12話 天照、降臨
道満side
我が気が付いた頃には、晴明の末裔どもは既に立ち去った後で御織女之神も居なくなっていた。
本当は我を殺す事もできたはずなのに、今こうして生きているという事は、見逃されたという訳だ…………
ふざけるな………………
ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな…………!!!
あのような小僧に情けをかけられたなど、屈辱でしかない!!!!
『随分と、派手にやられたようだな?』
「天照大神!?」
存在としての根本的な規格の違い、空気が凍りつく程の威圧感。百鬼夜行の時代から片時も忘れた事のない至高神の気配だ。
「申し訳ありません…………御織女之神に逃げられました……!!!」
重々しい沈黙。ややあって、天照が口を開いた。
『貴様ら陰陽師はもはやあてにならぬ。それよりも、貴様をそこまで追い詰めた晴明の末裔とやらに興味が湧いた。うちが出向くとしよう』
冷酷かつ無慈悲な宣告——。
これで奴らも終わりだ。歴史上、天照大神に敗北を刻んだのは『神殺しの妖狐』黒月だけだ。
その黒月も今はいない以上、奴らに未来はない。
奴らがいくら抗った所で、結果は変わらない。
陰陽師である限り、神には敵わないのだから。
道満side 終
▷▷▷
大狼の姿の惑楽葉の背に乗り、陰陽寮を離れるべく疾駆する。
行く先もわからぬまま、暗い夜の帷の中へ————、って、別に盗んだバイクで走り出す訳じゃないし、確かに外は夜だが15歳でもねーから。
それにしても、既にずいぶんと長く走っている。
これだけ陰陽寮から離れたら流石にもう大丈夫だろう。そろそろどこかに止まってもいいかもしれない。
「我が従僕、何か妙だ…………これだけ走っているのに、陰陽寮から離れられない。いや、離れているはずなのに全然離れられない!?」
「!?」
辺りを見渡せば、まだ陰陽寮の周囲にある森の中。
気付いた頃には既に手遅れだったようだ。
ふと、頭上に敵の気配。あれは…………八咫烏か!?
それと同時に、夜の闇が太陽の光に打ち消され真昼のように明るくなる——。
八咫烏と共に降りてきたのは、道満ではなく正真正銘の神…………天照大神…………!?
『八咫烏、もう充分だ。道満のもとに帰るがよい……こやつらには、うちが直々に神罰を降す』
八咫烏はカァ、と一鳴きすると陰陽寮の方角へと引き返していく。
ここでラスボスの登場かよ…………勝てるのか?天照大神に——。
「ミオリ、逃げろ。正直、今回ばかりは勝てるかわからん。晴華、ミオリを頼んだ」
「礼明…………死なないで…………」
「お兄様…………『そんな装備で、大丈夫か?』」
「やかましいわ…………」
しれっと死亡フラグ立てようとするんじゃねーよ。
まぁ、惑楽葉と長門以外の式神いないから戦力的に全然大丈夫じゃなくてもこのまま戦うしかないんだがな——。
ミオリは晴華と共に俺達に背を向けて離れていく。しかし天照は追う様子すらない。
『ずいぶんと、御織女之神と仲良くなったものだな。人間の分際で不遜な…………』
白い狼の耳と尻尾を持つ獣人姿の美女、天照大神は吐き捨てるようにそう言った。
「よく言うぜ……そういうあんたは、百鬼夜行を終結させたミオリを幽閉してたくせにな…………!!」
『!?』
わずかに天照が動揺する。しかし、その後の天照の反応は俺達の予測とは違っていた。
『いったい、何の話をしておるのだ?』
「ッ!?ふざけるな!!! あんたらがミオリを幽閉してたから、ミオリは逃げ出してきたんじゃないか!!!」
対する天照は、激昂する俺を一瞥すらせずに何か考えている。
『……御織女之神が幽閉されていた? 知らぬ知らぬ知らぬそんな話うちは知らぬ……月詠……まさかあやつが…………??だとしても動機がわからぬ…………だとしたら他に誰が…………ともかく、この件に加担した者は全員罰するとして……うちの知らぬ所で勝手な真似を!!!!えぇい!!不快だ!!!』
突然癇癪を起こした天照の怒りに呼応するように、周囲に烈炎が発生して燃え盛る。
『まずは貴様から焼き払ってくれよう…………!!!』
——よくわからんが結局逆ギレかよ!?
天照大神は巨大な白狼の姿へと転じ、烈炎を纏う。
ともかく、向こうがその気ならばこちらも戦うしかない。
「多重憑依変生、長門、惑楽葉!!!」
相手が誰であろうと、俺は俺の意地を張り通すだけだ——。
「呪怨領域、展開!!!」
長門の力を借りて瘴気を散布し、『霊力を使用する際に同時に少しずつ神格が削られる』呪いを付与する。しかし——、
『瘴気か…………穢らわしい!!!』
——天照大神は呪怨領域を形成している瘴気を呪いごと焼き尽くした。
そんなのアリかよ!?ついでに霊格にもほとんど損傷無し。
それだけでなく、呪怨領域を燃やし尽くした烈炎は既に俺の周囲を囲み、その輪を徐々に狭めてくる。
『うちの炎で焼き尽くせぬモノは無い。細胞の一片すら残さず燃え尽きよ!!!』
もはや万事休すは九谷焼、緑茶でも飲んで落ち着きなよ。もう打つ手なんてない——、と思ったら大間違いだコノヤロー!!!
どうあがいても防げないのならば、許容すればいいだけの話だ。
天照大神の炎そのものを許容し、取り込み、自身の力にするまでの事…………!!!
妖眼の力を使用すると同時に視界が赤く染まり、炎の色と同化していく。
次の瞬間、俺は炎の渦に呑まれた——。
『……終わったか、やはり、人間とは脆いな』
勝利を確信した天照大神は、自ら作り出した火柱を眺めながら呟く。
「その程度の火力で俺を倒せると思っていたのか?」
『!?』
天照大神の権能に由来する炎、その残り火を我が物とした俺は、とりあえず煽りも込みで伝説の超野菜人のセリフで返してやった。
『人間ふぜいがうちの炎を取り込むとは…………不遜不遜不遜不遜…………!!!!』
天照は激情に任せて炎を放つが、そんな攻撃は今の俺にはもはや通じない。
全てを焼き尽くす不滅の神炎であろうとも、俺の妖眼でそれ自体を許容して取り込むまで。
——不遜?上等だよ。そしてこれはミオリの分だ!!!!
「受け取りやがれ!!!!泰帝壱戟!!!!」
天照大神の炎すら取り込み、俺と長門、惑楽葉の霊力を最大限に込めた一撃。
天の雲を引き裂き地を揺るがす程にまで跳ね上がった威力の拳は天照大神を確かに打ち倒した。
陰陽界百夜の歴史上、おそらくは最初であろう革命的大金星。
ただの陰陽師に過ぎない俺が、天照大神を倒した——。
『ふむ、姉さまが人間に敗れたのか。面白い事もあるものだ』
「ッ!?」
ふと背後に気配を感じて振り向くと、糸目で優男風な外見の神がいた。
こいつ……どこから現れやがった!?こいつからは幻覚だとか超スピードだとかなんてチャチな物じゃあない、もっと恐ろしい物の片鱗を感じる。
『だが、君の快進撃もここまで。僕、月詠命の名に於いてその霊力、没収する』
「ッ!?」
憑依変生が強制解除された!?いや、それだけじゃあない。
もっと根本的に、霊力が、経絡そのものが俺の中から消えていく——。
『さて、君達にはついでに少し眠ってもらおう。おやすみ、良い悪夢を』
月詠命がそう囁くと、俺達はそのまま意識を失い昏倒した。
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月詠命side
とりあえず姉さまを倒した人間は片付いたし、次はもう一人の方と御織女之神の番だ。
御織女之神の権能の抽出はもう充分に進んだ、でも搾りかすとは言えど彼女を自由にしておいたら、僕の計画にまた変な邪魔が入るかもしれないからね。
それにしても、今や『些細な幸運を引き寄せる』程度の力しか無いと言うのに、天岩戸から脱出されるなんて想定外だったよ。
だけどそんなラッキーもここで終わり。
誰にも邪魔はさせない。僕は、どんな犠牲を払ってでも因果を紡ぎ直す。
全ては、あの百鬼夜行で失った最愛の妻を取り戻す為に——。
僕は君がいない世界などに価値を見いだせない。
君を失うくらいならばこんな世界など滅びてしまっても良かったのに、なのに君は、こんな世界を救う事と引き換えに命を落とした。
だからこそ、こんな間違った因果は紡ぎ直さなくては…………正さなくてはならない。
必要なのは御織女之神の権能とあと一つ、特異点の地のみ。鹿山町——、あの地の霊脈があればきっと…………
今のところ全ては順調だ。
『見つけた…………』
さて、そろそろこの茶番も終わりにしよう。どこへ逃げようと無駄な足掻き。
目障りな安倍晴明の末裔どもは何一つ成し遂げる事は出来ず、失意の底へと沈んでいきました…………めでたしめでたし。
悲しいかもしれないけど、現実ってそういうモノだよね。
僕の権能で安倍家の小娘と御織女之神の意識を奪う。
抵抗する時間すら与えず二人を眠りへと誘った。
『おやすみ、良い悪夢を…………』
月詠命side 終
設定及び用語解説
天道八咫烏迷廻指南
八咫烏の第2の権能。敵が八咫烏から離れる程に方向感覚を狂わせる。任意で使用できて、八咫烏自身が能力を解除するか敵が一定距離以上八咫烏に近づけば効果はリセットされる。
月詠命
天照大神の弟。『魂の波長を操る』権能を持つ。
その能力は単純な精神干渉だけに留まらず、周囲の空間と自身の波長を同化させて気配を消したり、魂の波長に干渉して意識を奪ったり等、極めて万能。
経絡
妖怪や神々が先天的に持つ、霊力を制御する為の回路のような器官。
陰陽界百夜における人類は進化の過程で経絡が退化しており、ほとんどの人間は既に経絡を失っている。
しかし、陰陽師は神々との契約により『擬似経絡』を授かる事で陰陽道を行使できるようになった。
ほぼ唯一と言っていい例外として安倍家の始祖『安倍晴明』は先天的に経絡を有しており、さらに神々と契約して擬似経絡も与えられている。故に安倍晴明は陰陽師として破格の能力を持っていた。
以降、その才能は子孫へとしっかり受け継がれている。




