17話 霊媒医、九重十六夜
眩い光に包まれ、転移させられた先。
そこには先程まで俺達がいた伏見稲荷大社の面影は微塵もなく、どこか幻想的で長閑な土地があった。
その土地は、神秘的な雰囲気ではあるがよく見れば生活感があり、一種の村というか、古き時代の面影を残した人ならざる存在の里——、まさに妖怪の隠れ里と呼ぶにふさわしい場所だった。
人の世に隠れ住む、人ならざる者達の故郷にして古き里。
幻想と現実の境界線がごちゃごちゃになったような美しくて妖しい異界が、そこにはあった。
「ヒョッヒョッヒョッ…………到着じゃ」
120キロババアの声でようやく我に返る。どうやら目の前にある異界の光景に見惚れていたようだ。
「ありがとう。ついでに、九重十六夜のところまでの案内も頼む」
こうして、俺達は120キロババアの案内で里で唯一の診療所へと向かった。
案内されるがまま里の中を歩いていると、文献などで時々見かけるような妖怪達と出会う。
フム……一反木綿にぬりかべ、化け狸もいるな。
もしかすると、妖怪ポストみたいな物も探せば見つかるかもしれない。
「着いたぞ。ここじゃ…………」
120キロババアに促され、診療所の中へ——、
「黒月様直伝……狐染拳打!!!!」
——入った瞬間、反応する暇すらなく何者かに殴られた。
「うぐァァァァァァァァァァ!?」
なんだこの一撃…………!?
身体の内側に何かが侵入して駆け巡るような感覚、 例えるなら内側から全身を貫かれるような…………!?
「旦那様!?」
「我が従僕!?」
「よくもお兄様を……!!!」
長門と惑楽葉、そして晴華が臨戦体勢に入る。
その最中、俺はしだいに苦痛が消えていった事に気付いた。
…………というか、霊力が正常に循環するこの感覚——、
「経絡が…………、使える!?」
「「「はい???」」」
——ありのまま今起こった事を話すと、先天性経絡異常症を治療してもらう為に、霊媒医である九重十六夜さんのもとを訪れたら、知らない相手に出会い頭にぶん殴られて、しかも経絡の異常が治っていた。
…………何を言ってるかわからねーと思うが——、俺も訳がわからなかった。
「リタから既に、話は聞いていたが…………全く、隙だらけにも程がある。私が敵ならば、貴様は今頃死んでいたぞ」
という事は——、
「九重様、いくらこやつらを試す目的とはいえ、これは流石にやり過ぎですじゃ…………」
「経絡の異常は治したのだから、別に良かろう?」
このヒトが、九重十六夜!?
白銀の九尾と狐耳を持つ人狐姿の佳人、つまり九重十六夜さんは、120キロババアの苦言を軽く聞き流しながら気だるげに応じる。
「さて、今回の治療費は、既に夜狐殿を通じて月ノ宮家から受け取っている。ここからはアフターサービス…………礼明とやら、治ったばかりの経絡を馴染ませるのも兼ねて、貴様に少しばかり稽古をつけてやろう!!!」
十六夜さんは、『ズビシッ!!!』という擬音が発生しそうなくらいの勢いで俺を指差しながら、そう宣言した——。
 




