17歳のヴァイオラ
ヴァイオラは昨日17歳になった。
もうすぐランヤード魔法学園の最高学年になり、学生という身分も残すところあと一年となる
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
学校から帰って着替えていると、侍女のアンナがやってきた。
(なんだろ…)
ヴァイオラは用意した部屋着ではなく、ワンピースに着替え、少しだけ身だしなみを整えて父の執務室に向かう。
ノックをして部屋に入ると、栗色の髪をオールバックにした父、エステラ子爵が椅子に座っており、その傍では美しい金髪を緩やかにアップした母が、透き通るような青い瞳をヴァイオラに向けている。
そして、いつもならこの時間は職場の魔法省にいるはずの四つ年上の兄が、自慢の金髪を少し乱した姿で、父の向かいに座っていた。いかにも急いで帰って来た風貌だ。
促され兄の隣に座ると、父が神妙な顔で口を開く。
「ヴァイオラ、お前はラインハルト侯爵家の嫡男と親しいのかい?」
「え、ラインハルト?誰ですか?」
ヴァイオラがそう返すと、3人が顔を見合わせている。
「だからヴァイオラに限ってそんな事ないと言ったじゃないですか」
兄が小声で父に言うが、完全にヴァイオラにも聞こえている。
(見合いの話かな…)
ヴァイオラも17歳、縁談が持ち込まれる年齢だ。
しかし、ヴァイオラにその気がない事と、まだ学生という理由で父が断ってくれていると兄から聞いていた。
(なんか変だな…)と思いながら寸劇をやっている様な3人を上目遣いでじっと見ていると、視線に気づいた父が姿勢を正し、ヴァイオラの母譲りの透き通る青い目を見る。
「実は昨日付でお前にラインハルト侯爵家から婚姻の申し込みがあった。
(侯爵家…??)
父が執事のフランツに合図すると、フランツが釣り書きを持って来たので、ヴァイオラはそれを受けとり、表紙を開く。
【アルフレッド•ヴァン•ラインハルト】
(アルフレッド?…アルフ?)
ん?一瞬、見覚えのある顔が浮かぶ。
「あっ!!!」
ヴァイオラが素っ頓狂な声を上げると、隣にいる兄がビクッと肩を揺らす。
それは、銀色の髪に濃い藍色の瞳の男子だった。
「知っているのか?」
「はい…確か前に同じクラスだった人だと思いますが、それだけです。これは何処から来た話なのですか?お父様は侯爵様とお付き合いが?」
「いや、リヒトの魔法省の上司を通してだ。昨日連絡がきて私が今日受け取ったのだが…」
父の緑がかったヘーゼルの瞳が少し揺れる。
「ヴァイオラ、これはラインハルト侯爵家からの正式な申し込みだ。」
ヴァイオラに言い聞かせるように言った。
正式な申し込み。ヴァイオラにもその意味は分かる。
家格が上の侯爵家からの正式な申し出となると、基本的に余程のことが無ければこちらから断る事は出来ない。はっきり言ってこのケースだとヴァイオラには選択肢は無いに等しい。
「…その様子だと、やはりお前が実は学校で、アルフレッド君と恋仲だ。などと言う事はないのだな?」
「だからある訳ないですって!」
兄が両手のひらを上に向けて小首を傾げて言う。何だかむかっとする態度で、ヴァイオラは兄を睨みつける。
「あの…まさかの人違いなんじゃないですか?」
ヴァイオラが言い出すと、両親も兄も黙り込む。
「ヴァイオラ…同級生なのに、いくら何でも人違いなんて事はないだろう??…パパはこれを持ち帰って考えていたのだが、アルフレッド君は同い年だ。顔も知っているようだし。お前が死ぬほど嫌でなければ、申し分の無い相手でなのではないか?…よく考えてごらん。どうしても死ぬほど嫌だと言うなら…断りづらいが何とかするしかあるまい。」
沈黙の後、父はそう言ってヴァイオラに一応選択肢を与えてくれた。
ヴァイオラは自室のベッドに寝転がり、枕を抱える。
う〜〜〜ん…。
考えれば考えるほど訳が分からない。
(何故?ラインハルトさん。話しかけられた事も無いのに。)
父は違うと言ったけれど、本当に人違いなのかも知れない。
そう思うヴァイオラだった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「なあ、お前本当に学校でラインハルトの嫡男と接点はないのか?」
翌日、兄が帰宅すると部屋にやって来た。
「お前に限って色っぽいエピソードなんかないだろうけどさ」
「どんだけ」
兄の前だとヴァイオラも素が出る。
「この話を持って来た上司がな、一応聞いていたらしいよ」
「何を?」
「この申し出の理由を」
「え…?本当??なんて???」
ヴァイオラが兄の顔を見る。
兄もヴァイオラの顔をじっと見る。
「…ずっと思いを寄せていた。そうだ」
「…誰に?」
「お前に。アルフレッド殿が」
兄は吹き出しそうな顔をしている。
ヴァイオラは目を見開いた後、眉間に縦の皺を寄せる。
(なんだって??)
普通の女の子ならここで顔を赤くするところなのだろうが、ヴァイオラはあり得ない話に顔を赤くしたりはしない。
アルフレッド•ヴァン•ラインハルトさん…
最近いつ見ただろうか…学校のカフェテリアにこの前いた様な気もする。銀髪は目立つので、たまに視界に入っている気がする。
彼は特クラ(特別クラス)の学生なので、そうじゃないクラスのヴァイオラと顔を合わせるとしても、カフェテリアくらいなのだ。そのくらい関わりがないはずだ。昔同じクラスだった時にだって話した覚えもないし、もう随分前の話だ。
(なによりラインハルトさんが、私を好きだなんて噂さえ聞いた事もない。)
「本当にこの話が人違いとかじゃないなら」
ヴァイオラはちょっと思いついた事を口にする。
「仲良しの王子たちと一緒に罰ゲームでもやっているとか?何か賭けに負けたものが私にプロポーズするとか…」
そう口にしながら、まさか…とは思う。いくら王子と爵位が上の家の子たちだとしても、親や家、兄の上司まで巻き込んでそんなふざけた事をするだろうか。
断れず婚約した上で破談になれば、何か問題がある息女なのだと言われヴァイオラはこの先嫁に行けなくなるかも知れない。自分はそこまでされるほど、ラインハルトさんに恨みを買っているのだろうか。
…そんな覚えはない…ないはずだ。
(じゃあ何で?)
「お前、いくらなんでもそりゃないだろ。俺はエンゾ第二王子にも面識はあるが、エドワード皇太子殿下の素直な弟君だ。格下といってもお前の祖父だって侯爵だ。それにな、俺はお前がそんな馬鹿にされるような妹だとは全く思わないぞ。お前はちょっと変わっているだけだ。でも見た目は可愛いし、俺にとって誰より大切な妹だからな。万一そんな事をされたら、エド殿下に苦情を申し入れる」
そうだよね。いくら何でも…とヴァイオラも思う。
兄はこう見えても特待生で、エド皇太子殿下と幼い頃から学友である。今でも優秀な魔術師として、殿下の公務のお供に魔法省から貸し出されることもあるほどだ。
話の途中、思う所はあったが、兄さまが大切な妹と言ってくれたのがちょっと嬉しかった。
ヴァイオラは椅子に座って膝を抱え、記憶の中のアルフレッド•ヴァン•ラインハルトの顔を思い出す。
「…ねえ兄さま」
兄は眉毛を上げる。
「私に…ずっと思いを寄せるとか、あると思う?」
兄はちょっとぽかんとした顔をしたが、すぐ真顔になり、ヴァイオラの肩にポンと両手を乗せ、ヴァイオラを見つめた。
「兄さまはあると思うよ」
やっぱりちょっと吹き出しそうな顔をしている。
ヴァイオラは兄をねめつけて部屋から追い出した。