮
長門の本来所属する呪術師の家系。
祟り神を信仰しており、その瘴気を利用して他者を呪う事を生業としている。
七宮家の呪術儀式に用いられていた祭具が付喪神となったのが長門であり、数百年分の祟り神の瘴気や呪詛を内包した『生ける厄災』。なお、現在では呪詛を自由に制御できる模様。




