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1話 皇国の才女1ー公爵令嬢ー

「故国の才女は存在自体がチートでした」初投稿になります。

1ヶ月ペースで更新できればと思っております。

お付き合いのほどよろしくお願いいたします。


24/10/11

一部、加筆・修正を行いました。


24/12/09

一部、加筆・修正を行いました。

セレスティアがアルスリンデにキャンディーを渡すエピソードを追加。


25/01/18

一部修正を行いました。


「おねえさまー、おべんきょうはおわられましたかー?あそびましょー」


午前の講義を終えたアルスリンデは自室で遅めの昼食をとり終え、次の講義までの束の間の休息にゆっくりと紅茶を楽しんでいた。

そこに妹のセレスティアが満面の笑みで部屋に飛び込んできたのだった。


セレスティアのすぐ後ろに立つ侍女は申し訳なさそうな様子でアルスリンデの顔色を窺っている。


今年で八歳になるアルスリンデは、セルグート公爵家の長女としてふさわしい教養を身につけるため、日々複数の講師陣による分刻みのカリキュラムが組まれていた。

普段であれば昼食後にのんびりと紅茶を楽しんでいるような時間はなく、今日は()()()()次の講義まで少し時間があったからできたことだった。


突然の訪問者にアルスリンデは嫌な顔を一つせず飲みかけの紅茶を静かにテーブルの上に置き、壁際に控える侍女に視線を向ける。

アルスリンデの視線に意図をくみ取った侍女は柱の時計をさり気なく見ると、小さく頭を下げた。


それを確認したアルスリンデがセレスティアにおいでおいでと、手招きをするとセレスティアは、ぱっとエメラルドグリーンの瞳を輝かせ勢いよく膝元に抱きつき、アルスリンデの淡い色のシンプルなドレスに顔をうずめた。


「はしたないですよ」と侍女にいさめられるセレスティアだったが、まったく意に介さずアルスリンデの膝元にぐりぐりと頬を押し当てる。

セレスティアのゆるくウェーブのかかった美しい銀色の髪が揺れるたび、ふわりと甘いガーデニアの香りがあたりに広がりアルスリンデは美しい香りに包まれながら、久方ぶりの愛らしい最愛の妹の髪をゆっくりと撫でてやさしく微笑んだ。


アルスリンデには膝元で甘えている四つ年下の異母妹であるセレスティアと二つ年上の異母兄のフロストがいた。

フロストはセレスティアの実兄でセレスティア同様にウェーブのかかった銀髪に切れ長で深緑の瞳を持つ美少年で、アルスリンデとは異母兄妹の関係であり将来のセルグート公爵となる人物であった。

現在は皇立の学園に通っているため寮生活をしている。

フロストとセレスティアの母は皇国の名門貴族の令嬢でセルグート公爵の正妻であった。


そして、アルスリンデの母の身分は平民だったが皇国のとある研究所に最年少で入局した才女であり、後に公爵家に引き抜かれて公爵家お抱えの学者となった。

また、皇都でも噂になるほど容姿端麗であったためすぐに公爵に見初められアルスリンデを身ごもったことで側妻となったのであった。

しかし、その母はアルスリンデが生まれてすぐに亡くなったためすでにこの世にはいなかった。


よって公爵家の長女のアルスリンデは庶子であり母親は平民の身分である。

皇国では貴族の家門に子女が誕生した場合、国への届け出は法で定められている為、当然のこととして、他家に対してもその出自などを公表することが習わしとなっていた。


アルスリンデについて公爵家は国への届け出は行なったが、その他についてはあくまで習わしであり、()()()()()として一切公表を行わなかった。

しかし、アルスリンデの出自が皇国でも力のある公爵家と()()平民文官の娘ということもあり、あえて公爵家が公表せずとも噂の好きな貴族たちの間で広まるのに大して時間はかからなかった。

そしてそれは、公爵家の政敵にとって格好の攻撃材料となり、彼らはアルスリンデに対して集中砲火を行い、根も葉もない噂を流してはアルスリンデひいては公爵家に対してマイナスイメージを周囲に植え付けていったのだった。

その為に他家で開かれるお茶会に参加したアルスリンデへの差別的な()()()()はそれなりにあったのだった。


しかし、そのような風当たりはすぐに止むことになる。

なぜならばアルスリンデは母親に負けず劣らず、むしろそれ凌駕する才能と容姿の持ち主だったからだ。

加えて、それらを誇張したり誇示するような事もなく、何事にも勤勉で努力を惜しまない、困っている人がいれば自身の損得に関係なく手を差し伸べられる人間性は貴族であれ平民であれ関係なく誰にでも好かれた。

悪意によって植え付けられたマイナスイメージは瞬く間に払拭され、逆に敵を味方に取り込んでしまうほどであった。


「いいわよ、一緒に遊びましょ。でも、次のお勉強があるからあの時計の長い針、分針が半分進むまでね。」


それを聞いたセレスティアはドレスにうずめていた顔をぱっと上げ、大きなエメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせる。

アルスリンデの「なにして遊ぶ?」という問いかけに、セレスティア迷うことなく「かくれんぼ!」と元気よく答えた。


この【かくれんぼ】という遊びはこの国の建国にまつわる話が題材となっている子供の遊びである。

ルールは簡単でまず参加者は魔物役と聖女・勇者役に分かれる。魔物役は決められた時間でどこかに隠れ、時間が経ったら聖女・勇者役が協力して隠れた魔物役を探し出す、というものだ。

この国では非常にポピュラーで老若男女、貴族、平民に分け隔てなくだれでも知っている遊びだった。


「おねえさま、ありがとう。このまえは私がまもの役だったから、今日は私がせいじょ様役ね」


「わかったわ、じゃぁ、隠れるわね。時計の一番動く針、秒針が一周したら探しにきてね。」

「うんっ!」っと元気よく返事をして、ぱっとアルスリンデから離れたセレスティアは、ぱたぱたと小走りで時計の前まで行こうとするが、すぐに何かを思い出したのかアルスリンデのところに戻ってくる。

部屋から出ようとしていたアルスリンデは先ほどとは打って変わって心なしか緊張した表情のセレスティアに声をかけた。


「どうかしたの?」


アルスリンデがそう問いかけてもセレスティアはなかなか言い出そうとはせず、もじもじとしていて何か言いにくいことを伝えようとしているのか、うつむき加減でアルスリンデを見た後、壁際に控えている侍女たちのほうにちらり、ちらりと数回視線を走らせた。


そのセレスティアの仕草から言わんとしていることを察したアルスリンデは少し屈みこんで、セレスティアの耳元に顔を近づけると、手をかざして口元を隠して周りに聞こえないくらいの声量で問いかけた。


「内緒話?」


セレスティアは壁際を気にしながら少し頷くと、口元に両手をかざしてアルスリンデの耳元でささやく。


「おねえさまに、お渡ししたいものがあったのです。」


「あら?なにかしら?」


アルスリンデが尋ねると、セレスティアはドレスの袖口の内側につけられた小さなポケットからきれいな包装紙で包まれた小さな包みを取り出し、そろりとアルスリンデに差し出した。

アルスリンデは壁際の侍女たちに分からないように優しくそれを受け取ると、ちらりと一瞥してから自分の袖口のポケットに包みをしまい込んでから小さな声で問いかけた。


「丸くてかたいもののようだけれど、これは?」


「ええと、そちらは、きゃんでぃというお菓子で、リアにお願いして内緒で買ってきてもらったものです。あまくてとてもおいしいので、どうしてもお姉様にお渡ししたくて。その・・・」


セレスティアから手渡されたキャンディーの事ならば、アルスリンデも耳にしたことがあった。仕事中でもこっそりと口に入れることができるお菓子として屋敷の侍女たちの間で人気があったからだ。

そのキャンディーは西方の国で昔から作られていた飴という砂糖菓子が元になっている、それを皇都のとある商会が様々なフレーバーでアレンジして売り出しているものだった。


セレスティアがキャンディをアルスリンデに手渡す、いかに規律の厳しい公爵令嬢といっても物を渡すくらいならば何も気にする必要などない。

セレスティアがそれだけのことで壁際に控えている侍女の目を気にしているのには、彼女の渡そうとしているものが口に入れるものだからに他ならない。


公爵令嬢であるアルスリンデやセレスティアが口にしていいものは、決められたルートで入手しそれが彼女らの前に並べられるまでに決められた手順を通過したものだけである。

それは専属の料理人が作ったものか、念入りに調査された出入りの商人から購入したもので、しっかりと毒見が済まされたもの以外は決して口にしてはならないと決められていた。

市井で買って来たものなど決して口にしてはならないのだ、そして、もしこのことが誰かに知られれば、令嬢に頼まれたとはいっても買って来た侍女には厳しい処分が下ることは間違いがない。


とはいえ、セレスティア自身が渡そうとしているものが食べ物ではないと言い張ってしまえば、おそらくそれ以上追及されることはないのだが、正直で心根が優しいセレスティアにはそれが難しかった。


アルスリンデがほんの少し離れたところに控える、セレスティア付の侍女、リアリニスに顔を向けると、侍女はまっすぐ伸ばした人差し指を唇に軽く当ててからにっこりと微笑んだ。


「ありがとう、後でこっそり頂くことにするわ。」とアルスリンデが優しく微笑んだのを確認したセレスティアは、顔を上げてにっこりと頷くと、ぱたぱたと元気よく時計まで行き文字盤を見上げ、今度こそ秒針の動きに合わせて、いーち、にーい、と数え始めた。


その光景に後ろ髪を引かれる思いで自室を後にしたアルスリンデは毛足の長い絨毯の敷き詰められた長い廊下を歩きながら隠れる場所について思案を始めたのだった。


皇都にあるこのセルグート公爵家のタウンハウスは公爵領のカントリーハウスには及ばないにしてもかなりの広さがある。

敷地内には自然に近い湖や森があり屋敷内にも立ち入りが禁止されているような場所が複数あるため、アルスリンデ達がかくれんぼで使用可能な範囲は決められておりアルスリンデの自室のある階とその階下までだった。


特に今日はアルスリンデに許された時間は限られていることもあり、セレスティアが探すのに時間のかかるような場所は外しておかねばならないので隠れる候補はさらに絞られる。


かといって簡単に見つかってしまう場所も面白みに欠けるので、それもどうかとアルスリンデは考えていた。

それらを勘案して候補を絞っていくとおのずと使える部屋は限られてくる。


隠れるのにぴったりな場所が思い当たり目的地を定めたアルスリンデは、ちらりと後ろを確認する。

すると、アルスリンデの後ろを数メートルほど離れて護衛の女性騎士がついてきていた。


それを見たアルスリンデは小さくため息をつく、自分くらいの年齢の貴族令嬢であれば屋敷内とはいえ護衛が付き添うのは当たり前のことだとアルスリンデも分かっている。

しかし、本音をいえば遊びの時間くらいは自由にさせてほしい。

それに、一緒に隠れてくれるならまだしも隠れた部屋の外で立たれていたのでは『かくれんぼ』にならないではないか。

聖女様に()()()()()()()()()と教えているようなものだ、と思っていたのだ。


アルスリンデは立ち止まって、くるりと身体の向きを変え、今来た廊下を戻り始めた。

護衛騎士の女性は自分のほうに向かって歩いてくるアルスリンデの姿に即座に反応すると、剣に手を添え、肩で綺麗に切りそろえられたブロンドの髪を静かに揺らしながら、小走りで駆け寄り声をかけた。


「お嬢様、何かお気にさわることがございましたか?」


「いいえ、何もないわ。ただ、アルティにお願いがあるの」


「私にお願い?何でございましょう?」

普段は滅多に聞くことのないアルスリンデからのお願いという言葉に護衛の騎士、アルティシアは先ほどまでの険しい表情をフッと緩めると柔らかく微笑んだ。


「少しの間、()()()ほしいの。セレスティアと遊んでいる間だけでいいわ。」

それもつかの間、アルスリンデの『外してほしい』というお願いを聞いた、アルティシアは今度は申し訳なさと憐れみの混じった表情をして頭を下げる。そしてその表情とは対照的にはっきりとした声で告げた。


「申し訳ございません。それはできかねます。」


「ここは公爵家の屋敷の中よ?護衛が必要なほどの危険なんてどこにもないと思うのだけど?」

食い下がり気味のアルスリンデの言葉に頭を下げたまま、微動だにしないアルティシアの姿にこれ以上交渉することを諦めたアルスリンデはすんなりと引き下がると、「そう、分かったわ。ごめんなさい、お役目、ご苦労様。」とアルティシアの労をねぎらいながら、引き返した廊下をまた歩き出した。


アルティシアはさらに頭を下げながらその姿を見送る、アルスリンデと護衛の騎士は元の位置関係に戻った。


護衛の騎士との交渉が決裂したアルスリンデは歩きながら次の手を考え始めた。

なんとか護衛から離れられて、どうせならもっとかくれんぼが”楽しくなる”方法は・・・とアルスリンデは考えた。


ちょうど廊下の曲がり角に差し掛かっていたアルスリンデの目に白い大理石で作られた明るいバルコニーが目に入る。

すべて大理石で作られたこの美しいバルコニーは各階の同じ位置に設けられており、バルコニーからは敷地内に造営された庭園や森、湖を一望することができた。

そしてバルコニーが目に入ったアルスリンデの心に先ほど取り付く島もなく断られた腹いせか、ふつふつと()()()()心が湧き上がってくる。


アルスリンデはすまし顔をしてスタスタと早足で歩き、突き当たった廊下の角を曲がる。

角を曲がると素早く各階にそれぞれ設けられている物見用のバルコニーに飛び込んだ。


白く明るいバルコニーに飛び出したアルスリンデは立ち止まることなく飛び出した勢いのまま、廊下からは死角になっている、高さにしてアルリンデの背丈の半分以上ある手すりに片手を置き軽やかに跳び上がる。


手すりと身体が水平になるくらい飛び上がり、軽く飛び越え空中に身を乗り出すと、手すりに置いた手を軸にして曲芸師のように手すりの上でくるりと身体を180度回転させ身体の向きを変えた。

ドレスと長い黒髪がふわりと広がり自由落下による一瞬の浮遊感の後、階下バルコニーの白い手すりに両手と両足を引っ掛けて落下の勢いを殺す。


そして、フッと短く息を吐くと四肢にぐっと力を入れて勢いをつけ、身体を小さく丸めると掴んでいた階下の手すりを飛び越えて静かに着地した。

すぐに立ち上がるとサッと壁を背にして廊下を覗き込む、廊下に人影がないことを確認したアルスリンデは、バルコニーの向かいの『書庫室』と書かれた金色のプレートがつけられた目的の部屋に滑りこみ、静かに扉を閉じた。


◇◇◇◇◇


アルスリンデから数メートルほど離れて追従していたアルティシアは、先ほどのやり取りを思い返しながら、その小さな後ろ姿を目で追っていた。


アルティシアの家、カーバイト家は代々皇帝陛下より騎士爵の称号を戴く騎士道の名門として、皇族家や公爵家の近衛騎士を務めていた。

騎士道に性差は関係がないと言われているがその役目の性質上、実際は男社会であり特にカーバイト家は名門であったため、当然ながら、カーバイト家の跡取りに男子が望まれた。


しかし、残念ながら男子は生まれなかった。

よって、長女であったアルティシアは次期カーバイト騎士爵として日々、厳しい訓練に明け暮れることになったのだ。


それは辛い訓練の日々であったが、十分とはいえないにしても、それでも自由な時間はあった。

しかし、先を行く小さな背中の少女はどうか、当時の自分と比較してもアルスリンデに自由な時間はほとんどと言ってもいいほどなく、朝から晩まで常に勉強か訓練の毎日だったのだ。

その姿を近くで気の毒に思っていたのは確かだったが、アルティシアには次期カーバイト騎士爵としての面目があった。


セルグート公爵家は皇都でも指折りの大貴族であり、その長女であるアルスリンデは並外れた才能を持ち、皇帝陛下も一目置く存在だ。もしものことがあれば騎士爵家の面目どころの話ではない。

たとえ、滅多に誰かにお願い事をすることのないアルスリンデが、自分に対して言ってくれたのをうれしく思ったとしても、場所がどこよりも警備の厳重な屋敷内であったとしても、簡単にそれを聞くわけにはいかないのだ。


気がつけば毛足の長い廊下をじっと見つめていたアルティシアは、公務中であることを思い出し急いで顔を上げる。しかし、視線を上げた先には誰も居なかった。廊下の曲がり角があるだけだ。嫌な予感がした。


急いで後を追うために廊下の角を曲がったが、その先にも誰の姿もなく無数の窓からやわらかな日の差し込む長い廊下が静かに続いているだけだった。


護衛の騎士は瞬時にアルスリンデの思惑を理解しほんの一瞬、目を閉じて()()()()と苦々しいの表情を浮かべる。

そして、急いでバルコニーを確認するがそこに姿や気配はなく、アルスリンデが何らかの魔法を使用して雲隠れしたような魔力残滓も感じられなかった。


廊下に戻り一番近くの部屋の中を確認するため扉口で室内の様子を確認する、がここにも気配はない。

護衛の女性騎士は表情を引き締め、静かに部屋を後にすると誰もいないバルコニーの手すりをひと睨みしてから少し遠い階段を目指して全速力で駆けていった。


護衛対象の小さな魔物を探すために。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

次回鋭意執筆中です。

まだまだ暑い日が続きますが、今後ともよろしくお願いいたします。

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