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殿下の花

あの初夜の日から早いもので1ヶ月が経とうとしていた。


朝を迎え、開口一番。

準備にやってきたメイドに私は日課となっているある事を聞く。



「今日は殿下にお会いできるかしら。」


「本日も殿下はお忙しいのでスケジュール的に難しいかと。」


「…そう。わかったわ。」



今日も今日とて、私はアドリアン様に会えない。

様子を伺い会いに行こうとするも、メイドから返ってくる返事は決まって「忙しい。」だ。


背後から溜息が聞こえて来た。

私が毎度同じ質問をするものだから、いい加減メイドは呆れている。


アドリアン様があの日私に言った事は本当だった。

彼は私的な場で私と会う事を徹底的に避けている。


最後にアドリアン様に会えたのは三週間前。

結婚をお祝いとする目的で両陛下が私たちのために晩餐会を設けてくれた時だけ。

それ以外はまるっきりである。


こんな事を続けていれば城内でも噂が立つ。

今や私は使用人たちにこう呼ばれていた。


英雄に嫌われている妻。

お飾りの皇太子妃。


皇族から望まれた結婚でお飾りなはずがある訳ないのに。


城内の人間には私たちが初夜の日一緒に過ごしていないことは知れ渡っている。

それが噂に拍車をかけてしまっていた。


一番あからさまなのはメイド達の態度だ。

表面上は問題なく仕事をしている様に見える彼女たちだが。



「痛っ。」


「ああ、私ったら。申し訳ございません、イヴェット様。」


「…っ大丈夫よ。」



朝の準備中に髪を整えてくれるメイドから髪を引っ張られる。

1回だけなら気にしなかったが、頻繁にやられていては流石に故意だと気づく。

現に鏡に映るメイドの顔が悪びれもしていないどころか、口元にうっすらと笑みを浮かべている。

私が怒らないことを知っていて態とやっているのだろう。


今までコルベール家でぬくぬくと育ってきた私は知らなかった。

悪意にさらされたときの対処法を。

あからさまに蔑むような目で見られることが耐えきれなくて私はいつも言葉を飲み込んで耐えている。



(アドリアン様に相談出来たら良いのだけれど…。)



彼女たちに苦言を呈せるとしたらアドリアン様くらいだろう。

だが、その頼みの綱である彼が私を嫌っているのでどうしようもできない。



「はあ。」



溜息を吐くと幸せが逃げるだなんてよく聞くけど。

既に私は幸せではないのだから意味などないに等しい。


今日も何の変哲もない1日が始まるのだろうと私は憂鬱になった。



――



昼下がり。

今私は城の庭園へと足を運んでいた。


部屋の中で一人で過ごしていると、どんどん気持ちが落ちてきてしまう。

気分転換に外に出ようにも私が気軽に行ける場所は限られている。

消去法で考えた結果、庭園へといきついた。


今の私は一人だ。

メイドにはついて来てもらわなかった。

彼女たちのあの目でじっと見られると、落ち着ける気がしない。



(この場所を選んで正解だったわね。)



城の中では四六時中誰かに監視されている気分だった。

私が何かしないか見張っているのだろうか。

それがアドリアン様の指示なのか、彼女らが自主的にそうしているのかはわからないが。


ようやく落ち着ける場所が見つけられたと安堵する。

久しぶりにまともに息ができた気分だ。



「ふん、ふん、ふふ~ん。」



誰もいないことを良いことに鼻歌を歌う。

子供の頃、辛いことや悲しい時があった時によく歌っていた曲だ。

大人になってからはあまり歌わなくなったが、子供の頃のくせは抜けていなかったようだ。


夢中になっていたのが良くなかった。



「…妃殿下?なぜこんな所に…。」


「!?」



すっかり気を緩めていた私は誰かが傍に来たことに気づかなかった。

話しかけられた事に吃驚して声のする方を見ると、見知った顔と目が合う。



「あ、エトワール卿でしたか。ごきげんよう。」



彼の名はルイ・エトワール。

侯爵家の三男で今はアドリアン様の補佐官をしているが、小さい頃に年齢が近いという理由で私と良く遊んでいた幼馴染だ。

腰までの伸びたくすんだ金髪は下の方で一括りにし、切れ長でアクアマリンの瞳は眼鏡が良く似合う。

仕事人間で冷たい雰囲気の彼は職場では鬼の様だなんて呼ばれているらしい。

だが、顔は彫刻のように美しいので令嬢の間ではアドリアン様の次に人気の殿方である。



(こうして二人で話すのは何年ぶりかしら。)



エトワール卿が補佐官になって以降は二人で会う機会はめっきり無くなっていた。

主君であるアドリアン様の傍にいることがほとんどだという彼は、私がアドリアン様と会うことが無い限り顔を合わせることは無い。

晩餐会の日も偶々休みだったらしく、城で会うのは今日が初めてだ。



「珍しいですね。エトワール卿がお一人でいらっしゃるのは。」


「私も偶には息抜きするくらいはありますよ。」



そうやって穏やかに笑う。

この城で私に笑いかけてくれる人間は彼くらいだろう。

久しぶりに親しい友人と会えた私は嬉しくなり、笑顔を返す。



「それで妃殿下はどうされたのですか?メイドも付けずお一人で。」


「それは、その。ええと…。」



特に後ろめたいことがある訳じゃない。

だが、エトワール卿の前であなたの主君からは嫌われてメイドに嫌がらせされ孤立している、なんて。

例え幼馴染だとしても言いづらい。


私が言い淀んでいると、彼は顎に手をかけこちらをじっと見ている。



「妃殿下。」


「は、はい!」



何を言われるのだろうかとドキドキしながら続きを待つ。

身構えていた私にエトワール卿はある提案をしてきた。



「よろしければ庭園をご案内しますよ。」


「え、良いんですか?でも、お忙しいんじゃ…。」


「大丈夫ですよ。それに妃殿下をエスコートできるなんて、それ以上の喜びはございません。」


「…。」



彼はいつからこんな紳士的な対応ができるようになったのだろうか。

昔から冷静沈着で堅物だと周りに言われてきた彼がそんな事を言うなんて。


だが、そこは幼馴染だ。

私はすぐに気づいた。



「ふふ。城で私が何と言われているか知ってて、気を使ってくださっているのですか?」



私が隠そうとしても皇太子の補佐官として働いている彼が私の現状を知らないはずがない。

これは彼なりの励ましのつもりなのだろうか。



「何のことでしょうか。」



私から少し視線を外すエトワール卿。

その彼の耳が赤いことを私は見逃さなかった。



(昔から照れると、耳だけ赤くなるのよね。)



エトワール卿の優しさに触れ、私は心が温かくなった。




「こちらが、南国から取り入れた珍しい花です。香りが強いのでお茶にすると美味しいらしいです。」


「そうなのね。まだ飲んだことないから興味深いわ。」


「あちらは皇后陛下が大切にされている珍しい品種で―。」



あの後、エトワール卿の提案を受け入れ庭園の案内をしてもらっていた。

しっかりと丁寧に説明をしてくれるので思いのほか楽しい。



「あら?エトワール卿、あちらの花はなんていう花?随分と大切に生けられているけど。」



庭園を一通り見て回っていると、綺麗なオレンジ色の花が目につく。

あそこの一角だけ異様に花壇の質が違うので気になった。



「…あちらの花はカレンデュラという名前の花ですね。」


「へ~綺麗!近くで見ても構わないかしら。」



何気なく言った一言。

当然問題ないだろうと思って聞いたがエトワール卿は難色を示す。



「申し訳ございません。実はあの花は殿下が大切にされている花なのです。」


「殿下が?」



アドリアン様に好きな花があったとは。

知らなかったので意外だと思ったが、殿方で花を愛でるという方は少なくないのでこの時は特に気にしなかった。



「特定の方にしか触らせないので、近づかれるのは控えた方が良いかと。」



申し訳なさそうにしているエトワール卿。

確かに近くで見てみたいとは思ったが、アドリアン様の大切な花なのであればしょうがない。

気にしていないという意味で笑顔で首を横に振ったが、なぜかエトワール卿の顔は暗いままだ。



「エトワール卿?」


「妃殿下、そろそろ日も暮れてきましたしこの辺で失礼いたします。騎士に部屋まで送らせますのでご安心ください。」


「え、ええ。」



これ以上、触れてほしくないのか、エトワール卿は半ば強制的に話を切り上げる。

その不自然な行動に私は違和感を覚えた。



(何かを隠しているような?)



城へと戻っていくエトワール卿の背中を見つめる。


この時なぜ彼がこんなに困惑したような顔でいたのか。

私は後日その理由を知ることになる。

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