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1 婚約破棄

「もうだめだルーナ。俺たち、婚約破棄しよう」


 太陽のように輝く金の巻き髪をぐしゃっとかきあげ、ディアス=オルランドが言った。


(どうして……?)


 ルーナ=アイローラは目を見開いて立ちすくむ。

 つい昨日、彼はルーナの目前に膝をつき、誠実なプロポーズをしてくれたばかりだった。


『結婚しよう。俺は一生君を溺愛する』――と。


 春らしからぬ冷たい風が二人のあいだを吹き抜ける。

 ルーナの銀色の髪がふわりと舞い上がり、ディアスの頬を優しく撫でた。


「く……」


 彼は苦しげ眉をひそめて横を向く。

 手には拳を握り、肩を小刻みに震わせていた。


(なんて顔。もしかしてわたくし、とんでもなく嫌われるようなことをしてしまったの?)


 目の前が真っ暗になっていく。喉の奥がからからして、声が出ない。


「そういうわけだから、これで。さようなら、俺の――」


 振り切るように背を向けた彼は、かすれた低音でなにかをつぶやく。

 だが、茫然自失としたルーナの耳には届かなかった。


   〇 ● ○


 ルーナとディアスはいわゆる幼馴染みだ。

 どちらも共に伯爵家の子女であり、領地は隣、親同士の関係は良好。さらに社交シーズンになれば、両家で示し合わせて一緒に王都へ向かい、これまた隣接するタウンハウスで半年ほど家族ぐるみで密な交流をしてきた。


 幼い頃は、社交に飛び回る両親の帰りを待つあいだ、二人で仲良く遊んで時を過ごしたものだった。

 思春期を迎えると、さすがに羞恥心から少し距離はできたものの、互いの『最も親しい異性』であり続けた。


 そして今年、十六歳を迎えたルーナは、春先のダンスパーティで社交界デビューを果たした。

 純白のドレスに身を包み、デビュタントとして王城へ参上したルーナをエスコートしてくれたのは、誰あろうディアスである。


『ルーナ、ついにデビューするんだって? おめでとう!!』

『まあ、ディアス、もう聞いたの? 昨日お父さまが決めたばかりなのよ』


 彼もまた自分の父からルーナのデビュタントを聞いて、慌ててお祝いに駆けつけてくれたのだという。

 今朝庭に咲いたという一輪の白薔薇を差し出し、彼は言った。


『その……もしまだパートナーが決まっていないのなら、俺が務めさせてもらえないかな?』


 控え目な口調でありながら、熱を孕んだまなざしがじっと見つめてきた。

 その瞬間、ルーナの胸の中で甘いなにかが弾ける音がした。


『ええ。まだ……決まっていない、から、よかったら……』

『――やった、ありがとう……! ぜひよろしく』


 白薔薇を受け取ろうと手を伸ばせば、彼の反対の手にぎゅっと包まれた。


「……っ」


 彼の手は、子供の頃とは違ってずいぶん大きく骨ばっていた。

 驚くと同時、心臓まで握りつぶされたような息苦しさを覚えた。


(わたくし、もしかしたらディアスのことが好きなのかもしれない……)


 意識したとたん、頭にぐんと血が上る。

 そして目の前で喜色を浮かべて見つめてくる彼もまた、同じ気持ちを向けてくれているのだろうか。


(もしそうなら、夢のようだわ……)


 背に羽根が生えて、空を飛んでいるような心地がした。


   ○ ● 〇


 心を寄せる相手と共に社交界へのデビューを果たしてから一カ月あまり、せわしなく日々は過ぎていった。

 毎夜どこかの屋敷で繰り広げられるパーティーには、ディアスの誘いで必ず二人で参加した。


『仲がいいのね、さすが幼馴染み』

『そのまま結婚しちゃえばいいのに』


 友人や知人たちから冷やかされても、ディアスは嫌な顔ひとつせず、笑顔で軽くかわしていた。


『ルーナ嬢、たまには僕と踊ってくれませんか?』


 ときには、別の男性からルーナがダンスの申し込みを受けることもあった。

 そういうとき、ディアスは決まってさりげなく前へ進み出て、人当たりのよい笑みで断るのだった。


『すまない、彼女は先ほどのダンスで少々足を痛めてしまったようだ』


 などと言って。


(わたくしが他の殿方と踊るのが嫌なの?)


 そう訊きたいが、自惚れているようで恥ずかしい。

 小さい頃はなんでも言い合えた仲だったのに、羞恥が邪魔をして、全然言いたいことが言えなくなっていた。

 だが、それもまた、二人の関係が単なる幼馴染みではなくなりかけている証拠なのだと……思っていた。


読んでくださってありがとうございました。

短めのコミカルな短編となります。お楽しみいただけましたら幸いです。

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↓こちらもどうぞ。連載小説です↓
『見た目は聖女、中身が悪女のオルテンシア』

↓完結小説はこちら↓
『後宮恋恋』

『愛され天女はもと社畜』

『聖女のわたくしと婚約破棄して妹と結婚する? かまいませんが、国の命運が尽きませんか?』

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