6話 暗黒の森2ー子犬か義務か食料かー
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「故国の才女は存在自体がチートでした」6話になります。
お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
「いいかげんにーー!」
「きゅー!!はなしてー!やめてー!愛玩動物になんてなりたくないきゅー!」
「ーー大人しくしなさい!って言って・・・はぁ!?もこもこ、しゃべれるの!?!?」
私は腕の中で暴れている可愛らしい子犬に目を見張った。
(嘘でしょ・・・、こんなにかわいいのに、この子は・・・)
それと同時にある本の一節を思い出し、沸騰した怒りは急激に冷めていき逆に背筋を凍らせる。
その本にはこう書かれていた。
魔物には、人の言葉を理解し話すことのできる者達が居る
魔物とは、もともと動物であったが魔力密度が高い環境下に長期にわたって曝されたことで、体構造が著しく変化した種であり、身体は強靭で魔法に対する耐性が高く本質的に非常に好戦的な性質をしている。
また、生殖能力は非常に優れており、加えて早熟であるため生息地においては、常に大群状態であると考えられがちであるが実際のところそのようなことはない。
これは、魔物が構築する共同体において本能的に個体調整が行われているのではないかと考えられている。
魔物の生息地は世界各地に点在しており、とりわけ高魔力密度領域に多く生息していることが分かっている。
この高魔力密度領域には、樹齢の長い樹木が多く自生する森の深部や各地に点在するダンジョン内とその周辺などが挙げられ、このような高魔力密度領域を好むのは魔力を活力にすることが可能なように変化した結果であると考えられているが、魔物がどのようにして魔力を摂取しているのか未だに分かっていない。
これについて最も有力視されている説として、空間中の魔力を表皮より摂取している経皮吸収説が挙げられる。
~~中略~~
前述の通り高魔力密度領域は人が定住するには不向きな環境であることが多いため、我々の日々の営みにおいて魔物と生活圏が交わることは稀である。
しかしながら、領地開拓やダンジョンの探索などで運悪くも遭遇してしまったならば、それは大きな脅威であり、これを取り除くためにこれまで多くの血が流されてきたことは事実である。
(著:アストロメリア聖教会 「神々より賜った世界」より抜粋)
というのが、今日における魔物について万人の知るところである。
しかし、何事にも例外はあるもので、私の祖国であるル・バニア皇国では人と魔物の生活圏が完全に交わってしまっていた。
なぜかというと、皇国には領土の至る所に魔力密度の高い場所、高魔力密度領域が存在しているという他国にはない特徴があるからだ。
これは魔力を動力源とする優れた生活基盤を構築したことで急速に発展してきた皇国にとって大きな利点であると同時にそこを治める貴族にとって頭の痛い問題でもあった。
その最たるものとして、大群と呼ばれる魔物の大量発生がある。
この点も例外として皇国国内の高魔力密度領域では魔物たちの個体調整が行われていないのだ。なので、放っておくとすぐに大群状態となり、一旦それが起こってしまうとしまいには群をなして近くの町や村に押し寄せすべてを蹂躙し、破壊し尽くしてしまうのであった。
これに対処するため皇国では領地内に高魔力密度領域を持つ貴族には魔物の監視と定期的な討伐を行うことが義務として課せられおり、この討伐は治める貴族自ら率いる騎士団や貴族から依頼を受けた冒険者ギルドにより行われているのだ。
その為、各地を治める貴族達は領内の魔物の生息数に目を光らせ、義務として自身や己の子や孫を戦えるように教育・訓練しているのである。
このことは私のような令嬢も例外ではなく、愛する祖国を、自国民を守るため、幼い頃から大いなる力と責任、すなわちノブレス・オブリージュについてしつこい程に教えられ、鍛えられ、その義務や考え方が脈々と受け継がれていた。
皇国貴族として生まれたからには、女子供だからとそれらから目を背けることは決して許されないのである。
それでも大群とまではいかないにしても、魔物による被害を完全に防ぐことは難しく、年に何度かは街道や人里に出没した魔物により人命が失われたり、交易品や農作物などに被害が出ているのが現状であった。
また、討伐遠征によって尊い犠牲となる騎士や冒険者も多い。
したがって、ル・バニア皇国では魔物は人間にとって恐怖の対象であると同時に忌むべき、見つけたならば、可及的速やかに対処しなければならない存在として認識されているのである。
そして今、私の腕の中では言葉を話すかわいい子犬、全力で守ってあげたくなるような愛らしい子犬のような、魔物が暴れているわけであるが。
(この子は・・・魔物。忌むべき、討伐対象)
腕の中で暴れ喚いているこの小さな動物は魔物だったのだ。
「きゅきゅは!誰かのペットにはならないきゅー!」
私は迷っている。どうすべきか、そんなことは考えなくても決まっている。
もこもこが魔物であると知ってしまったからには、義務を果たさなければ。
しかし。
それでも、腕の中の小さな子犬が私たちの言葉を理解できるのならば話してみたい。普段どんなことを考え、私たち人間をどう思っているのか直接言葉で聞いてみたい。何よりもこもこのことをもっと知りたい!だから。
(それに酷いこと、できるわけないじゃない、だって、この子はこんなにかわいいのだもの。)
そうだ、貴族の義務なんて今の私には関係ない。
そんなものは、一歩踏み出したあの時、あの場所に捨てて来た。
見た目で義務を捨てて何が悪い。かわいいものは、かわいいのだ。何より私は、やりたいことをやりたいようにすると、もう決めたのだから。
私はなおも腕から抜け出そうと暴れている可愛らしい魔物と会話してみようと決めた。
「待って、待って!あなたをどこかに売ったりするつもりなんてないわ、お願いだから、落ち着いて!」
私がそう言うと、もこもこはピタリと動きを止め、宝石のような美しい碧眼をこちらに向けた。
「きゅ? きゅきゅをペットにしないきゅ?」
(言葉が通じたわ!)
言葉による意思疎通ができたことに安心した私は、もこもこを押さえつけていた腕の力を少し緩めてうんうんと頷いてから言葉を続けた。
「先ほども言ったけれど、あなたを売ろうだなんて、そんなことは考えてないわ。ただ、その、少しだけこうして抱っこさせてほしかっただけよ。」
うっすらと愛玩動物にしたいなと思ったこともないけれど。それはこの際おくびにも出さないでおく。
「きゅー!そんなのしんじられないきゅ。」
もこもこは、ここぞとばかりに抑えの緩んだ私の腕から抜け出すと、近くに生えていた樹木に飛び移り、素早く登って枝まで辿り着くと、そこから私を見下ろした。
(あ〜ぁ、もう少し抱っこしてたかったのに、もう終わりなの、残念ね。)
私は背伸びをしても手の届かないところに行ってしまったもこもこを見上げながら、まだ少しぬくもりとふわふわな感触の残るてもちぶたさな腕を下ろした。
「にんげん、ひどいきゅ、とーっても怖い顔で追いかけてきたと思ったら、魔法でぽーんとおそらにとばされたきゅ。にんげんになんてぜーったいに抱っこなんてさせてあげないんだきゅ、あっかんべーだ、きゅっ。」
もこもこはこれ見よがしにピンク色のきれいな舌を突き出した。
何それ、かわいい。
「それは・・・あなたが急に逃げ出したからでしょ?条件反射よ、私たち人間は逃げられると、捕まえたくなる生き物なの、仕方ないのよ。」
もふもふするために仕方がない(?)とはいえ、魔法を使ってまでして空に飛ばしてしまったのは事実なわけで、少なからず罪悪感を感じるものの、ここで非を認めてしまえばこちらの立場が悪くなってしまう。
もこもこがあまりに愛らしい見た目をしているため思わず忘れそうになってしまうが、相手は魔物であり、性質は狂暴なのだ。
魔物の共同体において「下」とは、すなわち「狩られる」であると考えられているから、多少こじつけ感が否めない言い訳だけれど、強気な態度を崩すわけにはいかないのである。
「適当なこと言うなきゅ!人間は、欲深くて、ずる賢い生き物と聞いたきゅ、きっと、愛玩動物にしてもふもふ三昧しようとか思ってたに違いないきゅ!」
(ぎくり)
「エー? ソンナコト、オモッテナイワヨー、ヤネー。」
もこもこは、ピンク色の鼻をぷんすこぷんすこ、鳴らしながら、先ほどと同じようにべーっと舌を出した後、今度はぷぃっと横を向いて頬を膨らませた。
それ! べっーってやつ! かわいい!もふもふしたい!
(人間は欲深くて、ずる賢い生き物ね。その通りだと思うわ。それにしても、もこもこはいったい誰にそんなことを聞いたのかしら?)
まだ、少ししか言葉を交わしていないけれど、魔物と会話できるなんて初めての体験で私はわくわくしていた。もっと話してみたい。私のもこもこへの興味はさらに膨らんでいく。
それに、人間のことを誰かから聞いたと言う。それはすなわち、この真っ黒なだけの奇妙な世界のどこかに私以外の人間が居るということである。
(一体どんな人物なのかしら?)
もこもこを見上げながらその人物について考えていると、ぎゅるるるる~という、奇妙な音が聞こえてきた。
すると、先ほどまでぷんぷんと頬を膨らませていたもこもこは、両方の前脚で真っ白でふかふかのお腹をさすり、さすり、ながらしょんぼりとしてしまった。
しょんぼりとしたところも、かわいい。
「きゅぅ~、おなかすいたきゅ。」
「あなた、お腹すいてるの?」
(お腹がすいた、ね。)
生物捕獲作戦があったから、後回しにしてしまったけれど、私は早急に食料を探さなくてはならないのである。
もこもこを追いかけてかなり森の奥の方まで来たけれど、たとえそれがなかったとしても食料を確保するために森の中を探索するつもりだったのだ。
しかし、周りの風景は相変わらず真っ黒なまま。これから一人で探したところで活路を見出せる気が全くしない。
「おなかがすいてうごけないきゅ~」
もこもこはよほどお腹がすいているのか、身体を起こしているのも辛いようで、すでに伏せの状態になってしまっている。
(こんなに辛そうなのだから、何とかしてあげたいけれど・・・でも、私も。)
少し悩んだけれど、結局私は自分の食料のことは後回しにすることにした。
もこもこがどんなものを食べているのか、食料が本当に魔力なのだとしたら、いったいどうやって食べているのか、興味があったというのもあるけれど。
「それは気の毒ね。私でよければ、食べ物をとってきてあげるわよ?」
「きゅ?にんげん、ごはんくれるのきゅ?」
もこもこは私の言葉に即座に体を起こして、期待を込めた視線をこちらに向けた。安請け合いしすぎたかもしれない・・・。
「ええと、木の実でもなんでもほしいものを言って、探してきてあげるわ。」
「木の実? 木の実なんて食べないきゅ、おいしくないきゅ。きゅきゅのご飯は魔石なのきゅ~」
「魔石?魔石って、あの硬い魔石?」
(へぇ・・・。やっぱり魔力なのね、確かに魔力を摂取するには最適だけれど。でも、魔石となると、困ったわね。)
魔石とは、地中の堆積物が魔力によって長い時間をかけて石化した物だ。非常に硬く魔力を蓄える事ができる鉱石である。
地中深くに埋まっているため、まとまった量を入手するには鉱脈を探し当てそこから掘り出す必要があり、おいそれと手に入れることはできない。
稀に地表に露出したものを採取できる場合があるが、ほとんどは魔力が抜けてしまっているクズ石ばかりであり、私たちが手に入れる場合は魔石商と呼ばれる専門の商人から購入するのが普通である。
魔石の用途は魔具などの動力源が主である。
魔具は魔力を動力源として動く道具の総称で、様々な機能の物が存在し普通は使用者が自身の魔力を流し込む必要があるが、代わりに魔石を使うことで魔力量がそれほど多くない、あるいは魔力を持っていない魔法を持たざる者達でも魔具を使う事ができるため、魔石は非常に重宝されているのであった。
大きさや純度によって蓄えた魔力量に差が出るため、大きく質の良い物はそれなりの金額で取引されている。
(ここに魔石商がいるとも思えないし・・・やっぱり、木の実を探すしかないかしら?)
とはいえ、あんな期待に満ちた顔をさせておいて、美味しくもない木の実はおろか何もないというのはとても忍びない。
私は何か代わりになりそうなものを持っていないかドレスの袖口のポケットを探ってみた。
すると、何か指先に触れたので取り出してみると、それはきれいな紙に包まれた小石ほどの大きさの丸いものだった。
(あぁ、これはー。)
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