とまとの夢
夜の台所、野菜達は大きな竹籠をゆりかごにして夜のおしゃべりをしています。人はもう眠りに就いていて、窓からは青白いお月様がしずかに覗いています。
この月明かりが、届いている間だけ、野菜たちは遊んだり、おしゃべりをしているのです。
「まっか、まっかぁ」とトマトをからかっているのは、きゅうりです。トマトとしては、綺麗に熟して赤いのですから当然なのですけど、その前、畑に居た頃は青々としていたことを思い出してか、きゅうりの口調がカンにさわるのか、ついつい「赤くなんかないや」と言ってしまいまずが、きゅうりは「まっかかぁのとまと」と言っては、辺りを駆け回ります。
レタスもそれがおもしろいのか、きゅうりの調子にのって「まっかかぁのとまとぉ」と言っては、ころころと転がりながら、笑いこけます。
「赤くなんかないよ」トマトは、真っ赤になった顔をさらにまっかにさせて、うつむきました。その目尻には、じっとこちらの様子を、かなしそうに見ている。まっかなパプリカが見えました。
ーなんで、パプリカだって真っ赤なのに、僕だけ、いじめられるんだろうートマトは、うまだれたまま、竹籠にもたれて、きゅうりや、レタスから見えないようにしましたが、いつの間にか見つかってしまい、どちらも、さっとトマトの前に現れて、「まっかっかだ!」と指して大声で行ってさっと逃げてしまいます。
ーいやだ、いやだートマトは、なんでこんなところで、こんな連中に囲まれて過ごさないといけないのか、悲しくなりました。
そこに、こそこそとパプリカがやって来ました。
-みているだけのヤツがなんの用なんだよートマトは、そう思い顔を背けました。
するとパプリカは「かぼちゃに相談してみたら?」と小さい声で言って立ち去ってしまいました。
ーかぼちゃかートマトは、ここにずっと居る、大きくて硬くて、見た目の色も黒っぽくて怖そうな野菜の姿を思いうかべました。でも、どこか頼りがいがありそうだというのも、本当です。
そこで、トマトは台所の隅に居る、かぼちゃの近くに行ってみました。しかし、見るからに怖そうですし、偉そうでもあります、おかしな事を口にしたら、悩み相談どころか、逆に怒られそうです。心の中で、自分がどんな辛い目にあっているかを、きちんと言えるようにまとめてみますが、とても言えそうにありません。とうとうトマトはあきらめて、かごのある場所まで戻ってしまいました。
すると、また「まっかか」と意地悪い声が、聞こえてきます。そしてわーいという声と伴に足音が去ってゆきました。
「あかくなんかないよ」思わず声のした方向にどなりかえしました。
「あらあら、えらいけんまくだこと」と優しい声がしました。
トマトがその声の方を振り向くと、ドレッシングが微笑んでいました。
トマトはその笑顔から逃げるように顔を背けました。
ーあんたも、ぼくをいじりにきたのかートマトは、何故か涙が出て来ました。行き場がない、みんなが僕の居る場所を奪って行く、いっそだれもいない遠くにいきたいよ
「綺麗な赤い色ね」ドレッシングが言いました。
そんな言葉は、むしろ反対の意味のようにトマトには聞こえましたので、さらにそっぽを向きました。
「自分の色が嫌い?」ドレッシングが、トマトの後ろから寄り添いました。トマトは、その言葉に、うなずきました。
「綺麗な色なのにね」ドレッシングは、言いました、「私は、あなたの色が好きよ」
「うそだ」トマトは、顔を背けたまま、言いかえしました。「みんな、からかっているじゃないか」
「みんな、あなたをからかって、あなたが怒ったり、いじけたりするのを楽しんでいるのかしらね。赤いのは、あなたがトマトである証。あなたは、自分をさげすんではだめよ、こんどからかわれたら、だからどうしたって言い返しなさいよ。もしからかっているだけなら、あいても次の言葉がでないわよ」
「それでも、からかわれたら?」トマトは、ドレッシングを振り返って見ました。
「そうしたら逃げるのが一番。自分を認めてくれる場所が見つかるまで」
「そんなことできるかな?」トマトは不安そうに言いました。
「世界って広いのよ」ドレッシングは、手を大きく広げて言いました。
「どれくらい?」
「とてつもなく・・・」
「でも、まずは自分を嫌いにならない事がだいじ、自分の心が可哀想よ」ドレッシングは、そっとトマトの頭を撫でました。「赤いことって悪い事じゃないでしょ」
「うん」とトマトは頷きました。ドレッシングは、さてと私はちょっと体を冷やしてくるわ。と冷蔵庫に入ってしまいました。
やがて、またきゅうりがやって来ました。トマトの前でべろべろばーをして、「まっかっかぁ」と言いました。
トマトは、一呼吸おいて、胸を張りました。
「うん、赤いよ。でもそれがどうしたの?」
きゅうりは、トマトがいつもと違う反応を返したので、口をつぐんでしまいました。そして、「つまんねぇの」と言いながら、トマトの前から去ってゆきました。
そのとき、月の明かりが陰ってきました。
野菜達は、急いで元の場所に帰って行きました。
□
朝、台所にやってきた。お父さんは、背広にエプロンを身につけました。そして一度おおきなあくびをすると、かごから野菜を持ってきて、それらをまな板においては、包丁で丁寧に切ってガラスのボウルに入れました。
それから冷蔵庫からドレッシングを取り出して野菜に振りかけると、えいやっとばかりにかきまぜて混ぜて、ボウルを冷蔵庫に放り混みました。
そして、フライパンに卵をふたつ割り入れて、目玉焼きを二つ、その脇にウィンナーを4本入れて焼きました。
すると、一人の男の子が、目をこすりながら起きてきました。
「お父さんおはよう」
「おはよう。今朝は自分でおきたのかい、偉いなぁ」お父さんは、笑みを浮かべて、パンをトースターに入れました。
子供は、冷蔵庫からマーガリンと牛乳のパックを取り出すと、テーブルの上に乗せました。
「おかしな夢をみて、起きちゃったんだ」子供は、おおきくあくびをしてから椅子に座りました。
「どんな夢だったんだい」お父さんは、フライパンにちょっと差し水をすると蓋をしました。
「トマトがいじめられっこに、言い返す夢」子供は、テーブルに着くと、どんな夢だったかなと、正確に思いだそうとしましたが、あまりにもおかしな夢だったので、頭をかしげるばかりでした。
その言葉に、父親は自分の子が学校でいじめられているのかもと、ふと不安になりました。今日は一緒にこのまま学校に行くべきだろうかと、考えました。しかし、朝から大事な打ち合わせがあって、それを欠席することもできません。会社から帰ったら聞いてみるかなと思いながら、大きめのお皿に目玉焼きとソーセージをのせると。冷蔵庫から、サラダを取り出して、目玉焼き隣に盛り付けました。
「あ、トマト」子供は、サラダにトマト、キュウリ、レタス、パプリカがあるのを見つけてなにか、楽しくなりました。そうか、みんな仲良しになったんだ。
ー僕は、どうなのかしら?周りから、ちびちびってからかわれているけど・・・いまは、確かにクラスで一番小さいし・・・きょうは試しに、「だからなに?」って言い返してみようかな。
パンが焼けると、お父さんは、それにマーガリンを塗って、子供に渡しました。
「トマトもいじめっこも、ちゃんと食べるんだよ」
子供は、あまり野菜が好きでは、ありませんでしたので、お父さんは、それを食べるように、諭しました。
「お父さん、うちにかぼちゃって、あったっけ?」子供は、ふと夢の中にいたカボチャを思い出しました。
「よく覚えているなぁ、だいぶ前に安いからまるごと一個買ったのだけど、煮かたが分からなくてなぁ、ネットで調べて、週末にでも煮てみるかな」と言いながら、なんであんな大きなのをまるごと買ってしまったのだろうと、正直後悔していました。
「大丈夫?」子供は不安そうにお父さんの顔を見ました。
「任せておきなって」と胸を張って宣言したものの、お父さんは不安を感じていました。いずれにしろ放っておくわけにはいかないし。
台所の隅で、かぼちゃは、だまりこくっていました。
ー言ったからには、責任とれよなー