2 求婚
幼馴染みというよりは甘酸っぱくて。それでも恋人と呼ぶにはまだ物足りない。
そんな二人のぼんやりとした関係が清算されたのは、つい昨日のことだった。
ディアスの家、オルランド伯爵家のタウンハウスで開かれたガーデンパーティーのさなか、ふいにディアスから手を引かれて庭の一角にある薔薇園へ誘われた。
『素敵……、とてもいい香りね』
赤く匂いやかな薔薇が咲き乱れるさまに感激して辺りをきょろきょろとしているルーナの前に、突如として彼は跪いたのだった。
騎士が主君にするようなかしこまったポーズで、彼は言った。
『結婚しよう。俺は一生君を溺愛する』
自分はそのとき――なんと答えたのだったか。
(嬉しくて、恥ずかしくて、天にも昇る心地で、胸がいっぱいで……)
そうだ、ろくな言葉が返せなかった。
ただうつむいて、うなずくしかできなかった。
その足で二人は互いの両親のもとへ報告へ向かい、快く承諾を受けた。
『いつそういう話が出るか、今か今かと待っていた』とばかりの歓迎ぶりだった。
そして近しい友人たちにも晴れて婚約関係となった旨を報告した。
大々的な発表はまた日を改めて、ということでその日は終わり、ルーナはその夜一睡もできないほどふわふわと浮かれていた。
だが――その翌日、よもや婚約破棄を言い渡されるとは。
〇 ● 〇
その日、ディアスは早朝から王太子主催の狩りに出かけていた。
帰りがどんなに遅くなっても、ルーナのもとへ挨拶に来る、と告げて。
だからルーナはナイトドレスの上からレースのケープを羽織り、屋敷の窓から彼の馬車が戻ってくるのをずっと眺めて待っていた。
深夜を過ぎてしばらくして、ようやく隣の屋敷の門前に馬車が停まる。
ルーナは慌てて自室のバルコニーへ出た。
ディアスはもまた馬車を降りたその足で庭へ回り、両家の庭を仕切る扉を開けて、約束通りルーナの部屋のバルコニーが正面から見える木の下へ現れた。
『お帰りなさい、ディアス』
赤い狩猟服に身を包んだ彼の姿を見ただけで、ルーナの胸は踊る。
だが、こちらを見上げた彼は、かっと顔を赤らめる。そして、拒絶するように大きく横を向いたのだった。
『だめだ……』
『え?』
彼は拳を握り、ぶるぶると震わせている。
様子がおかしい。
心配になったルーナは身を乗り出して叫ぶ。
『待って、今降りていくから』
身支度を整えている暇はない。ナイトドレスのまま、裸足にサンダルをつっかけて裏口から庭へ下りた。
ディアスはうろたえた様子で二、三歩じりっと下がった。
『どうしたの? なにか……』
手を差し伸べると、彼は大きく首を振ってそれを拒絶した。
そして、金の髪をかきあげて言う。
『もうだめだルーナ。俺たち、婚約破棄しよう』
なにを言われたのか――まるで理解が出来なかった。




