18話 真·泰帝壱戟
十六夜さんの提案は、俺にとって願ってもないものだった。
こりゃあ、当然断る理由なんてないよな。俺の方はいつでも全然大丈夫だ。
「よろしくお願いします、十六夜さん!!!」
即断即決、俺は迷う事なく十六夜さんの提案を受け入れた…………のだが————、
「師匠と呼べィ!!!!」
「あべしッ!!!」
またもや唐突に殴られる。
「私の指導を受ける時点で貴様は我が弟子だッ!!!にも関わらず、気安く師匠の名を呼ぶとは何事か貴様ッ!!!そんな弟子、修正してやる!!!」
「ひでぶッ!!!」
なんか精神的に変なスイッチ入ったらしき十六夜師匠に、有無を言わさず2度も殴られた俺は、診療所に併設されている道場へと強制連行される事となった。
前言撤回、誰か助けてくれ。
▷▷▷
長門達が不安げに見守る中、十六夜師匠の指導が本格的に始まった。
「さて、リタ達からの報告で、貴様の力量はだいたいわかっている。貴様の得意技、『泰帝壱戟』といったか?アレは無駄が多い。まず第一に、霊力の使い方からして根本的になってないッ!!!!」
十六夜師匠は、またもや『ズビシッ!!!』という擬音が発生しそうな勢いで俺を指差す。
あまりの迫力に、思わず気圧される俺。
「え〜っと、どこが悪いか具体的に言うと……???」
俺は恐る恐る、十六夜師匠に尋ねてみた。
「あり余る霊力をただ暴発させているだけで、ろくに制御できていない!!!貴様が目指すべきは『合理的な火力運用』だ!!!例えば火力が低い技ならば、有効打を何発も確実に叩き込む。霊力があり余っているのなら、技の威力を最大化して叩き込む、これぞ霊力制御と運用の最適解!!!だというのに、安倍家の末裔たる貴様はその初歩すらできていないッ!!!」
オ〜ゥ、なんてこったぃ。理詰めの熱血指導で全否定フルボッコだよ…………
「しかし、今から悠長に鍛えている時間はない。よって…………、そこのお仲間の力を借りてもいいから殺す気で来い。それでようやく対等だ」
「「「…………ッ!?」」」
緊張感に満ちた静寂が、道場全体を包み込む。
「貴様が私に一撃でも食らわせる事ができれば…………、の話だがなッ!!!!」
突如、十六夜師匠の身体が床に沈み込むように消えた。
「来るッ!?多重憑依変生!!!!長門、惑楽葉!!」
どのような能力によるものかはまだわからないが、一度姿を隠したという事は死角からの奇襲が目的と推測される。つまり——、
「呪怨領域、展開!!!」
長門の索敵能力と、惑楽葉の歪曲結界の二段構えなら————、
見つけた!!!やはり本命は背後からの強襲!!!道場の床面から浮上するように姿を現した十六夜師匠、とりあえず攻撃を凌いでカウンターに持ち込めば…………!!!
「狐染拳打!!!」
——瞬間、俺は訳もわからず殴り飛ばされていた。
「うぐッ!?…………………ッ!?」
そして、床にうずくまり倒れ伏す長門の姿。
「長門!?」
「長門さん!?」
晴華が慌てて長門に駆け寄る。
今、何が起こった????確かに歪曲結界は正常に維持されていた筈——。なのになんで、俺は殴られて、長門が弾き出されているんだ????
目の前の現実が、見えているけど理解できない。
まるで、歪曲結界をすり抜けて、俺の器すらすり抜けて、同化していた長門だけを弾き出したような——。
「さて、今ので、なんとなく察しはついただろう。私の権能、『透過』の力だ。まぁ、ネタバラシしたところで、貴様程度ならどうとでもなる」
「3発だ。今から3発まで打たせてやろう。その間、『透過』は使わない。貴様の最大火力を叩き込んでみろ」
「そして、指導その1。ただ霊力を暴発させるのではなく、極限まで圧縮した後に、インパクトの瞬間に解放する。『圧縮と発散』、この2つを実践できれば、貴様の技は完成だ」
床にうずくまっている長門を尻目に、十六夜師匠は俺にそうアドバイスをした。
長門が心配なのはあるが、今はひとまず晴華に任せよう。
しかし、圧縮と発散か…………というかこれ、ほぼ答えじゃあないか???
「惑楽葉、あとは俺1人でやる。だから休んでいてくれ」
『良いのか?我が従僕…………』
「舐めた真似を…………、殺す気で来い、と言ったはずだが?」
十六夜師匠の全身から殺気という名のプレッシャーが放出されている——。
というかガチで殺されそうだ。当然俺が。だが——、
「いや…………、ここまでしっかり指導してくれて、俺に向き合ってくれる師匠を殺すなんて恩知らずすぎるでしょうよ。まぁ、俺が本気で殺しにかかっても、たぶん無理だけど…………」
それでも、惑楽葉の霊力は過剰火力すぎるから用心するに越した事はない。
さて、惑楽葉の方から憑依変生を解除してもらったし——、
「師匠…………覚悟!!!!泰帝壱戟!!!!」
霊力を拳に収束、圧縮の後に——、インパクトの瞬間に解放、だったな確か…………!!!!
抑圧から発散へと転じた霊力の閃光————、手応えアリ!!!
——と思ったその後に……、師匠が無傷で仁王立ちしていた。
ふと手元を見ると、俺の拳は見えない障壁に阻まれている。
嘘だろ…………つまり————、
「最初から…………拳が当たってない!?」
「フム……ご明察、といったところだ」
不敵に笑いながらそう言った師匠の瞳は、紅く染まっていた。
「『浸透』、それが私の妖眼の能力。空気に私自身の霊力を浸透させて、防御壁に変えた……そして、指導その2。『透過』は使わないと言ったが、能力が1つとは言ってない。つまり、油断するなと言う事だッ!!!」
師匠は、そのまま当然のように殴り返してくる。
「ぐっ!?」
「次ッ!!!」
一息つく暇さえなく、師匠は俺を叱咤する。
「はい!!泰帝壱戟!!!」
俺は先程よりも高精度に、より丁寧に霊力を制御して第2撃を放つ。
しかし無情にも、十六夜師匠の能力によって造られた不可視の防御壁は依然として健在。俺の拳を当然のように防ぐ。
師匠はまるで、ぬりかべが通せんぼしているかのように微動だにしない。
やはり駄目だったか…………だが、まだ諦めない。
これが、次が最後のチャンス————、この一撃に全てを賭ける!!!!
「フム……貴様の実力は先程までの稽古で充分わかった。これでは、何度やっても無駄だな。失格だ」
師匠は、俺に対して唐突にそう言った。
「待ってください!!!『3発まで打たせてやる』といったのは師匠じゃあないですか!?」
「『無駄だ』と、言ったのだッ!!!貴様は弱い…………貴様には月詠様を止める事などできない!!!ただ犬死にするだけだ。何も守れない、何も救えないッ!!!」
無情なる宣告——、だが、確かにそれは事実だった。事実であるがゆえに、俺の心を容赦なく抉っていく。
師匠は、何一つ間違った事は言ってない。
実際に俺は、月詠には敵わなかった。一矢報いる事すら出来ずに敗北した。
だから、俺が何をやったところで、無駄なんだ。無駄無駄。
もう諦めればいい、自分が無力だと認めればいい、それだけで全て終わる。
だと言うのに————、
「諦め…………られる訳ねぇーだろ!!!!」
——どうやらまだ、俺は俺を辞めないでいるらしい。まだ心は折れてない。だったらまだ、抗える!!!!
あの日、神露町の廃神社で、ミオリと出会った時、ミオリを守ると決めた時、俺の中で何かが噛み合った感覚がしたんだ。
俺はあんまり頭良くないから、はっきりとはわからないけど、この感覚は、きっと正しい事の筈だ。
「そうだよ!!!俺は、弱い!!!自分自身の弱さが憎い!!!だから、俺は己の弱ささえ受け入れて、乗り越えるだけだ!!!!」
そうだよ、今までだって、ずっとそうしてきたじゃあないか——。
視界が赤く染まり、師匠の姿さえ朧気になってくる。
乗り越えるべきは、目の前の師匠ではなく己の弱さ。許容するべきは、過去の弱い自分。
過去の弱い自分を克服し、霊力、経絡、魂の規格そのものを書き換え、より強い自分へと、造り変換る——!!!!
「そうだッ!!!最初から、それが見たかった!!!天照大神をも打ち倒したその妖眼をッ!!!」
そういう理由であんな厳しい事を言ったのか。全く、師匠も人が悪い————。
「焚き付けるような真似をしてすまなかった。では、最後のチャンスだ!!!!来い、礼明ッ!!!!」
「師匠ォォォォォォォォォ!!!!!!!」
俺は無我夢中で、師匠へと挑みかかる。
目指すべきは合理的な火力運用……霊力の収束の後、圧縮と——、発散!!!
これが、今の俺の最大限、最大火力————。
「真·泰帝壱戟!!!!!」
全身全霊で、十六夜師匠が生み出した不可視の防御壁を殴りつける。ガラスを砕くような手応えと共に、俺の拳は十六夜師匠を殴り抜いた。
「がはッ!?」
師匠はそのまま吹っ飛んで、道場の壁に激突した。
ヤベッ!?無我夢中だったとはいえ、やり過ぎた!!!!
「師匠!?」
俺は慌てて師匠に駆け寄る。
「ハハハ……大丈夫だ。だが、防御壁無しで直にあの技を受けていたとしたら、死んでいたのは私の方だったろうな…………合格だ」
師匠…………
「なんて、言うと思ったかヴァカめ!!!貴様、よくも師匠である私を殴り飛ばしてくれたな馬鹿弟子が!!!馬鹿者!!!馬鹿者!!!馬鹿者ォォォォォォ!!!!!」
「ふざけんな馬鹿師匠!!!『3発まで打たせてやる』って最初に言ったの師匠だろーが!!!」
とりあえず、さっきの感動の場面とか雰囲気を返せ師匠コノヤロー!!!!
もはや『師匠と弟子』という立場もかなぐり捨てて、大人気ない取っ組み合いの泥試合を繰り広げる妖狐と人間の姿が、そこにはあった——。
…………というか、俺と十六夜師匠だった。
人物解説
九重十六夜
黒月と月詠の子孫…………、の1人であり霊媒医。
普段は無気力だが、精神的なスイッチが入ると負けず嫌いの熱血キャラに豹変する。
あと、なんとも大人気ない性格をしている。
用語解説
『許容』
礼明の妖眼に宿る能力。自身の意思で許容した対象を克服し、それに付随して肉体強度、魂や経絡、はたまた霊力の規格を書き換え、より上の規格へと再構築する。
しかし妖眼の力は術者の精神に依存する為、克服したい対象を受け入れられるだけの精神力があって初めてまともに機能する。
『浸透』
十六夜の妖眼に宿る能力。
自身の霊力を、あらゆる対象に浸透させて操る力。
空気を媒介とする事で、十六夜の意思で自由に硬化及び軟化できる変幻自在にして不可視の武具や防御壁を生み出す事ができる。
『透過』
十六夜の権能。シンプルに、あらゆる対象を自身の意思一つで透過する能力。
透過する対象は十六夜が自由に指定できる為、床や壁の透過はもちろん、敵のあらゆる防御手段を無視して技を叩き込む事ができる。