7話 暗黒の森3ー餌付け、希望の光射すー
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「故国の才女は存在自体がチートでした」7話になります。
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25/02/08
セレスティアが義妹となっていたのを、異母妹と修正を行いました。
(そういえば、これがあったわね。)
私がドレスのポケットから取り出した丸い小石は、かくれんぼをする前に異母妹のセレスティアから貰った、『キャンディー』というお菓子だった。
これをくれたセレスティアには申し訳ないけれど、いろいろあり過ぎて今まですっかり失念していたのである。
このキャンディーというお菓子のことは屋敷の侍女達の噂話に聞いていただけでこうして実物を見るのは初めてだった。
当然、食べたことはないので一体どんな味がするのかわからない。
でも、セレスティアは甘くておいしいと言っていたし、なにより皇都で人気があるくらいなのだ。これならそこらにある(のかも怪しい)木の実よりずっとおいしいに違いない。
ただこれが、もこもこのお腹の足しになるかわからないけれど。
私はキャンディーを包み紙から取り出して手のひらにのせた。
(わぁ、綺麗ね。それに、ほのかに甘い香りがするわ。)
宝石箱から取り出したかのようなキャンディーは、薄く色づけされた水晶玉に色とりどりの星のような小さな粒がたくさん練り込まれていて、まるで星がいっぱいにきらめく夜空をキュッとその中に集めたかのようだった。
私はキャンディーをもこもこに近づけるため手を上げた。
「期待させておいて申し訳ないけれど。今あげられそうなものはこれしかないわ、これでよければあげるけれど。」
「きゅ?それは魔石きゅ?」
身体を起こしたもこもこは手のひらのキャンディーに鼻先を近づけてクンクンと匂いを嗅ぐ。
「いえ、これはね・・・」
「ーーきゅ~♪ いただきまーす♪ ぺろり」
私はこれが魔石ではなくキャンディーであることを説明しようとしたのだが、それと同時に、もこもこは長い舌を使って手のひらからキャンディーをさっと奪い取ると、そのまま口に放り込みバリバリ!と歯が欠けてしまうのではないかと、見ているこちらが心配になってしまうような音を立てながらキャンディーをかみ砕いて咀嚼してしまった。
(これは、キャンディーの食べ方として、正しいのかしら・・・? どう見ても、正しくない気がするけれど。)
「もぎゅもぎゅ・・・なんだか、変わった味の魔石きゅね?んぐ、でも、悪くない味きゅ。おかわりなのきゅー♪」
人の話も聞かずあっという間にキャンディーを食べ終え、あまつさえおかわりまで要求してくるもこもこに、私は少しあきれ気味になって、今しがた言うことができなかった説明を簡潔に伝えることにする。
「言っておくけれど、それ、魔石じゃないわよ?あと、一個しかもっていなかったの。だからもうないわ。もうご馳走様したら?」
「もぎゅ!、魔石じゃないきゅ!?にんげん!だましたきゅね!」
「騙す?そんなつもりはないわよ。大体、あなたが人の話も聞かないで勝手にバリバリ食べちゃったのでしょう?」
もこもこが尻尾を逆立ててこちらを睨んでくるので、私も負けじとにらみ返す。けれど、それも長くは続かずもこもこはすぐに萎んで、また伏せてしまった。
「うぎゅっ、これじゃたりないきゅ~、おなかすいたきゅ~」
「まったく、しょうがないわね。」
(やっぱり、キャンディーじゃ、お腹の足しにはならないわよね。)
私は大げさ気味にため息をついて肩をすめてみる。
けれど、内心ではただ、何とかしてあげたいと、それだけを考えていた。
それに見ていて少し気になったこともある。
(嚙み砕いて食べた、ん~)
気になったこと、それはもこもこのキャンディーの食べ方である。
先ほどもこもこは、キャンディーを魔石と思ってバリバリとかみ砕いて食べてしまった。
たしかに魔石がご飯と言っていたが、まさか、あんなに硬い魔石を経口摂取、しかも噛み砕いて食べているなんて思ってもみなかった。
何か別の方法で魔力だけを皮膚から取り込むのだとばかりと思っていたのだ。
しかし、実際には魔物、少なくとも、もこもこは魔力を魔石から経口摂取しているということで間違いなさそうである。
(魔力を経口摂取する、か・・・何か方法は・・・練った魔力を・・・。)
その時、私の頭の中にある考えがひらめいた!
(そうだわ!これならば、うまくいくかもしれない!練った魔力を打ち出す魔法があるわ!)
私はぐったりしているもこもこに向かって思いついた考えを試してみるため声をかける。
「聞いて、うまくいけば、魔力をおなか一杯食べさせてあげられるかもしれないわ。」
「ほんときゅ?、ならすぐになんとかするきゅ~」
「すぐに出すから、ちょっと待っててね。」
私はもこもこに向けて握った手を突き出すと、人差し指だけをぴんと伸ばして、慎重に魔力を練る。
手元に魔力を収束させた私の「準備はいい?」という呼びかけに、身体を起こしたもこもこは、待ちきれないのか口を開けたまま首だけを動かした。
「行くわよ。」
(バレット・ショット)
そして、指先から魔法弾を打ち出した。
魔法弾は練った魔力を打ち出す攻撃魔法の一種であり、主には害獣や暴徒などを追い払うときなどに使う短距離攻撃魔法である。
魔力の練り方によって形状や打ち出す速度を自由に変えることができ、通常は矢じりのような先端が尖った形で打ち出すのだが、もこもこが食べやすいように、少し丸みを帯びた形にした上で打ち出す速度もゆっくりに調整した。
「おぉ!では、あらためて~、いただきまーす♪ きゅ、はむ、きゅー、はんむ、んー!おいちー!」
私が打ち出す魔法弾をもこもこは次々に口でキャッチして、もぐもぐと咀嚼する。
(やった!うまくいったみたい。・・・それにしても、おいしそうに食べるわね。)
私は打ち出しながら次に打ち出す魔力を練り、また打ち出すを繰り返しながら、もこもこがおいしそうに魔力を食べる姿を見つめた。
(ちょっとだけ、意地悪しちゃおうかな?こうしたらどうなるかしら。)
そのあまりにも愛くるしい姿に、心をくすぐられた私はちょっとした悪戯をしてみることにした。
「あ、ごめんなさい。ちょっと、手元が狂っちゃった。」
「きゅ? はむ!」
もこもこはひょいとジャンプすると、わざと狙いを外した魔法弾をいとも簡単に口に入れた。
(ん~、なかなかやるわね。それなら!)
そうこうしているうちにだんだんと楽しくなってきた私は、打ち出す速度を徐々に上げていくと、いろいろな方向にテンポよく打ち出していく。
「ほら、そっちにも、ほら、今度はこっちよ、ほら、ほら。」
「きゅ、はむ、きゅきゅ、はんむ、きゅ」
それに呼応してもこもこもほい、ほい、と小さな口を大きく開けてキャッチする。
(一発も食べ漏らさないとは、なかなかやるわね。もこもこ。)
しばらく私の手から打ち出される魔法弾を食べていたもこもこは、満足したのか、「もういいきゅ」と私を止めて、今は猫のように前足をぺろぺろしながら、頭上で満足そうな表情を浮かべている。
「きゅ~♪ まんぷく、まんぷく~」
「それはよかったわね。」
(私は今もお腹ペコペコよ。)
もこもこが食べているの見ていたら、忘れたはずの空腹を思い出してしまった。
もこもこはこの森に棲む魔物なのだから、森には詳しいはずである。
それに、誰かに人間のことを聞いたと言っていた、その人のところに行くことが出来れば何か食べ物を分けてもらえるかもしれない。
そして、今なら、もこもこもその人の居場所を教えてくれるかもしれない。
先行き真っ黒な食糧確保に希望の光が差してきた私は、さっそくもこもこに聞いてみることにした。
「ところで、あなたに聞きた・・・」
「そういえば、にんげん、あんなところでなにしてたきゅ? ウツシヨから来た人間なら早く、カクリヨに行く門のところに行くきゅ」
私の言葉を遮ったもこもこの聞きなれない言葉に、私の頭には???がたくさん浮かんだ。
(うつしよ? かくりよ? 今まで聞いたことない言葉ね。かくりよの門に行けってどういうことかしら・・・?まぁ、後で聞いてみればいいわ、今はそんなことより食料調達が最優先よ。)
「うつしよだとか、かくりよだとか、よくわからないけれど、私はこの森で何か食べるものを探すつもりだったのよ。でも、見ての通り周りは真っ黒でなかなか見つけられそうにないの。それで、もしよければあなたが人間のことを聞いたという人のところに案内してはもらえないかしら?」
「きゅ~? 周りが真っ黒?? きゅ~、人間の食べ物きゅね~」
もこもこはなぜか首をかしげるが、すぐに。
「良いきゅよ。ご飯を食べさせてくれたお礼に特別に案内してやるきゅ、こっちきゅー!」
「ほんと!よかった!それなら早速ー・・・って、なんで?」
私が歓喜したのもつかの間、樹木から飛び降りたもこもこはすとんっと私の肩に乗り、後ろ脚で頭にしがみつくと、短い前脚をピッと伸ばして進行方向を指し示す。
「にんげん、早く歩くきゅ~、ぺしぺしー」
「ちょっと・・・、分かったわよ。はいはい、こっちに進めばいいのね。」
(ぺしぺし、頭をたたかないでくれる?馬じゃないの、私は。)
もこもこはてこでも動きそうになかったため、私は仕方なく肩にもこもこを載せて歩き出した。
ちなみに「どうして肩の上に乗るの?」という私の問いかけに、もこもこが「食べ過ぎて動けないきゅ」と答えた時にはさすがに開いた口がふさがらなかった。
(でもまあ、いいかしら、首元が、ふかふかして、あったかいし♪)
「にんげんの頭はお花畑みたいきゅー、いいにおいがするー」
道すがら私の頭をお花畑扱いし、肩の上ので大はしゃぎしているもこもこは、ぷっくりとしたピンク色の鼻を黒髪にこすりつけてながらクンクンと鼻を鳴らす。
その行為にたまらず私は声を荒げた。
「ちょっと!、やめて頂戴!髪は命の次に大事なんだから!もう!くしゃくしゃになっちゃうでしょ!」
私は今まで家族とだってしたことがないような、こんな馴れ合いみたいなことが出来る日が来るなんて想像もしていなかった。
しかもそれが、魔物とだなんて誰が予測できただろうか。
(いけない、その前にやっておくことがあったのだったわ。お互いにいつまでもあなた、だのにんげんだのでは問題があるものね。)
私は歩みの速度を少し落としてもこもこに話しかける。
「そういえば、まだ名乗っていなかったわね。私の名はアルスリンデ=セルグートよ。あなたの名前は?」
「きゅ?きゅきゅの名前はきゅきゅっていうのきゅ。」
(ふむ、きゅきゅ? それ、誰がつけたの?何かにつけて語尾にきゅ、きゅ、ってつけてるから?やっぱり、これから行くところの人よね?そもそもその語尾もその人が教えたの?)
「アルス、リンデ・・・長いからきゅきゅはにんげんのことをアルスってよぶことにするきゅ。」
私の名前が長いというきゅきゅはさっそく私を家族のように愛称で呼ぶことにしたようだ。ちなみに私をその名で呼んでも許されるのは、皇族の方々かお父様を筆頭とした公爵家の人間だけなのだが。
まぁいい、それならば私も。
「それでいいわ。じゃぁ、私は、あなたのことをもこもこって呼ぶことにするわ。いいかしら?」
「きゅ?もこもこ?そんなのダメに決まってるきゅ!」
「いいじゃない、あなたの姿にぴったりだと思うのだけど?それに、もこもこってとってもかわいいでしょ?それにこの際だから語尾もきゅ、じゃなくて、もこ、にしてみたらどうかしら?」
「きゅー!よくない!ぷんすこ、ぷんすこ、きゅ!ぺしぺし、ぺしぺし。」
「ぺしぺしやめて。冗談よ、よろしくね、きゅきゅ。」
「ん、よろしくなのきゅ、アルス。」
もこもこ改め、きゅきゅを仲間に加えた私は、これまで一人でただ黙々と当てもなく歩いていた時とは打って変わって、明確な目的地に向かって真っ暗な森の中を進んでいく。進んでいるのは私だけれど。
そしてーー。
「これは・・・」
きゅきゅに案内され、ひと際深い茂みを抜けた先に広がっていたのは、今までの世界からは到底想像もできない光景だった。
澄み切った青い空には真っ白な雲が浮かび、空の高いところから流れ落ちてくる滝は青々とした芝生の平原に美しい湖を作る。
流れ落ちた水は湖面にぶつかると、力強くもなめらかな飛沫をあげ、キラキラと輝きながら七色の虹を作っていた。
周りには枝先にみずみずしそうな果実を実らせた木々が立ち、いたるところに色とりどりの花が咲き乱れ、鳥が歌い蝶が舞う。
(綺麗・・・)
まさに、物語の主人公が冒険の末にたどり着いた、桃源郷と言っても差し支えないその光景は今まで見たどの景色よりも美しく、幻想的で私はただただ息を飲むことしかできなかった。
惚けていた私に、きゅきゅは。
「アルス、きゅきゅは先に行ってるきゅ」
肩からひょいっと、芝生の上に降り立ち先に向かって走り出した。
「あ、ちょっと、きゅきゅ」
しかし、すぐに立ちどまり私のほうを振り返り。
「アルスもはやくこっちにくるきゅー。この先きゅー」
「待ちなさいって。」
私は小さくなってゆくきゅきゅの背中を追って走り出した。
そして、きゅきゅを追ってたどり着いた湖のほとりのには、真っ白なガゼボが立っていた。
ガゼボには先に着いていたきゅきゅともう一人の姿が、明るい色の髪を風になびかせ、小鳥たちに囲まれてゆったりとティーカップを傾ける女性の姿があった。
「あら?」
私の姿に気がついた女性はテーブルの上にティーカップを置いて立ち上がり、足元に控えるきゅきゅを抱き上げると悠々とした足取りで私に向かって歩いてきて優しく微笑んだ。
「はじめまして、私は記憶を司る女神、名をマーリスと申します。」
マーリスと名乗る女性は、抱きかかえたきゅきゅの頭をゆったりと撫でながら、とても穏やかな表情で私に微笑みかける。
そして、そんなの様子とは裏腹に、次に彼女が放った言葉に私は衝撃を受けることになった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
アルスリンデがセレスティアからキャンディーを貰ったのは一話です(加筆しております。)
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魔法弾:Bullet Shot