表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

3 決意

 アイローラ家とオルランド家の庭を仕切る扉が、無慈悲にバタンと閉じる。

 ディアスの後ろ姿は、垣根と闇にかき消されてしまった。

 冷たい夜風が、ルーナを現実へと引き戻す。


「どうしてなの……?」


 渇いた声が喉の奥からこぼれ出た。

 昨日の今日で、なにがあったというのか。

 思い当ることがない。


(ということは、昨日より前のことが原因?)


 プロポーズしてくれたその瞬間の出来事から、過去をさかのぼって思い出してみる。


(そういえばわたくし、あんな素敵な求婚の言葉に、きちんとお返事できなかったわ)


 両親への報告だって、すべてディアスが主導でしてくれた。ルーナは彼の隣でふにゃふにゃ笑っていただけである。


(いつもパーティーへ出かけるときも、誘ってくれたのはディアス)


 自分からどこへ行きたいと言ったことはない。彼に誘われるまま、導かれて参加していた。


(パーティー中だって、踊ろうと言われて踊り、食べようと言われて食べていただけだわ)


 すべての行動は完全に彼に任せ、自分はなにも考えずにのほほんと過ごしていた。


(他の男性からのダンスの誘いだって、断ってくれたのはディアスだった)


 自分ではなにもしていない。


(そもそも、デビュタントのエスコートだって、わたくしからお願いすべきだったのでは?)


 何事もすべてが、ディアスの厚意に甘んじて自分は楽をしていたのだ。


(きっとわたくしが受け身すぎたせいで、嫌気がさしてしまったのよ!)


 今日だってそうだ。

 部屋で彼の帰りを待っていただけ。

 もっと、庭に降りるとか、玄関口へ出て労うとか、婚約者らしい振る舞いはできたはずなのに。


(ああ、わたくしのバカ、バカ、おおまぬけ!)


 大切な人を、ちゃんと大切にできてなかったのだ。きっと与えてくれる愛に満足して自惚れていたのだろう。


(なんて傲慢なの。嫌われても当然だわ)


 ディアスのことは大好きなのだ。

 ただ、恥ずかしくてうまく気持ちを言葉に出来なかっただけで。

 しかし彼からすれば、どんなに心を尽くしても、まるで響かない女性のように思えただろう。


(でも、婚約破棄なんて嫌)


 どうすればいいだろう。

 やはりこちらから動くべきだ。


(もしもまだ許してくれるなら――)


 ルーナは決意と共に、ナイトドレスをぎゅっと握り締めた。


   ★ ☆ ★


 時は丸一日さかのぼる。


 ディアス=オルランドは、天にも昇る心地でいた。

 すでに時刻は深夜、自宅で開かれているパーティーはそろそろお開きといった時間だったが、ディアスは仲の良い友人たちに囲まれて、次々に酒を勧められていた。

 真っ赤なグラスワインを、ぐいっと一気にあおり、熱い息を吐く。


「やっっっっっっっとだ!」


 腹の底から叫べば、周囲の熱気も高まった。


「とうとう初恋を成就させたか」

「何十年間の片想い、お疲れさん!」

「いつになっても告白しないから、もう一生幼馴染みのままでいいのかと思ってたぜ」


 友人たちの軽口に、ディアスは唇を尖らせる。


「仕方ないだろう! ルーナは恥ずかしがり屋なんだ。強引に距離なんか詰めたら、怖がって逃げられてしまう」


 ディアスは、物心ついたときからずっとルーナのことが女の子として好きだった。

 だがルーナの方はそうではなく、仲良しの遊び相手としてディアスを見ていた。


 それが十歳を少し超えた頃、繊細な変化が起こったのだ。

 その日をディアスは今でもよく覚えている。


 いつものようにタウンハウスの庭で遊んでいたときだった。ふとした拍子、ディアスがルーナの手を握った。

 すると、彼女は突然頬を赤らめて視線をそらしたのだ。


(ルーナが俺を意識している)


 悟った瞬間、身体中の血が滾るような心地がした。

 そのまま華奢な身体を抱きしめ、薄紅色に染まる首筋に熱い唇を押しつけたい――そんな暴力的な倒錯に襲われた。


(だが、そんなことしたら!)


 驚かれるどころではない。

 引かれるだろう。

 いや、けだもののようだと恐れられ、避けられるに違いない。


(そんなのは、だめだ)


 彼女に嫌われたら、ディアスは生きていけない。

 身勝手な欲望を押しつけるような真似は絶対にしてはいけない。

 彼女を傷つけたくもない。


(じっくりと時間をかけて、距離を詰めて、信頼を得て、絵本に描かれるようなプロポーズをして、彼女の望む結婚式を挙げて、幸せな家庭を築く――)


 緩やかに、柔らかく、優しく、確実にルーナを囲い込む計画を立てて、やっとここまできた。


「もう少しだ。あとちょっとの我慢でルーナが手に入る」


 だいぶ酔いが回ってきたせいで、いつもなら口にしない願望がぽろりとあふれてしまう。

 同じく酔った友人たちは、忍び笑いをこぼした。


「なに言ってるんだよ、もう遠慮はいらないだろう? 婚約者なんだし」

「今夜にでも、バルコニーから忍び込めよ」


 調子に乗って艶事をそそのかしてくる友人らを、ディアスはきっとにらみつける。


「馬鹿言うな! 長年の努力を水の泡にするつもりか。ルーナは純粋なんだ。結婚式を挙げるその日まで、手なんか出せるはずがない。軽蔑されたら俺は終わりだ!」


「マジかよ」

「おい、賭けようぜ。ディアスが本気で式まで我慢できるか」

「言ってろ」


 十年以上耐えたのだ。今さら数ヶ月待つくらいなんでもない。

 そのときディアスはたしかにそう思ったのだ。

 だが、あえなくその決意は崩れ去る――。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
------------------------------------------------------------------------------
↓こちらもどうぞ。連載小説です↓
『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓完結小説はこちら↓
『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

------------------------------------------------------------------------------
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ