6 寝起きの
★ ☆ ★
翌朝、ルーナは決意を新たに支度をととのえた。
銀の髪がよく映えるアイスブルーのドレスをまとい、唇にはピンク色の紅を差し、目もとも艶やかなラメの入ったシャドウで彩る。
鏡に映る自分を見て、鼓舞した。
(大丈夫、おかしくない)
いざ、お隣のオルランド家のタウンハウスへ向かう。
「あいにく坊ちゃまはまだ眠っておりまして……」
応対に出てきた執事は、申し訳なさそうに眉をひそめた。
ルーナは人好きのする笑顔でお願いする。
「お邪魔はしないようにしますから、お部屋で待たせてくださらない?」
「もちろん、ルーナさまでしたら大歓迎でございますよ」
これぞ幼馴染みの特権だ。執事はなんの疑問も抱かずルーナを通してくれた。
「ありがとうございます」
勝手知ったるとばかり、彼の私室へ一人で向かう。
重い扉を、音を立てないように気をつけながらゆっくりと開いた。カーテンの閉まる部屋は薄暗く、ひっそりと静まり返っている。
(昨夜は遅かったものね……)
忍び足で部屋へ踏み込み、窓辺に据えられたロッキングチェアへふれたときだった。思ったより大きな軋む音が立ち、ディアスが目を開ける。
「あ、おはよう、ディアス」
「ん……?」
「起こしてしまってごめんなさい。眠かったら寝ていて。あなたが起きるまで待っているから」
「え、ルーナ……!?」
とたん、ディアスは布団を蹴り飛ばして起き上がった。寝台の壁にビタンと背をつけ、戦々恐々としたまなざしを向けてくる。
「夢!?」
「夢ではないわ。わたくしよ」
「なぜ!」
「なぜって……お話が、したくて……」
言いながら、心がちくちくと痛んだ。
(どうして、そんな顔をするの?)
ディアスはいつだってルーナへ慈愛に満ちた笑顔を向けてくれたはずだった。それなのに今、頬は引きつり、瞳は恐怖に見開いている。
(本当に嫌われてしまったみたい……。どうすればいいの)
うつむいて指先を弄りながら尋ねる。
「昨日婚約破棄だなんて言ったけれど……冗談よね?」
笑い飛ばしてほしい。そう願うが、正面でディアスは息も絶え絶えといった風情で絞り出した。
「冗談じゃない。本気だ」
「……!」
ショックで涙が出そうだ。だが、ここでめそめそしたら、他力本願なままの駄目なルーナになってしまう。
(これ以上嫌われたくない。自分から行動するって決めたんだから)
目頭に力をこめて、必死に涙を止める。
意を決して、彼の寝台に片膝を乗り上げた。
「納得できないの」
「……っ!!」
ディアスは悪魔でも見たかのように身体を縮めた。布団をぐしゃっと摑み、壁とばかりルーナとのあいだを仕切る。
「わわわ……っ、だめだルーナ、来ないでっ」
「どうして?」
「きき危険! 今は寝起きで俺の――が危険すぎるからっ」
「……?」
「とにかく! 今は! だめ!! ベッドから離れて! 部屋を出て!」
涙まじりに叫ばれて、さすがにルーナもこれ以上強く出られなくなった。
(そんなに嫌がられるなんて……)
心がずたずたに引き裂かれながら、寝台から降りる。
悲しみに歪んでしまう顔を見られたくなくて、背中を向けた。
「わかったわ。なら、部屋の外で待っているから」
「ああ! 着替えていくから、客間で待っていて」
うなずいて部屋を出ようとしたところで、ディアスの慌てた声が追いかけてくる。
「いや、やっぱり密室はだめだ。外にしよう! 外で話そう」
「? ええ、わかった」
不可思議な提案に首を傾げながら、ルーナは庭で彼を待った。




