5 むらむら
それからだった。ディアスの身体は大変なことになってしまった。
(ルーナ)
常に頭の中で、銀色の髪をした彼女が挑発的な笑みを浮かべ、肢体をくねらせてディアスを誘惑してくるのだ。
(ルーナかわいい、ルーナ、ふれたい)
想像上の彼女は自らペチコートを一枚、また一枚と脱いでいく。
純情そうな上目遣いでディアスを見つめてきたと思ったら、次の瞬間蠱惑的なまなざしをじっと注いでくる。
(ああ、ルーナ! もう我慢ができない)
ディアスは野獣のように彼女に襲い掛かり、華奢な身体を地面に縫い留める。残った下着を一気に剥ぐと、真珠のごとく輝く肌が見えた。
たまらず、ディアスはそこへむしゃぶりつく……。
「だっだめだ!」
我に返って、げんこつで自分の頭を殴る。痛みにしばしのあいだ正気を取り戻した。
(最低だ。頭の中でルーナを汚すなんて)
自制して、キリッと顔を引き締める。
だがしかし、また五分も経てば頭の中は挑発的な姿をしたルーナでいっぱいになってしまうのだった。
(嫌だ。ずっと大切にしてきたのに)
これまで彼女に邪な想いを全く抱かなかったかといえば、そんなことはない。
ディアスは年頃の男子だ。人並みにそれなりの妄想はしてきた。
(それでも!)
こんな一方的な欲望は、ディアスの求めているものではない。
ルーナのことが本当に大切で。
好きになってもらえるよう、警戒されないよう、嫌われないよう、慎重に細心の注意を払って紳士的な行動を心掛けてきたのだ。
こんな怪しげな魔法のせいで、これまでの努力を台無しにされたくない。
「くそっ」
歯を食いしばり、後から後から湧いてくる衝動に耐える。
額からは汗が吹き出し、息遣いは乱れ、身体は高熱におかされたようにぐったりとしてきた。
「おいディアス、お前体調悪いんじゃないのか?」
見かねた友人が、帰宅を勧めてくる。
だが、この状態で帰るわけにはいかなかった。なぜなら、ルーナと約束していたからだ。
『どんなに遅くなっても、挨拶に行くから待っていて』
むらむらした気持ちを抱えたまま会えば、とんでもないことをしでかしそうで怖い。
(あんなこと言わなければよかった!)
ルーナは、どんなに遅くなっても健気に待っていてくれるだろう。そういう子だ。
(なるべく会う時間が少なくて済むように、遅く帰ろう)
決意したディアスはその日、がむしゃらになって狩りに精を出した。
おかげでしばらくのあいだ、女神の呪いから解放されたのだった。
〇 ● 〇
誰より獲物をしとめたディアスは、王太子に嫌味を言われながら労われ、深夜まで勝者の宴に参加した。
日付を越えてから、ひっそりと家路につく。
馬車の窓からアイローラ家のタウンハウスを見上げると、窓辺に小さな灯が見えた。
(ルーナだ。やっぱり待っていてくれた)
こんな夜更けまで待たせてしまった罪悪感と、それでも起きて待っていてくれた喜びが相まって、胸に愛と感動がせりあがった。
とたん、再び呪いが発動する。
「まずい」
心臓が高鳴り、身体の中央に熱が集まってきた。
(挨拶だけして、即座に去ろう)
ふらふらと約束の場所まで行けば、バルコニーに白い影が浮かび上がる。
ルーナだ。
彼女は身体のラインも露わな薄手のナイトドレス一枚でそこに立っていた。
「だめだ……」
思わずつぶやいた。
ちょっと爪を引っ掛ければあっという間に脱がせてしまえるような格好は、ただでさえディアスの理性を刺激するというのに、呪いのせいでとんでもない破壊力がある。
(かわいい。ルーナ、かわいすぎる。食べてしまいたい)
いけない欲望が体内で渦巻き、こぼれ出てきそうだ。
拳を握って欲情を抑え込むものの、いつまで持つかわからない。
そこでふと、女神の捨て台詞を思い出した。
『大好きな婚約者にむらむらして嫌われちゃいなさいっ』
そうだ。婚約者。
ルーナが婚約者でなくなれば、この呪いは発動しないのかもしれない。
(婚約を解消しよう)
ディアスは必死だった。
近づいてくる彼女から距離を取り、息も絶え絶えに告げる。
「もうだめだルーナ。俺たち、婚約破棄しよう」
さようなら、俺の初恋――。