8 白状
「だっだめだルーナ! 離れて!!」
ディアスはルーナの両肩を摑み、押しのけようとする。だが、ルーナは必死で抵抗した。
「離れない。好きなの。お願い、考え直して」
「ルーナ……」
肩を摑む彼の手がわなわなと震えたかと思えば、もの言いたげに首筋を撫でてきた。武骨な指先はルーナの薄い皮膚を舐めるように辿り、頬にふれる。
「ぁ……」
思わず甘い吐息がこぼれた。とたん、ディアスの身体が雷にでも打たれたようにびくんとはねる。降参とばかり両手を挙げたかと思えば、そのままのけぞって尻もちをついてしまう。
痛そうな音と、土ぼこりが立った。
さすがのルーナも、焦燥を忘れて唖然とする。
「大丈夫?」
「もう、全然……大丈夫じゃない」
彼は両腕で顔を覆い、声をくぐもらせる。
「ディアス、いったいどうしたの? なんだかとても変よ」
なんだかもう、婚約破棄とかそういう次元ではない気がする。
ディアスも観念したのか、しょんぼりと肩を落とし、弱々しい声で告げてくる。
「実は昨日、魔女? 女神? ……に呪いをかけられて」
「呪いって、なにか苦しかったりするの!?」
それで様子がおかしかったのか。
焦って身を乗り出すルーナに、ディアスは困ったふうに眉を下げる。
「苦しい……は苦しいけれど、君が思っているのとはちょっと違う」
「わからないわ、ちゃんと教えて」
「教えたら、きっと嫌われる」
「まさか! ディアスのこと、嫌うわけない」
どんな真実だって受け入れる。彼を失うより怖いことなんてない。
強い決意を込めて訴えれば、彼はとうとう白状した。
「婚約者にむらむらする呪いだよ」
「婚約者に……むらむら?」
「そう、君にむらむら」
「むらむら……」
ちょっとなに言っているのかよくわからない。
だが、ディアスはこの世の終わりとばかりの絶望した表情だった。
「だから婚約解消をすれば、ひとまずしのげると思ったんだ。ごめんよ、君を徒に傷つけて」
(よく、わからないけれど)
嫌われたわけではないらしい。むしろ、婚約破棄はルーナを想っての行動だったという。
(それなら、わたくしがすべきなのは……どんなディアスでも受け入れる覚悟)
こくりと唾を呑み込み、まっすぐに彼を見つめる。
「むらむらしたらいけないの?」
「え……」
「わたくしは大丈夫。むらむらしても、嫌ったりしないわ。絶対に。約束する」
信じてほしい。心を込めて、彼の手を取る。
それでもディアスは、大袈裟なほど首を横に振った。
「いやいやいやいや! むらむらするっていうのは、君が想像するのと全然違う。その……ただ心の中でむらむらするだけじゃなくて、実際に君をどうこうしたいと願ってしまう、という意味なんだよ」
「どうこうしたいって、どうしたいの?」
「だから――ありていに言えば、『溺愛』したくなると言うか……」
溺愛。
彼の言葉に、プロポーズの台詞が重なる。
『結婚しよう。俺は一生君を溺愛する』
あのとき……ルーナは本当に嬉しかった。
溺愛は悪いことではない。むしろ、望むことだ。
(それに決めたの。一方的に受け身でいるのはやめて、わたくしからも踏み出すって)
ここは尻込みしているディアスへ、勇気を出してルーナが踏み込むべきときだ。
きゅっと口角を吊り上げて、彼との距離を詰める。
そして、瞳を見開き息をのむディアスの額へ、ちゅ……と口づけを落とした。
「……え」
ディアスは呆けた声を出す。
ルーナはどくどくと跳ねる心臓を押さえながら、余裕ぶって胸を張った。
「どう?」
「どう……って」
彼はひどく困惑しているようだ。
だから、本音は恥ずかしくてたまらないが、彼を安心させるようにルーナは平然を装う。
「わたくしだってあなたを溺愛しているの。だから安心してむらむらして?」
「~~~~~~~~!!」
ディアスの声にならない悶絶が、オルランド家の庭に響いた。