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幸せだった結婚式

―帝国歴756年 春の月6日頃


西大陸に位置する此処、アルフォール帝国で今日、最も尊い人物による結婚式が行われていた。

この国の皇帝、アドリアン・アルフォールと三大公爵家の一つであるコルベール家の長女である私イヴェット・コルベール。


私たちの婚約発表は多くの貴族を驚かせることとなった。

皇族は現皇帝陛下が恋愛結婚だからかアドリアン様の結婚に関与していなかった。

私の家も同様に恋愛結婚推奨派だったので、今まで接点など無かった私たちが結婚をするとは考えていなかったのだ。


皇太子であるアドリアン様は帝国の英雄である。

彼に懸想する令嬢は多い。


夜会へ行くと本人が参加していなくとも、話題の中心はいつもアドリアン様だ。

彼とどこへ出かけたか、何を話したか、どれ程接点があるのか。

令嬢たちは日々、マウントの取り合いをしていた。

時にはそれがエスカレートし、令嬢らしからぬ殴り合いにまで発展していた。


結婚相手として私の名前が挙がった時。

陛下とお父様の間では式の直前まで誰と結婚をするのか伏せておくよう決めていた。


そのせいか、大聖堂の中では花嫁である私を見ようと人で溢れ返っている。

地方の貴族まで訪れていた。


新郎のアドリアン様はその眉目秀麗な顔立ちに白のタキシード姿が相まって神秘的な美しさで眩しい。

対して花嫁である私は白金の髪に紫の瞳という珍しい色を持ってはいるが、少し顔に幼さの残る凡人だ。


並ぶと雲泥の差である。

見た目だけで言えば、アドリアン様とは釣り合っていない。


その事に恥ずかしさを感じていると背後からすすり泣く声が聞こえて来た。

お祝いの席だと言うのに、何人かは涙を流しているようだ。



(式場に入って来た時から、令嬢たちの視線が痛かったけどこれ程とは…。)



他の貴族も同様で、「なんでこいつが?」と言ったような目をしていた。


確かにそう思うのは当然のことだろう。

かく言う私もこんなことになるのだなんて想像していなかったのだから。



――



私の実家、コルベール家は帝国の筆頭公爵家だ。

代々当主は皇族へと仕えることが多く、由緒正しき家門であるコルベール家は貴族からの信頼も厚い。


現当主である父、リック・コルベールは、アルフォール帝国の宰相を務めている。

優秀な人物なのに性格に難があり堅物だと言われているらしいが、そんな父も家では優しい普通のお父様だ。

特に母であるサンドラ・コルベールには頭が上がらないらしい。

公爵夫人のお母様はその昔、才女として有名だった。

今もその才能を買われ、皇妃の教育係を任されている。


そんな両親のもとで生まれ育ったのが、私たちコルベール兄妹だ。


コルベール家の長男である二コラ・コルベール。

お兄様もまた、お父様に似て勤勉で真面目だ。

弱冠15歳にして既に忙しいお父様に代わり、領地経営を完璧にこなしている。


そして末っ子の私。

コルベール家では珍しく、やんちゃな性格らしい。

子供の頃は落ち着きがなく、外へ遊びに行くのが好きだった。

しかし、そこは母サンドラの教育の賜物で今や完璧な淑女へと成長した。



コルベール家の評判や功績は皇族の耳にも当然入っており、私たちは陛下から一目を置かれていた。

本当は私が生まれた時点で、皇族の誰かと婚約を結んでほしかったが皇帝であるシーザー陛下は最終的に息子の選択を尊重したがっていた。


それがいけなかったらしい。


その美麗な顔立ちから寄ってくる令嬢は多いと言うのにアドリアン様は婚約相手を決めなかった。

英雄と呼ばれるようになってからは更にその人気も上がってきているというのに。

皇帝であるシーザー陛下はやきもきしながらも、待っていたがそこで婚姻率が下がるという問題が起きた。


伯爵位以上の令嬢は皇族へ嫁ぐことができる。

その事にアドリアン様へ思いを寄せる高位貴族の令嬢たちは一縷の希望を誰もが抱いてしまったことが原因だった。


流石にこれを放置することができない陛下は頭を悩ませた。

そこで最後の砦であるコルベール家が目に留まる。

貴族の中で最も信頼を寄せており、代々引き継がれている優秀な血を引き継ぐコルベール家ならば貴族も納得するだろうと陛下は考えた。

元々、恋愛結婚でなければ婚約させるつもりだったので丁度良かったとの事。


皇家から直接打診された婚約だった。

正直、アドリアン様と関りのなかった私に話が来るとは思わなかった。

相手はあの帝国の英雄である。

父は悩みながらも、最終的にこの結婚に承諾した。


私たちの気持ちを聞かないままに進められた結婚。


だが私は父からこの話を聞いた時、顔がにやけるのを必死で我慢した。

アドリアン様にようやく会える喜びと、結婚相手に私が選ばれたのが夢のようだと思った。


私がここまで喜んでいるのは単に英雄の妻になれるからではない。

好きな人、しかも初恋の相手であるアドリアン様と結ばれるのが嬉しかったからだ。

実は私も人のこと言えなかった。

なぜなら周りの令嬢たちと同様、アドリアン様に思いを寄せる令嬢の一人だから。

婚約者が今までいなかったのもその為だ。



アドリアン様と初めて会ったのは私が7歳の頃。


偶々父がその日忘れ物をして早急に皇宮まで荷物を届けねばならないという事態が起きた。

本当は従者の仕事なのだが、お城に行ってみたいと言う私の我儘で無理言って行かせてもらうことになったのだが。

案の定、落ち着いていられない性格の私は注意されていたにも関わらず、一人で行動してしまった。

そして庭園で迷子になってしまったのだ。

不安から涙が止まらないくなってしまいその場で蹲る。



(このまま誰にも見つけてもらえなかったらどうしよう…。)



嫌なことばかり考えてしまい、泣き続けている私の前に現れたのがアドリアン様だ。


キラキラと日の光に照らされた金髪が美しくて、絵本に出てくる王子様に似ていた。

私はその美しさに見惚れ、一瞬時が止まったように感じられた。


アドリアン様は泣いていた私を見つけると、視線を合わせてハンカチを差し出してくれた。

完全に泣き止むまで背中をずっと撫でてくれ、その温かさに落ち着いてきた頃に両親が見つかったとの知らせを受けた。

いつの間に探してくれたのだろうかと、不思議に思っているとアドリアン様が私を宥めていた横で護衛に指示をしていたらしい。

その迅速な対応で早く両親と再会することができたのだ。



「会えて良かったね。」



アドリアン様が安心したように優しく笑う。

その笑顔を見た瞬間、私は恋に落ちたのだった。



その後、帰ってからというものずっとアドリアン様の事が忘れられなかった。

もう一度彼に会いたいという気持ちが日に日に膨れ上がっていく。

これが恋なのだと自覚するのに時間はかからなかった。

私は再び会えるその時を夢見て自分を磨くことに専念した。


年齢を重ねるごとに、父から婚約者の話があったが私はアドリアン様以外の人を好きになれる自信が無い。

かと言って、アドリアン様へアピールする機会はほとんどなかった。

公務に忙しい皇太子とそう簡単に会える訳はなく、夜会でさえあまり参加しないのだ。


会えない間も自分を磨き続けてはきたが、そろそろ時間が無い。

仮にもコルベール家は帝国の筆頭公爵家という重要な立ち位置にいる。

その家門の長女に未だに婚約者がいないとなれば、家にも迷惑がかかってしまう。


私はこの恋は諦めた方が良いのだろうかと思った。

それでもせめて、成長した自分を一目見てほしいと言う思いだけは捨てきれなかった。


あと一年。

もう一年。


いつか訪れる機会を待ち続けた。

家門の力を利用したくなかったのでこの想いを誰にも告げることは無く、時間だけが過ぎていく。


私の長年の想いが伝わったのか、10年という時を経て思わぬ形でアドリアン様と再会できたと思ったらまさかの結婚式場だった。



――



「新郎アドリアン・アルフォールは、新婦であるイヴェット・コルベールを守り、どんな時も笑顔にし続けることを誓いますか?」


「…はい、誓います。」


「新婦イヴェット・コルベールは、アドリアン・アルフォールを生涯の夫としてどんな時も支え続けることを誓いますか?」


「はい、誓います!」


「では、誓いのキスを。」



向かい合って、ベールが上げられる。

婚約が決まった後も、忙しくて会えずにいた私たちは今日まともに顔を合わせた。

子供の時以来なので10年ぶりだ。



(あの時と変わらない優しい瞳。)



美しいペリドットの瞳が私を映す。

その瞳を熱のこもった眼で見ていると、アドリアン様の美しい顔が近づいてきた。

子供の頃の記憶とは全然違う大人の男性の姿に心臓がドキドキとする。

頬に熱が集まっていくのがわかった。


そっと目を閉じ、アドリアン様を待っていると、控えめに合わされた唇の感触に体がピクリと反応した。

恥ずかしさと離れていく熱に寂しさを感じる。



「この時を以てお二人は夫婦となりました。おめでとうございます。」



余韻を感じていると、神父の声により現実に引き戻された。


気づいた時には周りはすっかりお祝いモードだ。

家族も友達も皆お祝いしてくれている。


その光景を見て、ようやく実感できた。



(夢じゃない。私、本当にアドリアン様と結婚できたんだ。)



ふわふわとした感覚は無くなり、胸が高揚感で熱くなっていく。

私は幸せだった。

初恋の相手の妻になれたのが本当に嬉しくて、この時は帝国一の幸せ者なのだと信じて疑わなかった。

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