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超電運送 カタグルボッツ

 量子の光になった僕は、静止衛星軌道上の量子光学インフラ統制人工天体こと、超ISS級ロボット・アトラスボッツに転送されてきた。


「何度見てもすごい迫力だね!」

『興奮しすぎて落ちるなよ、ススム』


 目の前に存在する巨大ロボットに、ススムは興奮していた。アトラスボッツは筋骨隆々な首無しの巨人で、左腕には「NEXTレスキュー」の文字が入った滑走路が固定されている。

 ススムは現在、この滑走路を本体側に向かって移動中。


 短い黒髪に黒目の少年で、年は13。宇宙服も兼ねた「ミライ運送」の制服に身を包んだ彼は今、相棒……独立機動型人機・カタグルボッツ……ヒューマンコラボ社製・型式名称アドバンテス6型 通称クローに、肩車状態で固定されている。

 クローは白と紺色で構成された、150cm程の高さの男性型で、ぱっと見は流線形のディフォルメされたパワードスーツだった。


「カタグルドッキング中だから、大丈夫だよ」


 カタグルボッツとは、2050年現在、超高齢化社会となった労働力の担い手として開発されたAIを搭載したロボットだ。

 ロボットの制御者『カタクルー』は、人間にしか行使できない権利や判断をするために存在する。作業を行う際は、カタクルーはカタグルドッキングという状態で、カタグルボッツを操作するのだ。


 アトラスボッツは、これから利用する、量子光学通信式転送発信機(デジタルトランスポートゲート 通称デジタルゲート)を各地へと繋いでいる重要拠点で、ススムもまた、デジタルゲートを利用し、配達に向かう途中であった。

 

「最終目的地は日本の裏側、ウルグアイ!」

『途中、ISSを経由する……ゲート酔いに注意せよ』

「まだ半人前扱い? もう13歳にもなるんだし、ルーキー扱いはやめてよ!」

『一人前扱いされたければ、常に冷静でいることだ。ススム』


 南緯34度53分0秒 西経56度10分0秒、とウルグアイ首都・モンテビデオの座標ポイントが指定され、マップ情報が更新される。

 アトラスボッツのすぐ下まで移動したススムは、これから自分たちが向かう先を見る。リング状のゲートの先に、青い地球が見えた。

   

『座標を確認した。ススム、準備を』

「そうだね。クロー、カタグルドッキング! ビークルモード!」


 クローは、復唱し、ススムを肩に乗せたまま、変形した。

 両足は背後に伸び、ススムを支えるシート代わりに変化し、胴体部のコアドライブがせりだし、モノホイール状態になる。腕の生えたモノホイール姿は、さながらヤジロベーだ。


『2人とも準備はいい? 最終チェックするわ。……デジタルゲート使用許可OK! 配送物のデジタルキューブ化OK! デコピンカタパルト異常なし!』


 長い黒髪をお団子にし、スーツの上にツナギを来た少女が、よくとおる声でススムらに語りかけた。ナビゲーターの姉・チハヤだ。5つ上の姉に急かされ、ススムも自分のチェックを始める。


『コアドライブ出力安定。Dドライブフィールド状態良好。機体異常なし』


 クローは胴体部にあるインホイール・ジェネレーター「コアドライブ」からDフィールドを展開し、ススムを保護する。


「バイタルOK! 酸素問題なし! スーツ異常なし! いつでもどうぞ!」

『最終チェックOK! ……デコピンカタパルト起動!』


 ススムはクローの肩の上で身構えつつ、背後を見た。

 丁度、アトラスボッツが動き出し、右手をデコピンに構える。

 

 直後、眼前に壁が迫った、と錯覚するような迫力と速度で、アトラスボッツの指が弾かれる。

 

 恐怖に視線を正面に戻すと、背後から、Dフィールドを強く叩かれた。

 急加速をしたクロー。ススムはクローに捕まり、全身を襲ってきたGに耐える。


「……っ……!」

『ゲートイン』


 という、クローの冷静な一言で、滑走路に僅かな放電現象を残し、ススムとクローはデジタルゲートの光路に突入した。


◆◇◆◇◆◇


 ウルグアイ・モンテビデオの電気通信タワー。

 建物がデジタルゲートのシグナルを受け、カラフルにライトアップされる。

 光が落ち着くと、タワーの足元に放電現象と共に、ススムとクローが現れ、勢いよく空中に放り出された。


「おぉっ!」

『姿勢制御』


 クローがヤジロベエのようにバランスを取って、タワー前に着地する。


「刺激的だった……」

『荷物、無事かチェックしてね~』


 姉の言葉を受け、ススムはアトラスボッツの余韻から復帰し、腰のポーチからデジタルキューブを取り出し、リング状のデジタルゲートに投げ入れる。キューブはゲート横に設置されたフィラメントと呼ばれる素材と反応して、サイクルトレーラーと配送荷物が詰まったコンテナとなった。


『トレーラー・接続完了』

「荷物も問題なし! しゅっぱーつ!」


 ススムはクローに跨り、異国の地で配達を開始した。


◆◇◆◇◆◇


 新市街のマンションの一室。

 配達最後の荷物を持って、ススムはインターホン前で声を上げた。

 

「ミライ運送、商品をお届けにまいりました!」


 ススムは梱包された荷をお婆さんに手渡すと、嬉しそうに笑顔を浮かべて受け取る。

 ススムはこの瞬間が好きで仕事をしていた。運送業は誰かを笑顔にできるいい仕事だ。


「ありがとうねぇ、電子印でもいいかい?」


 言語が違うが、ヘルメットの相互翻訳機能で日本語に翻訳され、ススムの耳に届く。


「大丈夫ですよー。こちらにどうぞ!」

「悪いねぇ。今時スマートフォン決済なんて、どこも受けてくれなくてねぇ」


 そう言って、お婆さんは年期の入ったスマートフォンを持ち出し、ススムが差し出したデバイスに重ねる。軽快な電子音が鳴り、受け取り印と支払いが済まされた。


「はい。無事に承認されました!」

「本当に便利ねぇ……私の若い頃は、飛行機と船くらいしか、輸入できなかったんだけどね」


 お婆さんは外を見る。ススムも釣られてそちらを見ると、モンテビデオの街並みが目に入る。

 古い建物と新しいビルが混在するような街並み。聞けば、昔はもっとごちゃごちゃしていたそうだ。今は古い建物は観光向けに整理され、新市街の方も高いビルが立ち並ぶ大都会。

 それも、デジタルゲートのおかげらしい。空輸、海輸に加わる、新しい流通。


「ああ、これでこのスマホもあと10年は現役でいられるわねぇ」


 お婆さんが荷をあけると、中からリンゴと日本米と、無線LANルーターの箱が出てきた。

 西暦2050年。多くの国家が超高齢化社会となった現在、世界の流通は変わりつつあった。しかし、デジタルゲートも万能とはいかず、現在も限られた国や都市で使用されているのみである。

 それは、思春期の若者に適性があるらしく、適合者だけが利用可能だからだ。


「地球の裏側にある食べ物も簡単に手に入るし、とっても平和になったわねぇ」


 流通には革命が起こり、世界の貧富の差は縮まったと言われている。平和になった、と言われていた……が。

 視線の先で爆発が起こり、黒煙が上がる。


「今のは……!?」


 ススムは煙の方を確認した後、すぐさま走りだした。


◆◇◆◇◆◇


 事件現場、電気通信タワーに到着したススムのスーツは、オレンジ色に変化していた。肩には「NEXTレスキュー」のロゴが見える。

 ミライ運送のもう一つの仕事、レスキューチームとしての制服だ。メガコーポであるミライ運送は、各地へと行く特性を活かし、ライセンスを持った、プロの災害救助支援のチームを迅速に派遣できる事業を行っている。


「革命家を気取る拝金主義者どもの手先め! 我らゲートクローザーの邪魔をしおって!」


 叫んでいるのは、過激派の非政府組織の人間だ。デジタルゲートによって仕事を奪われた、という流通を支えてきた職種の老人らである。

 ゲートを破壊しようとしていたため、やむなく拘束し、クローにカタグルドッキングしているススムの足元に転がっている。


「はいはい。おじいちゃんたち、人に迷惑をかけちゃだめだよ。抗議はもっと別の形でね?」

「同士を放せ、NEXTレスキュー!」


 クローが回避行動を取り、ススムは慌てて彼に捕まる。


「うわっ!?」


 クローが避けた地面の近くに、レッキングボールが叩きつけられた。重機サイズのカタグルボッツがタワーの影から現れる。

 黄色と黒のツートンカラー。左腕がフォークグラブ、右腕がレッキングボールの4メートルサイズの旧式タイプ。


「ぼ……暴力反対!」

「我々は、輸送トラックの価値を守るため、権利を主張しているに過ぎない! ゆけ、ギガン! 白のヤジロベーを叩き潰せ!」


 全く話にならない答えがかえってくる。


『話にならなそうだ。無力化するしかないぞ』

「……やってみる!」


 ギガンが再びレッキングボールを地面に叩きつけると、ススムはここぞとばかりに声をあげる。

 

「クロー!」


 クローがそれに応え、レッキングボールをジャンプ台にして跳躍。


「Dフィールド、パイク形成!」

『出力上昇、Dフィールド、パイク形成』

「パイク・アタック! いっけぇぇぇ!」


 クローがコアドライブの下部に円錐状のDフィールドを形成し、落下速度を付けて、ギガンの胸部に激突する。ギガンの手足から力が抜け、崩れ落ちた。


「ノォォォっ! ギガンが!」

「大人しくしてくださいっ!」


 ススムはギガンが倒れたことで戦意を失ったゲートクローザーたちを一喝した。


「我々の同士はどこにでもいる! 貴様らが希望としているアトラスボッツは、既存の流通を破壊する、破壊神だと気付くことだろう! ハレルヤトラァック!」

 

 ゲートクローザーとギガンを警察に引き渡す直前、リーダーが何か言っていたが、チハヤはそれに疑問を浮かべていた。


『う~ん、他の流通とは、充分棲み分けできてると思うんだけど……』


 その後、ススムは警察から協力の感謝を受け取り、調査資料として、クローが録画していた証拠映像などを提出し、別れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 ゲート安全確保のために復旧までの足止めをくらったススムは、街を散策することにした。

 通常状態のクローにカタグルドッキングをし、肩車状態で移動する。

 人混みに溢れる観光地は、国際カーニバルの最中らしかった。ススムはカーニバルの演奏を楽しみながら、屋台で売っていた、チビートスというハンバーガーに似た料理と、マテ茶を買い、クローの上で食べる。


『……溢さないでくれ』

「大丈夫、大丈夫!」


 ひとしきり街を堪能すると、時差の関係もあって、ススムは眠気を感じていた。

 

「お腹いっぱいになったら、眠くなってきたかも……」

『ホテルに移動しよう。着くまでの間、少し眠るといい』


 クローの背中に持たれかかり、ススムは意識を手放す。


 懐かしい父に、肩車されている夢を見た。父は言う。


「私はね、世界中のみんなが笑顔になれるように、この仕事を頑張っているんだ」


 ススムはそう語る父が大好きだった。


◆◇◆◇◆◇


 ススムが休んでいられた時間はごくわずかだった。

 パレードの進行をする集団の報告を新たに受け、現場に急行したススムとクローは、既に現着していた警察と連携し、不審者の集団を取り囲む。


「アトラスボッツによるライフインフラの依存は、それすなわち、我々の命を握られることに他ならない! 我々は今こそ悪しき文明を捨て、自然と共存し、太古の生活へと立ち返らなければ──!」


 と、3Dプリントしたらしい武器でカタグルボッツを武装していた集団は、警察に連れられる際も何かわめいていた。


「この街っていつもこんな治安なの……?」


 ススムは疑問に思った。普段日本に住んでいるので、外国事情は分からない。

 が、これは何かおかしい。


「ふぅ。もう、問題もないよね?」

『ススム…戻って……! アトラスボッツ……!』


 チハヤのノイズまみれの通信が入り、ススムは驚愕した。

 

「アトラスボッツ……? お姉ちゃん、どういうこと!?」


 通信が途切れ、即座にビークルモードに変化したクローの背中に跨ったススムは、電気通信タワーに向かった。


「行こう、何が起こっているのか、確かめなくちゃ……」


◆◇◆◇◆◇


 タワーには「ゲートクローザー」との大立ち回りで閉鎖されていたが、立ち入り禁止の看板が立てられていただけで、ススムは看板を超えて侵入する。

 すると、そこにはゲートクローザーのメンバー数人がデジタルゲートに集まっていた。


「あっ、お前たちは……!?」

「ちっ、もう嗅ぎつけたのか、いけ、デスメッセンジャー!」


 リーダーの声に反応し、跳躍してきたのは1機のロボット。クローより少し大きい。

 見た目は、骨組みに必要最低限の黒い装甲だけを施した、死神とか、スケルトンと言った方が良い見た目をしている。カタクルーが登場しない、リモート機のようだ。


「あれは……!?」

「デスメッセンジャー! あの破壊神を破壊せよ!」

「アトラスボッツを……!? させないっ!」


 ススムはクローを加速させ、驚くゲートクローザーらを跳躍で飛び越し、ゲートに突入する。


 ゲートの先は、宇宙へと伸びる光路だった。データの粒子が奔流となって吹きあがっている。レンズのように歪む外の景色に、遠ざかるモンテビデオの街並みが見えた。


「あいつがアトラスボッツに到着する前に、停止しないと!」


 ススムの言葉に、クローはコアドライブの回転をあげ、前方を滑るように走っているデスメッセンジャーを捕捉する。


『ススム、相手は情報のないマシンだ、ここは……』

「……退けないよ。僕は、みんなに笑顔を届けたいんだ」

『……わかった。私が全力でカバーする』


 短いやり取りで、クローはススムの覚悟を感じ取った。

 接近するとデスメッセンジャーは振り返り、自身のDフィールドを剣状に収束して、切りつけてきた。


「うわっ!?」

『Dフィールドを貫通する……?』

 

 クローはDフィールドで斬撃を受けたが、左腕の装甲が大きく削られていた。衝撃で体勢も崩す。

 その間にデスメッセンジャーは再び距離をあけ、先行してしまう。


「クロー! 大丈夫!?」

『問題ない!』


 外の景色は成層圏を超え、進路の先にはアトラスボッツが見え始めている。タイムリミットはすぐそこだ。


(フィールド収束すれば貫通できる……? なら!)

 

 攻撃されたクローを思い出し、ススムは閃く。

 ススムはクローに耳打ちすると、クローは頷き、コアドライブの出力をあげ、高速で追いすがる。


『最後のチャンスだ、やるぞススム!』


 回転するクローのコアドライブに、高速回転するフィールドが生まれた。それを、限界まで収束させる。


「いけぇぇぇぇっ! D・チャクラム!」


 クローの腕輪サイズまで収束したDフィールドは、高速回転する輪となり、クローはそれを腕を振って投擲する。


『!?!?』


 デスメッセンジャーは先ほどのようにDフィールドで弾こうとしたが、今度はそのフィールドごと真っ二つにされ、爆発した。


「やった! これで、アトラスボッツも……!」

『ゲートアウトするぞ、ススム!』


 ススムが喜びを露わにするが、目前にはゲートが迫っている。安堵しながら、クローに制御を任せてゲートアウトし、アトラスボッツの滑走路に飛び出す。 


◆◇◆◇◆◇


 ゲートアウトしたススムたちを、100はくだらない数のデスメッセンジャーが迎えた。


「えっ……」

『ここまでやってくるものがいるとは。やはり、テロリスト程度に成果を求めるのは無駄だったか』


 ススムは目の前の赤いデスメッセンジャーが何を言っているかわからなかったが、敵意を持っているのだけはわかった。

 中央の赤いデスメッセンジャーが、ススムたちの前に出てくる。

 黒いタイプに似ているようだったが、赤いタイプは、装甲が全身をくまなく覆っている。


『私は……フィクサーとでも名乗るとしよう』


 赤いデスメッセンジャー……フィクサーは他の機体と同じくリモート機なのだろう。カタクルーが存在せず、通信ごしに老齢の声だけがススムに届いていた。


『しかし、君はこれからのパーティには招待していないのでね。ここで退場してもらおう』


 そこからの戦闘は一方的だった。攻撃に転じる余裕もなく、四方八方から代わる代わる切りかかってくる。攻撃のためにDフィールドを変形する間もなく、ただ正面に張って、攻撃を何とか凌ぐので精一杯だった。


「くっ……」

『このままでは……』


 ここまでの連戦で、クローのエネルギーは枯渇寸前だった。Dフィールドの維持も難しく、攻撃を受けるたびにどんどんと小さくなっていく。


「お前たちは、何をしようとしているんだ!」

『分からないかね? ここにはこれだけの戦力と、それを届ける輸送手段がある』


 クローが気付く。


『まさか……ここにいるデスメッセンジャーを、ゲートの先の街に送り込むつもりか……!?』

『くっくくく。想像力の欠如だよ、それは。わざわざここへ用意する必要もない』

『! ……まさか、神の杖か!』

 

 クローが叫ぶ。

 「神の杖」とは、かつてアメリカ軍が開発していた運動エネルギー爆撃のことで、ようは質量弾を衛星軌道から落とす攻撃である。

 それが、Dフィールドを使用したコンバットボッツであれば、大気圏の熱と着地時の衝撃から機体を守りつつ、運動エネルギーそのものは、着弾地点にぶつけることができる。

 もしそんなことが可能であるなら……フィクサーは宇宙から、世界を手中に収めることができるだろう。


『正解は……お前たちは知る必要もない』


 ボロボロのクローに、フィクサーは素早く近づくと、頭を掴み、片腕で持ち上げる。クローが抵抗をしようとするも、エネルギーが底をつきかけているDフィールドは、不安定に明滅しただけで、フィクサーはびくともしなかった。


『ぐっ……!』

『よくもったが……ここまでだな。宇宙を彷徨うがいい』


 ススムとクローを、無造作に滑走路の外に投げるフィクサー。

 

『ススム! 遅くなってごめんね!』


 宇宙に投げ出されかけたススムの身体を抱きとめたのは、見慣れた人物だった。


「お姉ちゃん……!」


 量産型のカタグルボッツに乗り込んだチハヤが、しっかりとクローとススムを受け止め、そっと滑走路に立たせる。

 突然現れたチハヤの姿に、フィクサーは落ち着いていた。


『やれやれ、また招かれざる客か……』

『そうね。少し数が多いけれど、飛び入り参加でいいかしら?』


 チハヤの声に賛同するように、ゲートから次々とカタグルボッツたちが転送されてきて、あっという間にススムの周囲を埋め尽くした。スーツの翻訳が追いつかない程、世界中の言語で、「援護に来たぞ」のコメントに通信が溢れる。

 ここで、初めてフィクサーに動揺が見えた。 


『何故だ! 世界中の通信システムは、ダウンさせたはず……ここまでの数を揃えるなど』

『そうね。アトラスボッツを使用しているものは、そう。でも、古い無線LANのアクセスポイントまでは閉鎖できなかったみたい』


 ススムの前で、油断なく構えるチハヤ。ススムは、彼女の通信を通して、今日配達であった、お婆さんの声が聞こえた。ついで、街の人たちなのだろう、ススムたちを応援する声。


『生き残ってた無線LANを使って、世界中のLANをうちのサーバーで繋げてやれば……! この通り!』


 世界各地から集まったレスキューチームが、デスメッセンジャーに向かって思い思いに武器を構えた。


「みんな……!」


 ススムが歓喜の声をあげる。


『まさか、四半世紀前のゴミが……!』


 フィクサーの声に怒りがにじむ。


『アトラスボッツを乗っ取るために、各地でテロを起こして、私たちの目を逸らしたつもりでしょうけど……ここまでよ! デウスエクスマキナ!』

『我らの組織まで……!』


 怒り、前に出ようとしたフィクサーは、気の早いレスキュー隊員数名が飛び掛かったため、それを振り払う。

 

『ええい、鬱陶しい! まとめて相手をしてくれる!』


 フィクサーが腕を振り下ろすと、一斉にデスメッセンジャーが動き出し、各地のレスキューたちと激しい戦闘を始めた。


『カタグルドッキング!』

 

 フィクサーが変形し、アトラスボッツの首に接続され、怒りを上げるようにDフィールドを噴き出す。コアドライブから発生する赤いDフィールドは、鬼の頭のように変化した。 


『ならば、貴様らを直接! 各地に落としてくれるわ!』


 操作されたアトラスボッツが、デコピンを構える。デスメッセンジャーが発射され、固まっていたレスキューたちが纏めて吹き飛ばされた。


 レスキュー隊員たちに動揺が走る。ススムは叫んだ。


「個々でやってもダメなんだ……力を貸してください!」

『どうする気なの……?』


 心配するチハヤを他所に、ススムはARコンソールを呼び出して、操作し、ここにいるレスキューたちに情報を共有する。

 それに気付いたレスキューたちが、コアドライブの出力をあげ、Dフィールドを作って手を繋ぐ。


『絶望せよ! これより、地球は新たな神によって統制される!』

「そんな身勝手な神様なんて……みんな望んでない!」


 さらに追撃をしようとデコピンを構えるフィクサーに、ススムは立ちはだかる。


『ススム! 私たちの未来、あなたに託すわ!』


 クローの右手に、チハヤのカタグルボッツの左腕が重なる。そこから、周囲のDフィールドのエネルギーが、クローに収束し始めた。


「そのマシンは……みんなに笑顔を届けるマシンなんだ!」


 ススムは、フィクサーを睨んだ。


「悪用なんてさせるもんか! クロー、いっけぇぇぇっ!」

『コアドライブ、オーバーロード!』


 クローは残ったエネルギーで、集まったDフィールドを巨大なパイクへと形成。フィクサーへ突撃した。

 再度デコピンを放った、デスメッセンジャーの弾丸と正面から突撃する。


『バカな……バカな! アトラスボッツが、ただのカタグルボッツなどに……!?』


 高圧のDフィールドパイクは、弾丸となったデスメッセンジャーを一瞬で崩壊させ、さらにアトラスボッツの手と、頭部にいたフィクサーの右半身を削り飛ばす。


『我らの計画が成せないのなら!』


 フィクサーの残った半身のコアドライブが、暴走を始める。残ったデスメッセンジャーたちも一斉にDフィールドを噴き上げ、静止軌道にあったアトラスボッツを押し始める。


『アトラスボッツを、地球に落とす気!? 最後まで厄介な悪あがきを……!』


 チハヤの通信が聞こえ、ススムにもフィクサーの思惑が理解できた。

 レスキューたちはデスメッセンジャーを停止させようと奮闘したり、アトラスボッツを押し、元の軌道に戻そうと活動を始めた。


「僕らも……」

『すまない。エネルギーが、もう限界のようだ』


 クローが膝をつく。既に立っているのも限界のようだ。頑張ってくれたクローに、ススムは礼を言って休ませようと考えたが、


『貴様ら、貴様らのせいでっ!』


 半壊していたフィクサーが、怨嗟の声をあげススムとクローに組み付き、滑走路から宇宙空間へと飛び出す。


『ススム!?』


 ススムがあっ、と気付くと、ぐんぐんとアトラスボッツから離れていく。

 クローは組み付かれたフィクサーを殴りつけ、引きはがした。


「クロー! Dフィールドを……!」


 クローがフィールドを形成しようとするが、コアドライブがかすかに明滅するのみ。

 咄嗟に反応できるレスキューもおらず、チハヤは離れていたせいで間に合いそうにない。

 即座にそれらを判断したクローは、背中にいたススムを右手で掴むと、アトラスボッツに向かって全力で投げつけた。


「クロー!?」


 クローの突然の行動に、ススムは困惑した。ススムはクローに手を伸ばすが、空を切る。


『一人前、なんだろう。常に、冷静に……だ』

「っ……!」


 涙で霞む視界の先で、クローの姿がどんどんと小さくなる。ススムはクローに向かって叫んだ。


「クロー!」


 ススムは追いついたチハヤに回収、保護された。

 こうして、アトラスボッツはレスキューたちの活躍で、鎮圧された。いくらかの犠牲を残して……。




 フィクサーが起こした『デウスエクスマキナ事件』の後、ススムに日常が戻って来た。

 修理されたアトラスボッツの試運転に参加したり、

 モンテビデオのお婆さんにお礼に行って、恐縮されたり、

 幾らか大人しくなったゲートクローザーの人間を補導したり。


 ただ一つ変わったのは、新しくなった相棒と一緒、というところだろう。


「クロー、次の配達にいこうか!」

『了解だ。今日は次で最後の配達になる』


 クローは宇宙空間に投げ出されたあと、「英雄を放っておけるか!」というレスキューたちの協力によって、無事に回収された。

 最近ようやく修理から戻ってきたばかりだ。

 新品になったクローに跨り、ススムは今日最後の配達を行う。


「ミライ運送、商品をお届けにまいりました!」

バンダナコミック原作漫画賞メカ・ロボット編に参加の作品です。

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